52話 黒いなんとか
次の日。
俺は新しい教室にいた。
机が一つ。
椅子も一つ。
先生の机が一つ。
「…………」
広い教室なのに、俺しかいない。
「本当に俺一人なんだ……」
ちょっと寂しい。
でも、先生は笑った。
「はは……そうですね。今日からここが、君の教室です」
先生は白い髪で、眼鏡をかけていた。
黒くて長いローブを着ている。
胸には、魔石がいっぱいついたペンダント。
なんだか……人と話すのが苦手そうな人。
「きょ、今日から私がぁ……君の授業を担当、します」
「トリス・ガーデンです。よろしくお願いします」
声がすごく小さい。
消えちゃいそう。
この人は、王立学園でも有名な――
『落ちこぼれ』。
……ということになっている。
でも俺は知っている。
この人は、本当はすごい。
世界に一人しかいないと言われている、
『賢者』だ。
それにコミュ障でもない。
本当は隣の国の王子様。
しかも二十歳くらいで、魔道具が大好き。
魔道具を作ったり研究したりするのが大好きすぎて、ガルーナ国から家出してフレナリア王国に来た人だ。
このあと俺の先生になる。
でも、あまりに頭が悪すぎるうえに、周りの人に変なことを言ったり、偉そうな態度をとったりして、愛想尽かしてその日のうちに学校から逃げる。
その逃げた先で勇者と出会って、仲間になる。
……という人だったはず。
「よろしくお願いします!」
俺はぺこっと頭を下げた。
「では、最初の授業です」
先生が黒板に文字を書く。
『算術』
「今日は簡単な計算から始めましょう」
「はい!」
俺はペンを持った。
インクにつける。
「三個のリンゴがあります。二個増えたら、全部でいくつでしょう?」
3、4、5。
「五個!」
「正解です」
次の問題。
その次の問題。
足し算。
引き算。
掛け算。
割り算。
「では、これはどうでしょう」
先生が黒板に何かを書く。
「…………」
何これ?
急に難しくなった。
「えーっと……」
前世では十八歳まで生きてたけど、こんな公式、見たことないぞ。
というか……。
「このペン、書きにくい……」
俺は羽ペンを見た。
先っぽにインクをつける。
書く。
インクがなくなる。
またつける。
書く。
またなくなる。
「…………めんどくさい」
俺は前の世界で使っていた鉛筆を思い出した。
鉛筆ならインクはいらない。
紙にそのまま書ける。
「鉛筆……作れないかな?」
でも、すぐに困った。
「……あれ?」
鉛筆って、どうやって作るんだっけ?
木でできている。
中に黒い石で作った芯が入っている。
先が丸くなったら削る。
そこまでは覚えている。
でも……。
「真ん中の芯って何の石で出来てるんだっけ?」
黒い石。
俺は考えた。
前世で、ユーチューブで鉛筆の作り方を見た気がする。
たしか……木の中に黒いのが入っていて……。
「黒……なんとか」
名前が思い出せない。
でも、どんなものだったかは、少しだけ覚えている。
「黒い石。こすると細かい粉になって、その粉が紙につく。だから字が書ける」
たしか、そんな感じだった。
「でも、そのままだと粉だから、ボロボロになっちゃう。だから……粘土と混ぜて、固めるんだ……」
そうだ。
粘土だ。
でも、どんな粘土だったっけ?
「粘土は……白っぽくて、さらさらした細かい粘土だったような……」
俺たちが遊ぶ粘土とは違う。
たしか、皿とかを作るときに使う粘土だ。
「石や砂が少なくて……りゅうしが細かくて……水を混ぜると、よく練れるやつ」
「それで細い棒を作って……乾かして……焼くと硬くなる」
頭の中で、ユーチューブの動画を一生懸命探す。
でも、ぼんやりしていて、よく思い出せない。
「黒……なんとかと粘土を混ぜるんだ」
「黒なんとかが『黒く書く材料』で、粘土が『黒なんとかを固める材料』……」
たぶん、これで合ってる。
「まず、黒なんとかの石を見つけないと……」
「黒い石、どこにあるのかな?」
「粘土は……焼き物工房に行けば、売ってくれるかな?」
そのときだった。
ゴトン。
「………」
目の前に、黒い石が転がってきた。
俺は石を拾って、紙にこすってみる。
スッ。
紙に黒い粉がついた。
「…………」
もう一度こする。
スッ。
やっぱり黒い。
「……これ!」
そして、
ドサッ。
今度は粘土が目の前に置かれた。
「…………」
俺は粘土を見る。
黒い石を見る。
そして先生を見る。
「……ぁ」
そうだ。
今は算数の授業中だった……。
「ご、ごめんなさい……」
でも……。
先生、なんだか顔がちょっと嬉しそうだ。




