世間とは斯くも狭い
「なんだか眠そうね?」
俺があくびをしながら外をボーっと眺めているとアイシャが心配をしてくれる。原因は昨日の戦闘であるのは間違いないのだがわざわざ言うようなことではないだろう。
「ああ、眠りが浅くてな……」
これ自体も嘘ではないので問題ない。アイシャは少し訝し気だったが一応の納得はしてくれたようだ。彼女は少し顔を赤くしながら何か考え事を始める。
そんな彼女を見た隣のコレットがポンと手をたたくと俺の隣の座席に移動してきた。何事かと彼女を観察していると俺の頭をひっつかみ自身の太ももに押し付ける。
「膝枕って奴か。初めてされたが気持ちいいもんだな、サンキュー」
「そう。まだ到着まで時間はあるから寝ていてもいいよマスター」
確かにまだ到着まで2時間ほどかかる。今日の仕事が終わり次第帰りたいので体調をある程度整えておきたいところだ。
「ああ、お言葉に甘えさせてもらう、アイシャとコレットは着いたら起こしてくれ」
「任せて」
自分の把握していた以上に俺は疲れていたようで気持ちのいい枕の魅力に取りつかれたように眠りへと落ちた。
「起きてマスター」
コレットの声で俺は目を覚ます。そんなに大きな声を出したわけでもないのに深い眠りから起こすとは中々テクニシャンだ。俺が目を覚ますとほんのりと笑みを浮かべて歓迎してくれる、少し周りを見たがアイシャはここにいないようだ。
「あれ?アイシャは」
「今は買い物に行ってる。昼食がいるから」
アイシャのようなエルフ奴隷が買い物に行くとなんだか騒ぎになっていそうな気もする。面倒ごとが発生する前に合流するとしよう。俺は待ってくれていたおっさんに礼を言い馬車を降りる。
コレットとはぐれないようにと手をつないで街を歩く。よく考えたら彼女と二人で行動なんて初めての出来事だ。アイシャと合流するまではデート気分でぶらつこう。
「マスター」
「ん?」
「アイシャ見つけた」
彼女の小さな手が指さした先にはなんだか揉めているアイシャがいた、何やってるんだか。とりあえず面倒だが俺も介入するとしよう。
「すまない、こいつはうちの奴隷なんだがなんかあったのか」
「最初から主人の方が来なさいな、うちは奴隷には物を売らないことにしてるんだよ」
街の規則という奴だろうか。よく見るとこの街は奴隷が多い、鉱山都市ということもあってそれ用の奴隷が多いのかもしれない。男の奴隷ばかりで少々むさくるしいからさっさとおさらばしたいところだ。
「ほい、銅貨12枚」
「毎度」
俺はおばちゃんとの取引を終えて2人に硬いパンを渡す。はっきり言うとまずいが腹を膨らませるためだからしょうがない。
鉱山に潜入しても特に苦戦することなく仕事が進んでいく。今回の討伐依頼はメタルアントという虫型魔物で彼らは鉱石を食べて成長する害虫である。ただランダムドロップで彼らを倒すと高純度の鉱石が落ちるため倒すモンスターとしても人気がある。俺が魔法使いとして動き、アイシャが狙撃、コレットは見学だ。
コレットの持っている不要スキルの削除をすると謎のポイント還元があったのでそれを使ってアイシャと同じ勇者スキルを習得させた。ついでに【万能鑑定】も習得させておいたのでアイテムについていろいろと学びながら進んでもらいたい。彼女はもともとかなり箱入りだったらしく直接聞いたわけではないが同じく元姫のアイシャより常識に疎いようなので合金の開発などもするために頑張ってほしいところだ。
「普段からこんなにアリいたら仕事にならないと思うんだが」
「ご主人様、あそこ!」
アイシャは暗い中でも目がよく見える、そしてそれは俺も同じだ。唯一見えないコレットは首を傾げているが先ほどまで倒していたアリと違って奴の色は金色である。メタルアントは食べた金属によって能力を変化させる、ここはほとんど鉄しか取れないため強さもDランクの雑魚アントばかりだが逆に言えば鉄ですらDランクの魔物になるのだ。元の金属の硬さに関係なく金属のランクで能力が左右されるというのが面倒である。
