11 王族と侯爵
イライアス殿下がなぜ昨日の今日でやって来たのかわからない。
交流があったし、魔法を使える者同士ということで、助け合いの精神が生まれたのだとしても、訪ねてくるのは速すぎるような気がする。
「ウオッフ」
困惑していた私の所にルピがやってきて、自分の手柄だと言わんばかりに吠えた。
さっき、ベェが飛び出していったけれど、使い魔同士でコンタクトが取れるのかしら。ベェがルピを通じて、イライアス殿下にこちらに来てもらうように頼んでくれたとか? でも、そうだったとしても来るのが速すぎるわね。たまたま近くにいらっしゃったから、助けを求めてくれたとか?
色々と疑問は浮かぶが、今はそんなことをのんびり考えている場合ではない。
侯爵たちに不審に思われないように、背を向けてルピに微笑み、「ありがとう」と小声で言った。ルピは満足そうに尻尾を振って、ルピの横に飛んでいたベェにまとわりついた。
もしかして、ルピがベェに会いたかっただけじゃないわよね。
このこともあとで確認しましょう。
「イライアス殿下、お会いできて光栄です。あの、どうしてイライアス殿下がレイハート公爵家を訪ねてこられるのです?」
挨拶もそこそこに、侯爵が尋ねた。
「それはあなたたちがよくわかっているんじゃないのかな?」
「申し訳ございません。考えても理由がわからないのです。昨日も訪ねてこられたとお聞きしましたが、一体、どういうことなのでしょうか」
顔には出していないが、口調に苛立ちが滲み出ている。 そのことにイライアス殿下も気がついたようだった。
「僕がレイハート公爵家を訪ねたら、何かの罪にでもなるの?」
「そういうわけではありません。ただ、新婚初夜の日に独身男性が訪ねてきたとなりますと……」
侯爵は底意地の悪そうな笑みを浮かべて、言葉を止めた。
「なりますと……のあとは何が言いたいわけ? はっきり言ってもらわないと、僕が考えていることとあなたの考えていることが一致しているのかわからない」
イライアス殿下の顔は微笑んでいるが、本心からのものとは思えない。
急に肌寒くなった気がするのは、イライアス殿下の静かな怒りなのかもしれない。
「ああ、いえ、その」
侯爵は静かな怒りを感じとったのか、気まずそうにモゴモゴと口を動かす。イライアス殿下は呆れた表情になると、ため息をついた。
「まあ、いいや。別にやましいことはないから理由を答えるけど、オウガ侯爵家の次男が何者かと浮気をしているということがわかった。だから、夫人に忠告しにきたら、浮気現場を押さえたところだったというわけ」
「……夜分遅くにロガンではなく、ソラリアを訪ねたのですか?」
「非常識なことくらい分かっている。責めたいのなら責めればいい。ただ、ラックス兄さんのことも一緒に問題視してほしい」
イライアス殿下は余裕の笑みを浮かべて言った。
訴えたいのなら訴えてみろと言わんばかりね。第三王子だけでなく、王太子殿下まで敵に回せば、自分の立場が悪くなることくらい理解できるはず。
思った通り、侯爵は悔しそうに表情を歪めた。
「あなた、今日のところは帰りましょう」
夫人は自分たちの立場が良くないこと理解しているようだったが、侯爵は違った。夫人に促されても、動くつもりはないようで、イライアス殿下に尋ねる。
「息子が浮気していたことは決して許されることではありません。ですが、殿下自らが介入する必要はないのではないでしょうか?」
「そうだね。あなたの言い分は理解できる。でも、レイハート公爵家相手に意見できる立場の人はそういないだろう?」
「それはそうかもしれませんが、遣いを出せば良かったのではないでしょうか」
侯爵は先程言い負かされたことが気に食わなかったのか、しつこく食い下がった。黙っていられなくなり、私は二人の会話に割って入る。
「オウガ侯爵、あなたはイライアス殿下の行動が納得いかないようですが、あなたにそれを責める権利はないでしょう」
「責めているつもりはない。ただ、意見する権利くらいあるだろう」
「どのような理由で、その権利があるとおっしゃるのでしょうか?」
「当事者の親だからだ。ロガンは離婚する気はない。お前だって今まではそうだったんだろう?」
「離婚が難しいだろうとは思っていました」
「だろう? 女一人で何もできるわけがない。だが、殿下の後ろ盾があれば別だ。殿下は幸せになる二人の未来を邪魔している。殿下にはそんなことをしてほしくないと訴えているんだ」
侯爵は、イライアス殿下がいるから、私が遠慮しなくなったのだと思っているらしい。間違っているわけではないが、一番の理由はそうではない。
生死に関わってくるのだから、必死に生きるための道を模索してもおかしくはない。ただ、彼らは自分の息子が未来で私を殺すなんて思ってもいないでしょうし、私の考えなんてわかるはずもない。
「どうして息子が悪いことをしたのに責めないのです? しなくてもいいことをしたほうが悪いでしょう」
堂々巡りの会話になってしまうが、私は間違ったことを言っていないはずだ。引くわけにはいかない。
「二人の関係は今始まったことじゃない。気づかなかったお前が悪い」
侯爵は私に指を突きつけながら鼻で笑った。
どうして、悪いことをする人間は自分のやることが間違っていないと思い込めるのだろうか。普通は良くないかもしれないと疑いそうなものなのに……。
浮気している日数が長いなんて、威張れるものでもないわ。
すると、イライアス殿下が軽く手を挙げる。
「父上がオウガ侯爵はそう言うだろうと言っていたよ」
「……陛下が?」
侯爵の余裕そうな表情は一瞬にして消え去り、焦りの色が見えた。




