17 レイハート公爵代理の時戻し
すぐに帰って来るかと思っていたが、ベェは中々帰ってこなかった。しばらくして、ベェが戻ってきたと思ったら、かなり上機嫌だった。さっきよりも毛が艶々になっていて、ふんわり感もアップしている。
「おかえりさない。ちゃんとメモは渡してくれた?」
「ンベェェ」
と鳴いた瞬間、甘い匂いが漂ってきたので、手入れをしてもらった上に、美味しいものを食べさせてもらったらしい。私もベェの毛を櫛で梳いて綺麗にしているつもりなのだが、殿下のほうが上手いみたいだ。
使い魔は動物の姿をしているだけで、食べてはいけないものなどないし、飲食しなくても生きていける。ただ、人間が食べているところを見ると、美味しそうと感じるようになるのだそうだ。食べたものがどこにいくのかは謎らしく、使い魔自身もわからないそうだ。
「明日、お礼を言わなくちゃ」
ため息を吐いた私に、ベェが白い封筒を差し出してきた。
「……これは?」
見覚えのない封筒だった。
「ベェ」
「もしかして、イライアス殿下からのお手紙?」
「ベェ!」
嬉しそうにうなずくベェの手から手紙を手に取り、内容を確認する。
やはり、イライアス殿下は、ルピが私の所に来ていたことを知っていた。
忘れ物をしたと言って戻ろうかと考えたが、連れ戻しても、またルピが私の所に戻れば一緒だから、明日会った時に謝るつもりだったと書かれていた。
【迷惑をかけて本当に申し訳ない。このお詫びは必ずします】
手紙はそう締めくくられていた。
お詫びなんて必要ない。それどころか、こちらが礼を言わなければならない。ルピは毒に気づいて、私を助けようとしてくれたんだもの。
イライアス殿下に迷惑をかけていないのなら、それでいい。
安堵したところで、急に今日の出来事が頭の中に浮かび上がった。
お父様に憎まれていたことや、使用人たちにソレイユたちの浮気を隠されていたこともショックだが、一番は、ソレイユたちの関係に気がつかず、のうのうと暮らしていた自分が腹立たしくて大嫌い。
「ベェー! ベェー!」
私の負の感情を感じ取ったのか、先程まで至福そうだったベェは涙をポロポロ流しながら、私の頬に頬ずりした。
「ごめんね。泣かないで。こんな弱気じゃ駄目よね。せっかくイライアス殿下に助けてもらったんだもの。時間やチャンスを無駄にしないわ! これからはもっと慎重に生きていくから!」
「ベェェー」
私とベェが騒いでいたからか、ルピが目を覚まし、撫でてくれと頭を差し出してきた。
自分の可愛さで人が元気になったり、怒りを抑えられることを理解しているらしい。
「ありがとう、ルピ」
満足するまでルピに触れたあと、ルピとベェを優しく抱きしめ、私はベッドに横になり、いつの間にか眠りについていた。
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次の日の朝、いつもより早めに起きて、溜まっていた公爵家の仕事を片付けた。
多くの使用人が退職願いを出してきたが、一度にいなくなられても困るし、彼女たちが黙っていたことは父からの命令なのだと理解できる。ただ、必要以上にソレイユに味方していた人たちの分の退職願いは受け取った。
執事やメイド長に相談し、紹介状を書くかどうかは二人の判断に任せると伝えた。すると、二人は紹介状を書くつもりはないと答えた。
一応、理由を聞いてみたところ、どうやら、私の悪口をソレイユと一緒に言っていた人物もいるらしい。
私としては紹介状を書かない理由を聞いて、同情する気持ちはなくなったので良かった。
婚姻を無効にするための念書を作り、ロガンのサインをもらってくるように執事に頼んでから、登城するために邸を出て、待たせていた馬車に乗り込んだ。
ロガンは素直にサインをしてくれるだろうかと心配になったが、彼は気が小さい。王命に逆らう勇気はないでしょう。この点は大丈夫だと思われる。あとは、領民たちになんと説明するべきか。
膝の上で眠るルビとベェを撫でながら考え事をしているうちに、窓の外に王城が見えてきた。
小高い丘の上にある白亜の王城を取り囲むように四本の白い塔が建っている。全ての一番上は監視塔になっており、城下町やその周辺にある町や、その反対側にある山の麓が見下ろせるようになっており、昔、お父様に誘われて、山側の塔に上ったことがあった。
なぜ、あそこに登ったのかしら。まさか、殺すつもりだったわけじゃないわよね。
背筋に悪寒が走り、嫌な気分を振り払うように首を振った。馬車は城門をくぐり、例の塔がかなりはっきり見える位置まで来ている。
その時はただ、なんとなく塔を眺めていただけだった。
山側の見張り台に人がいることに気づいて目を凝らしてみると、もみ合っている人影が見えた。
見張り台の兵士が喧嘩でもしているのかしら。
職務中に何をしているのか呆れた時、もみ合っていた二人のうちの一人が、塔の上から落とされた。
「きゃあああっ」
悲鳴と共に、私の目が捉えたのは、白いドレスを着た女性がゆっくりと地面に向かって落ちていく場面だった。
「嘘でしょう!?」
馬車の中にいることも忘れ、私は勢いよく立ち上がって頭を打った。
「痛い」
頭を押さえながら、痛みで閉じていた目を開けると、私はレイハート公爵家の執務室にいた。
「……巻き戻ったのね」
ベェとルピは私の言葉にうなずくように飛び跳ねたあと、壁にかかっている時計の所へ飛んでいった。確認すると、時刻は登城するために邸を出た一時間前になっていることがわかった。
「今から行けば間に合うわよね」
約束の時間よりもかなり早く着いてしまうが、事情を話せば、イライアス殿下ならわかってくれるはず。
大急ぎで支度をしたところ、前回よりも三十分近く前に登城することができた。
イライアス殿下にお願いして、塔に人を送ってもらいましょう。私が行くよりも絶対に早いはずだわ。
出迎えてくれたメイドに伝言を頼もうとした時、背後から声をかけられた。
「あら、お姉様じゃないの」
話しかけてきたのは、白いドレスに身を包んだソレイユだった。




