61話 8個の魔道具
夏休み中ば。
俺は18個のうち、8個をノートにまとめる事ができた。
先生は先生で俺のノートを見て足りないところをノートに書いてまとめてくれている。
いちど見せてもらったたけど、字が細かいし、難しい言葉で書かれていてよくわからなかった。
大人の文章って感じ。
気分転換に俺の部屋の前の庭というかスペースに作ってもらったミニ公園で一人静かに過ごす。
「ノアくん。途中ですが、8冊もできれば十分です。私は午後になったらジーナ様にご報告に伺ってきます」
「はい!」
◇◇◇
午後。
私は自分の部屋で、届いたばかりの書類に目を通していた。
王太子殿下の婚約者になってからというもの、こうして勉強する時間が増えた。
王族の作法。
王国の歴史。
領地の管理。
税や商売について。
将来、王太子妃になるのなら、知らなければならないことは多い。
そんな時だった。
「ジーナ様。トリス様がお見えになっております」
「お通しして」
私はすぐに通すよう命じた。
しばらくして、トリス先生が入ってくる。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。どうぞ座ってください」
トリス先生は平民の出身だ。
だから私の前では、いつも少し緊張している。
私は王太子殿下の婚約者。
トリス先生はノアの教師。
立場だけを見れば、かなりの差がある。
けれど、ノアのことを話す時だけは違った。
先生は身分など気にせず、ノアについて真剣に話してくれる。
「本日は、ノア様についてご報告したいことがございます」
「発明のことですか?」
「はい」
トリス先生は持っていた鞄を机の上に置いた。
ドサッ。
「……ずいぶんありますね」
「はい」
取り出されたのは、一冊、二冊、三冊……。
全部で八冊。
私は思わず目を丸くした。
「八冊?」
「ノア様がお書きになった、八つの道具についてのノートです」
一冊目。
表紙には、
『魔法スマホ』
と書かれている。
二冊目。
『自転車』
三冊目。
『掃除機』
四冊目。
『洗濯機』
五冊目。
『バス』
六冊目。
『電車・汽車』
七冊目。
『テレビ』
そして八冊目。
『公園』
「……公園?」
思わず声が漏れた。
「はい」
「これは……道具ではありませんよね?」
「私もそう思いました」
トリス先生が少し困ったように笑った。
「ですが、ノア様にとっては『作りたいもの』という意味では同じようです」
私は一冊目を手に取った。
表紙を開く。
そこにはノアらしい、少し歪んだ文字と絵が並んでいる。
『とおくの人とはなしたい』
『もじをおくりたい』
『しゃしんをとりたい』
『じかんを見る』
『ちずを見る』
「……これを、一つの道具で?」
「はい」
「本当に?」
「本人はそのつもりです」
私はしばらく黙ってノートを見つめた。
魔法通信具なら、王宮にも存在する。
だが、それは誰でも持てるようなものではない。
高価な魔導具であり、扱える人間も限られている。
それをノアは、小さな道具にして持ち歩こうとしている。
「……もし、本当にこれができたら」
私が呟く。
「王宮だけではなく、商人も、平民も、遠くの者と話せるようになりますね」
「はい」
トリス先生が頷く。
「ですが、現状では難しいことばかりです」
「でしょうね」
私は二冊目を開いた。
『自転車』
これは何となく想像でき……る?
