57 レイハート公爵夫人の時戻し ➂
少し考えればわかることなのだが、すぐには理解できないようなので、リット殿下に説明をする。
「国王陛下が退位すれば、あなたは王子ではなくなりますよ」
「ど、どういうことだ。国王が兄上に代わるだけだろう?」
「それだけで済むとは思えません」
現国王陛下が退位した後、ラックス殿下が王位を継いだとしても、ミティ様が死の恐怖に怯え、妻になることを嫌がれば、自分が王位を継げるとでも思ったのだろうか。
もし、そうだったとしたら浅はかにもほどがある。
「犯罪者である母から生まれた王子に国王の座を任せたいと思う人は少ないでしょう」
私の言葉にイライアス様が付け足すと、リット殿下は眉間のしわをより深くした。
「子供と親は関係ない」
「あなたがそう思っても、全ての人がそう考えるわけではありません。多くの人は危険性のない方を国王に選ぼうとするでしょう」
「危険性のない?」
「一般的な例として、自分の子供の結婚相手に、前科がある親を持つ子供と、前科のない親の子供なら、前科のない子供のほうがいいと思う方も多いのです。その場合と同じように、新しい国王陛下を選ぶ時に、王妃陛下の犯罪はかなりマイナスに働くでしょう」
リット殿下の言う通り、親は親。子は子だと私も思う。親がどんなに酷い人間でも、それを反面教師にして真面目に育つ子もいるからだ。
だが、相手の人となりをよく知らない場合、そう割り切ることが難しくなる。
「俺は母上とは関係ない!」
「そう思ったとしても、母上と一番仲が良かったのはあなたです。たとえ、ラックス兄さんが王位を継ぎ、その後、辞退したとしても、リット兄さんが後を継ぐのは難しいでしょう。というより、そんなことは絶対に阻止します」
「お前!」
リット殿下はイライアス様に掴みかかろうとしたが、逆に手首をとられて、ソファに放り投げられた。
その瞬間、ルピが唸り声をあげながらリット殿下の股間に噛みついた。
「……っ」
リット殿下は、声にならない声を上げて苦悶の表情を浮かべた。隣に立っているイライアス様も顔を歪めているから、想像しただけでも辛いのだろう。
「ベェ!」
ベェが私の手の中にあったシルバートレイを自分サイズに戻し、ルピの加勢に入った。
止めなくちゃ。
そう思ったけれど、イライアス様に「ちょっと待って」と小声で話しかけられたのでやめた。
「時戻しをしたら、どうせなかったことになるから、存分にこらしめてやるんだって」
「……そういうことですか」
容赦なく攻撃を続けるベェを見ながら、時戻し後には、これ以上の罰を与えなければならないと思った。
******
その後、時戻しをした後、イライアス様たちに協力してもらい、手紙に毒の付いた刃を入れるよう、リット殿下が指示をしていた場面を押さえることができた。
実行犯は王妃陛下の数人いる侍女の一人だった。既婚者ながらもリット殿下と関係を持ったことがあるらしく、それをばらされたくなければと脅されて協力することになったらしい。
リット殿下は殺人未遂の容疑で捕まり、王家から追放された。
自分が国王になれると思って今まで生きてきた彼は、自分が平民になることを知り、自暴自棄になって暴れ、騎士隊の人間に怪我をさせた。
騎士隊の人間に怪我をさせることは、一般人に怪我をさせることよりも罪に対する罰が加算される。
そのため、リット殿下……ではなく、リット様は汚物処理の仕事をさせられることになった。
強制労働所に入れるという話もあったのだが、リット様が汚物処理のほうが嫌だと言ったらしく、罰はそちらに決定した。汚物処理の仕事をしている人もいるので、それを罰とするのも失礼な話だが、人気のない職業なので、いつだって人手不足だ。そんなこともあり、よほどの凶悪犯以外は喜んで受け入れるらしい。
王妃陛下は息子に裏切られたことにショックを受けていたが、自分が最後までリット様の味方でいられなかったことが悪かったのだと、自分を責めた。
国王陛下はリット様の件は自分にも責任があると退位を決め、新しい国王にラックス殿下が即位することが、会議で可決された。
私たちは私たちで、王妃陛下に少しでも元気になってもらおうと、十日に一度くらいの間隔で会いに行くようにしていた。
今日がその日で、イライアス様と一緒に馬車で王城に向かっていた。
馬車の中でイライアスに、ずっと気になっていたことを問いかけてみる。
「時戻しの魔法をかけるなら、もっと前の時期に戻るべきだったんでしょうか」
「どうして?」
「そうすれば、王妃陛下はここまで傷つかずにすんだのではないかと思うのです」
隣に座るイライアス様は、少し考えた後、膝の上に置いていた私の手を取って話し始める。
