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誰にも見えないからと言って、学校に連れて行ったのは失敗だった。ずっと慣れない環境で待たせただけでなく、帰りにはあんな口喧嘩みたいな場面に立ちあわせてしまった。何かを思い出すきどころじゃない。あれからずっと、マコトは明らかに落ち込んでいた。無理やり明るく振る舞おうとする姿に、苦しい気持ちになる。僕の失敗だ、それなのに、マコトに謝らせさえしてしまった。
なぜマコトはここにいるのか。僕らと同じようにもう一度この世界で行きていくことはできるのか。昔の記憶を取り戻すことはできるのか。どの疑問を取っても、解決する宛がなかった。
自宅に帰り着いたマコトは、ベッドに倒れ込むとそのまま眠ってしまった。外は曇っているけれど、雨は止んでいる。蒸し暑い部屋にはエアコンがないので、窓を開けて風を入れた。けれど、マコトはこの風を感じることができるんだろうか。
横になったマコトは気持ちよさそうに目を閉じている。まるで生きていると錯覚してしまう。いや、本当に生きているのかもしれない。話はできる。僕の頭を掴んでひねることだってできる。
仰向けで眠っていたマコトが寝返りを打って横向きになる。頭の向きを変えたところで、枕の側面にぶつかる。枕は動かない。
よく見ると、敷布団の形が変わっていなかった。マコトの重さを受け止めているはずの布地は、まるで鳥の羽を乗せたみたいだ。
マコトは、この世界の温度を、触覚を、匂いを、光を、感じ取っているんだろうか。マコトはこの世界に干渉することができなかった。その存在を、誰かに認知してもらう方法があるだろうか。自分の思いつきに、息が苦しくなる。でも、どうしても試さないわけにはいかない。
マコトは僕の方に右手を差し出していた。その右手に、スマートフォンを乗せてみる。もしもマコトが道具を扱うことができるなら、それを利用してドアを開けたりできる。メッセージを伝えられる。
端末はマコトの手のひらをすり抜けて落ちた。無機質な金属の重みに、布団が沈み込んで形を変えた。スマートフォンの半分が手のひらから突き出している。僕の目にはまるで、スマートフォンの上に無理やり手の形をしたホログラムを投影しているように見えた。
恐怖と、申し訳なさと、悲しみと、絶望と、哀れみと、いろいろな黒い感情が湧き上がって体を貫いた。叫びだしそうな衝動をこらえる。誰にも相手にされずに、人だけでなく、この世界すべてがマコトをいないことにして回っていた。それは、死よりもずっと苦しいことではないだろうか。
マコトは静かに寝息を立てていた。
マコトが泣いているところを見たことがなかった。時々悲しそうな顔をするけれど、いつだって気楽な笑みを浮かべて、この世界には苦しいことなんて何一つないという風でいる。そんなことはありえないはずなのに。
マコトは、僕らの経験したことのない痛みを経験した。そして今、この世界で生きる人には想像もつかないような苦しみを背負っているはずだった。
会えなくなったはずの友人と話ができて、僕は浮かれていなかったか?
ヒロトとは話ができるかもしれないなんて、都合のいいことを考えていなかったか?
もしかしたらあの死は嘘だったんじゃないかと、心のどこかで期待していなかったか?
僕がのんきにそんなことを考えている間に、マコトはずっと、その笑みの裏側に苦しみを隠していたのかもしれない。
「ごめん」
謝らないといけないのは僕だったのかもしれない。
「いい」
マコトがそう呟いたように聞こえたのは、僕の都合のいい空想だろうか。マコトは夢を見ることができるんだろうか。だとしたら、どんな光景を目にしているんだろうか。
マコトをいるべき場所に戻そう。そう思った。それがどこなのか、どうすればいいのか検討がつかない。けれど、うまくいくめどがつくまでマコトに頼ることは止めようと思った。
雲間から、赤みを帯びた光が差し込んでいる。雨は止んでいた。