金はAランク、つまりあの金色のアリはAクラスだ。
「ゴールドアントが出た」
「なるほど」
俺と共に道中で学習していたのでこれだけで危険が分かってくれたようだ、俺の目にはステータスまでばっちり見えているがオーガが可愛く見える程度には強い。
「ここだと密閉空間だから奴らの苦手な火魔法がつかえないんだよな」
空気から酸素がなくなり、おれたちのほうもやられてしまう。本来の魔物ランクがDなのにCランク依頼になるのはこういうところが原因だったりする。ゴールドアントが気が付かないこの距離ならそういう問題も解決できそうだが少し危険性があるのでやめておこう。
「この距離から私が魔力矢で狙撃するわ」
彼女の弓は火の魔力矢だからな、一番効率がいいだろう。俺が頷くとアイシャは魔力を込めて5本の矢を放つ。
彼女の矢達は綺麗にアリに直撃し爆散する。元々ゴールドアントはそこまで硬くないが近接戦闘が異様に強いらしいので沈んでくれたようだ。アイシャが倒したのでアイテムも手に入らなかったがな。最初に比べて随分と強くなったものだ、10倍速なんてずるいにも程がある。
そこに関して残念に思っているとまたアイシャが俺の心を読んできたのか俺に文句を言ってくる。そんな顔するなら自分で倒せばいいのにとか言われても俺も武器ないし魔法はこの狭い通路だと危険だと思ったのだからしょうがない。
そんなこんなでアリの討伐とコレットと俺による鉱石の採取も無事終わって帰ろうと思っているところに悲鳴が聞こえてきた。
「またか……」
俺は昨日の出来事を思い出す、はっきりといってしまえば面倒なことこの上ない。結局ついでだから助けるのだが。
見殺しにすると化けて出られそうだしな。とりあえず3人で声の方へと急行する、ちなみにコレットは暗闇でも見えるわけではないので特に荷物のない俺が背負っている。背中のや若い感触がたまらない。そんなことを考えていたのをアイシャに見透かされたような気がしたがそんなことで嫉妬するならそろそろ手を出してもいいのではないだろうか。
事件現場にたどり着くとどこかで見たことのある女性が気絶させられて銀色のアリに囲まれていた、その名前を見て先ほどまでとは違い真面目に戦うことを決める。彼女のステータスでは確かにこの数のシルバーアントは厳しいだろう。俺はコレットを下ろすと即席で剣を創造してアリに突っ込む。初心者用の剣よりは少し魔力を込めているのでシルバーアント相手にもある程度は持つだろう。
アイシャも普通の弓を取り出して狙撃する。本来人のいる傍に弓は危ないが彼女の今の能力なら外さないだろうと信じていられる。
10分ほど時間をかけて無事戦闘終了してよかったが彼女をどうしたものか。よく見ると結構な重傷を負っていたので回復魔法で傷を癒しておく、本当なら痕になりそうだったが俺のは特別だから問題ない。他の2人も驚いているレベルだったのでもしかすると種族補正かもしれないな。
「さて、帰るか」
俺の一言にアイシャがえ?と声を漏らす。コレットは何となく理解しているのか疑問に思う様子もないが彼女は名前すら知らないはずなのだが。
「この娘ルリアだぞ、ルシエの姉の」
あの道具屋娘の姉というわけだ。どこかで見たような外見なのも当然と言えば当然だろう、あのルシエをそのまま大きくした感じなのだから。ただあの子は将来もっと女性的になりそうな気がする、どこがとは言わないけどな。
あの子の悲しむ顔を見なくて済んだわけで俺は神からの贈り物である幸運にまたも感謝する。俺からすればあの一家はアイシャを買うための金をくれた恩人みたいなもんだしな。
「もしかして連れて帰るってこと?」
それ以外何があるのだろうか、流石に見知らぬ地に置いていくのは申し訳ない。幸い気絶しているので身バレの心配もないわけだ。奴隷2人があーあと言わんばかりの表情を浮かべていたが、俺は安心して俺は3人と共に転移してルリアを彼女の自宅に送り届けた。ルリアをおぶっていったとき、おっさんから酷い目で見られたがなんだったんだろうか。