「人には乗り越えなければならない時があると思う。それが何かは人によって違う。母上の場合は、過去を振り返るばかりではなく、前に進むために過去を受け止めることが必要なんじゃないかな」
「過去を受け止めて、自分の意思で前に進むということですか」
「うん」
イライアス様は笑顔でうなずいたが、すぐにハッとした表情になった。
「どうかしましたか?」
「ソラリアが殺された時、僕が時戻しの魔法をかけたのに、君にも記憶があったから、どうしてか不思議だと言っていたよね」
「はい」
「君は誰かのために時戻しをしたんだ」
「……どういうことでしょうか」
今いちピンとこなくて首を傾げた。
「君に死んでほしくないベェのために、時戻しの魔法をかけることができたのかもしれない」
「ベェのために?」
確認しようと、頭の上にいるベェに問いかける。
「ベェ!」
そうだよと言っているかのように、ベェが私の顔に頬擦りをした。
「殺される前の私にも、私の死を悲しんでくれる人……じゃなくて、羊がいたんですよね。気づくことができて本当に良かったです」
握られていないほうの右手で、ベェを撫でながら微笑むと、イライアス様は苦笑する。
「君の死を悲しむ人は他にもいたと思うよ。僕だって、時戻しができなかったら、自分の不甲斐なさを悔やんでいたと思う」
「ありがとうございます」
イライアス様とは同時に時戻しの魔法をかけてつながった縁だ。
ミティ様たちとも時戻しをしなかったら、仲良くなれなかったでしょう。
悪い人が得をするような未来ではなく、正しく生きる人たちが、幸せになれる未来を作っていきたい。
窓の外を覗くと、空は晴れ渡っていて雲一つない。
亡くなった人が空から見ているという話を聞いたことがある。ふと、そのことを思い出し、空を見上げて問いかける。
お父様、空の上から見ていますか?
私はあなたが嫌っていた魔法を使って人を幸せにしたいと思います。
お母様、そちらでは幸せに暮らしていますか?
私にはたくさん大事な人ができました。
これから、自分のためだけではなく、誰かを思いやれる人間になれるように努力していきますので、見守っていてくださいね。
「ソラリア?」
黙って空を見上げていた私の顔を、イライアス様が心配そうに覗き込んできた。
「少し考え事をしていました」
「それはいいこと? それとも良くないこと?」
どこか不安げなイライアス様に微笑みかける。
「もちろん。良いことです」
イライアス様の肩にもたれかかると、彼は私の頭に自分の頬を当てた。
ドキドキと共に感じる安堵感。これはきっと、長く上手くやっていくためには、必要なものではないだろうか。
「ベェ!」
「ウォフ」
自分たちもいるよ、と言わんばかりに、ベェとルピが目の前に飛んできて鳴いた。
殺されたことに感謝はしない。だけど、この世に生まれて、イライアス様やベェたちと出会えたことは本当に幸せなことだ。
時戻しは誰かのための魔法だと教えられた。今の私にとっては、大切なものが何なのか実感できる魔法だと学んだ。
使わないことが一番いいのだろうが、過ちを犯し、それに巻き込まれる人もいる。罪のない人を救うために、公爵夫人としてできるだけのことをしよう。
たとえ、自分のために使えなくても、結果的に自分が幸せになるのだから。
「ソラリア、また考え事?」
イライアス様に顔を覗き込まれ、もたれかかっていた体を起こして微笑む。
「はい。時戻しの魔法のことを考えていました」
「その割には楽しそうだね」
時戻しの魔法を使う時は、悲劇が起こっている場合しかない。それなのに、嬉しそうにしている私を不思議に思ったのだろう。
「時戻しの魔法は自分には使えないけれど、私にはイライアス様も、ベェもルピもいてくれて、本当に幸せだなぁと思ったんです」
「僕もソラリアやルピ、ベェがいてくれて幸せだ」
「ベェー!」
「ウォフッ!」
私たちの話を聞いたベェとルピが嬉しそうに鳴いた。
二匹ともきっと同じ気持ちだと伝えてくれているのだろう。
自分のために魔法を使えないのは、必要のない時戻しを防ぐためなのかもしれない。そんなことを思いながら、甘えてくるベェとルピを優しく抱きしめる。
すると、イライアス様は私を引き寄せて抱きしめてくれた。
「ベェ」
「ウォフ」
ベェとルピの温もりと、イライアス様の鼓動を感じながら、これからの人生は自分のためだけでなく、彼らのために生きていくのだと心に誓った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
面白かった、良かったと思ってくださった方は、星をいただけますと幸いです。
面白かった、良かったと思ってくださった方は、星をいただけますと幸いです。
こちらの作品は9月に刊行予定です。そちらには後日談もありますので、よろしければ手に取ってやってくださいませ。