ノアの説明では。
二つの車輪。
ペダル。
人が跨って走る乗り物。
「これは平民にも役立ちそうですね」
「私もそう考えました」
トリス先生の声が少しだけ明るくなる。
「馬を持てない者でも、自分の力で遠くまで移動できます。荷物を運ぶ方法にも応用できるかもしれません」
私は頷いた。
王太子殿下の婚約者としてではなく、一人の人間として考えても、それは魅力的だった。
次は『掃除機』。
「これは?」
「掃除を楽にする道具です」
「掃除を?」
「はい。ノア様は使用人たちが毎日掃除をしているのを見て思いついたようです」
ページには、
『ほこりをすう』
『おそうじがらくになる』
と書かれている。
私は少し笑った。
「ノアらしいですね」
次の『洗濯機』も同じだった。
服を洗う仕事を楽にする道具。
これなら、貴族だけではなく平民にも必要になる。
むしろ、使用人を雇えない家庭ほど助かるのではないだろうか。
「……トリス先生」
「はい」
「ノアは、自分が欲しいから作ろうとしているのですか?」
先生は少し考えてから答えた。
「最初は、そうだったと思います」
「最初は?」
「はい。ですが、最近は違います」
先生がノアのノートを指で撫でる。
「ノア様は『これがあったら、みんな楽になる』と考えるようになっています」
私は五冊目を開いた。
『バス』
六冊目。
『電車・汽車』
そこで、私は思わず顔を上げた。
「……これは規模が大きすぎませんか?」
「私もそう思いました」
「バスならまだ分かります。でもでんしゃというのは……」
「せんろというものを作って、その上を走らせるそうです」
「せんろ……」
想像してみる。
街と街を繋ぐ道。
そこを大勢の人を乗せた乗り物が走る。
馬も必要ない。
大量の荷物も運べる。
今まで何日もかかっていた場所へ、ずっと早く行けるようになるかもしれない。
「……もし実現したら、商売が変わりますね」
「はい」
「人の暮らしも」
「はい」
私はノートを閉じた。
ここまで来ると、ただの子供の遊びとは思えない。
七冊目の『テレビ』を開く。
「これは……何ですか?」
「遠くの出来事を家で見る道具だそうです」
「遠くの出来事を?」
「はい。劇なども見られるそうです」
「……魔法で?」
「本人の説明では、そうです」
私は首を傾げた。
正直、まだよく分からない。
けれど、最後の『公園』を開いた時、私は少しだけ驚いた。
そこには、大きな木。
花壇。
ベンチ。
子供が走り回っている絵。
そして、
『こどもがあそぶ』
『おとなもやすむ』
『みんなでつかう』
と書かれていた。
「……これは」
私は小さく息を吐いた。
「発明品ではありませんね」
「はい」
「でも、ノア様はこれも作りたい」
「はい」
トリス先生が静かに答える。
「私は、これがノア様の考えを一番よく表していると思っています」
「どういう意味ですか?」
「ノア様は便利な道具を作りたいだけではありません」
先生は机の上に並べられた八冊を見た。
「その道具ができた後、人々がどんな暮らしをするのかまで考え始めているのです」
私は何も言わなかった。
魔法スマホ。
自転車。
掃除機。
洗濯機。
バス。
電車。
テレビ。
公園。
どれも、私たち貴族だけのためのものではない。
むしろ、平民の暮らしを大きく変えるものばかりだ。
私は王太子殿下の婚約者だ。
いつか王太子妃となり、この国で暮らす人々の生活を見る立場になる。
だからこそ、分かる。
これは、ただの発明ではない。
「トリス先生」
「はい」
「あなたは、この八冊を見てどう思いましたか?」
先生は少しだけ姿勢を正した。
「恐ろしい、とも思いました」
「恐ろしい?」
「はい」
先生は苦笑した。
「私は平民として暮らしてきましたから」
その言葉に、私は黙って先生を見る。
「もし、こういう道具が本当に普及したら……平民の生活は大きく変わるでしょう」
「良い意味で?」
「もちろん、それもあります」
先生は八冊のノートを見つめた。
「ですが、便利なものが生まれれば、それを使って商売をする者もいる。悪用する者もいる。仕事が必要なくなる者も出るかもしれません」
「……なるほど」
「ですから、私はノア様の発想を止めるべきではないと思います。しかし、何でも好きなように作らせるのも危険です」
そして先生は、最後に一枚の書類を差し出した。
「こちらが、私がまとめた報告書です」
私は受け取った。
そこには、ノアの発明についてだけではなく、
何故その発明を思いついたのか。
どうやって調べているのか。
分からないことをどう考えているのか。
失敗した時にどうするのか。
これから何を学ぶ必要があるのか。
丁寧に書かれていた。
最後の項目には、
『ノア様の発想を制限するのではなく、安全に学び、試せる環境を整えることが望ましい』
とあった。
私は報告書を閉じた。
「分かりました」
「では……」
「ノアには、これからも発明を続けてもらいましょう」
先生が少し驚いた顔をする。
「よろしいのですか?」
「ええ。ただし条件があります」
私は八冊のノートを見た。
「危険な実験をする時は、必ず大人に相談すること」
「はい」
「そして、最初から大きなものを作ろうとしないこと」
「……ノア様は嫌がりそうですね」
「ふふ。でしょうね」
私は思わず笑った。
「でも、まずは小さなものからでいいのです」
魔法スマホも。
でんしゃも。
テレビも。
今はまだ、夢のような話だ。
けれど。
「トリス先生」
「はい」
「この八冊……大切に保管してください」
「承知しました」
「いつか、このノートを見返す日が来るかもしれませんから」
七歳のノアが描いた、未来の絵。
それが本当に現実になるのか。
それは、まだ誰にも分からない。
けれど私は、この日初めて思った。
もしかしたらノアは、自分の暮らしだけではなく。
この国の暮らしそのものを変えてしまうのかもしれない。




