56 レイハート公爵夫人の時戻し ②
「私個人の意見として言わせてもらいますが、務まると思います。どうしてそのような話をされるのですか?」
「俺はどうしてもそうとは思えないから。王妃になるんだよ? 他国の王族たちの相手をすることもあるんだ。もっと気の強いしっかりした女性がいいと思うことは間違ってないだろう?」
「社交能力は必要かとは思いますが、ミティ様に全くないとも思いません。不安要素をなくすために、王太子妃教育があるのでしょう。王太子妃に不適合と判断されたなら別ですが、ミティ様はそうではありません」
「みんな、兄上に遠慮しているだけだろう」
王太子妃にふさわしいと認められたから、結婚の話が進んでいるはずだ。今さら、リット殿下がどうこう言える立場ではない。
難癖をつけて、ラックス殿下を引きずり下ろすきっかけを作ろうとしているのかしら。
「私はそうとは思いません」
そう答えた瞬間、リット殿下は目を細めた。
「やっぱり、お前が母上を唆したんだな」
「なんのことでしょうか」
「とぼけるな。母上は今までは俺の言いなりだった。それなのに、ここ最近は違う。兄上やイライアスと仲良くしろとまで言ってくる」
「何が悪いことなのです? 兄弟が仲良くしてほしいと願うのは、母親としては当たり前なのではないでしょうか」
「だから、今までそんなことは言わなかったと言っているだろう!」
リット殿下は左足で机を蹴り上げた。
テーブルの上に載っていたカップやティーポットが、激しい音を立てて倒れ、中身がこぼれて広がる。
「ベェェー!」
ベェが怒りの声を上げたが、かまってあげる余裕はなかった。
リット殿下から目を離せば、何をされるかわからないと思ったからだ。
こんなことで物に当たるような人が国王になれるなんて、本気で思っているの?
そう心の中で問いかけると、リット殿下は早口で話し始める。
「どいつもこいつもわからず屋ばかりだ。魔法使いもこの世に必要ないし、女なんて男の奴隷みたいなもんだ! お前の父親と母上だけは理解してくれていたのにっ!」
平民の中では、結婚して嫁の尻に敷かれているという人が多いと聞いている。どう思うかは人それぞれだが、男の奴隷というのはどうかと思う。
「聞いているのか!」
リット殿下が身を乗り出し、私に向かって手を伸ばした時、ベェが私の前に立ちはだかった。そして、彼の手をシルバートレイで叩いた。
「なんだ⁉」
リット殿下が叫んだと同時に、私の足元に胸に抱えるくらいの大きさのシルバートレイが現れた。
「ベェ!」
使って、と言われた気がして、私はシルバートレイを手に取った。
「どこから出したんだ⁉」
「こんなこともあろうかと足元に置いていたんです」
「そんな」
リット殿下はまだ何か言おうとしていたが、扉が勢いよく開いたため、言葉を止めて、そちらに目を向けた。
「ソラリア!」
入ってきたのは、イライアス様とルピだった。
「遅くなってすまない」
イライアス様が私に近づいてこようとすると、リット殿下がテーブルを回り込み、私に掴みかかろうとした。
「ベェ!」
ベェの鳴き声に背中を押され、立ち上がった私は、持っていたシルバートレイを前に突き出す。
リット殿下の手はシルバートレイに弾かれ、彼は「いてっ!」と叫んで手を引っ込めた。
「リット兄さん、いい加減にしてください」
イライアス様が私の前に立ち、いつもよりも低い声で言った。
私に背を向けているので、イライアス様の表情は見えない。だが、室内の温度が急に下がったかのように肌寒さを感じ、彼が本気で怒っているのだと感じ取れた。
「いい加減にしろとはどういう意味だ? 俺はソラリアと話をしていただけだぞ」
「母上を使って、ミティ嬢を傷つけようとしたのでしょう? それだけでなく、僕の妻にまで乱暴しようとしていた」
「は? 何を言っているのかわからないな」
リット殿下は鼻で笑ったが、私にとってはそんな話ではない。
「何かあったのですか?」
「母上の名で、ミティ嬢宛に毒の付いた手紙が送られた」
眉間に皺を寄せて答えたイライアス様に詳しい話を聞いたところ、今朝、ミティ様の所に手紙が届いたそうだ。
差出人が王妃陛下の名で、何度か見たことのある筆跡だったため、何の疑いもなく使用人が封を切り、ミティ様に手渡すために中身を取り出そうとした。
その時、封筒につけられていた刃が使用人の指を切った。これだけでも驚きなのだが、その刃には毒が塗られていたようで、使用人はその場で倒れ、亡くなってしまったとのことだった。
王妃陛下がここに来られなかったのは、その件で拘束されているからだった。
イライアス様がここに来るのに、少し時間がかかったのは、王妃陛下の話を国王陛下から話してもらっていたからだった。
「母上は手紙は書いたと言っているが、毒の付いた刃物など入れて送らせた覚えはないと言っている。そんな馬鹿なことを指示するはずがないともね」
「母上はミティを嫌っていた。 亡き者にしようとして侍女に指示をしたんだろう」
「すぐに自分が犯人だとわかるようなことをするでしょうか」
私が口を挟むと、リット殿下は眉をひそめた。
「じゃあ、何だ? 母上は誰かにはめられたって言うのか?」
にやにやと笑うリット殿下を見て、今回の犯人は彼だろうと確信した。何も知らなければ、母親が罪に問われたと聞けば驚きのほうが勝つはずだ。
自分を裏切った母親に復讐したかったのかもしれないが、考えることが幼稚すぎるし、人の命をなんだと思っているのか。
時戻しをする前に、もう少し彼の本音を聞き出したかった。
「リット殿下はこれから、王家がどうなっていくと思いますか?」
「……どういう意味だ?」
「王妃陛下が罪に問われたとしたら、責任を取って国王陛下は退位なさるかもしれませんし、ミティ様も命の危険を感じて、王太子妃を辞退なさるかもしれません」
「そうかもな」
「なら、リット殿下は王子ではいられなくなりますね」
「……は?」
私の問いかけが予想外だったのか、リット殿下は眉間に皺を寄せて聞き返した。




