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悪役令息のほしいものリスト  作者: ボアの本棚


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42話 実は少し疲れてた。


「ノア、アロア、クライヴ、レオン、ローザ」


本が完成した日の夕方。


ジーナお姉様は、俺たち五人を城に集めた。


テーブルの上には、俺たちが一生懸命作った本が置かれている。


「皆に、お願いしたいことがございます」


「なんですか?」


俺が聞く。


「この本の作成、管理、普及、そして今後の研究について、私に引き継がせていただけないかしら」


「……え?」


俺は思わず本を抱きしめた。


「俺たち、もう作っちゃダメなの?」


「いいえ」


ジーナお姉様はすぐに首を横に振った。


「皆様の研究を取り上げたいわけではないの」


「じゃあ、なんで?」


「これから先、この本を王国中へ広めることになるからです」


ジーナお姉様は本を指差した。


「今までは、皆と孤児院の子供たちだけで使っていればよかった」


「うん」


「ですが、王国中に配るとなれば話は変わります」


ジーナお姉様は真剣な顔になった。


「まず、一番怖いのは間違った表が広まることです」


「間違った表?」


「はい」


ジーナお姉様は指文字の表を取り出した。


「例えば、私たちが『あ』として決めた手の形を、誰かが間違えて写したとします」


「うん」


「それを知らない人が本物だと思って覚えれば、その人は間違った文字を覚えてしまいます」


「あ……」


「一度広まった間違いを、後から全部直すのは簡単ではありません」


俺は黙って表を見る。


「それから点字も同じです」


「点字も?」


「はい。点の位置を一つ間違えるだけで、別の文字になってしまいます」


「…………」


「もし薬の名前や病気の名前を間違えたら?」


俺はぞくっとした。


「大変なことになります……」


「そうですね」


ジーナお姉様は頷いた。


「ですから、正式な表を一つに決め、勝手に書き換えられないよう管理する必要があります」


「なるほど……」


クライヴが口を挟む。


「道具も危ないかもしれません」


「そうです」


ジーナお姉様が頷く。


「点字器も、粗末な作りのものが出回れば、紙を傷つけたり、指を怪我したりするかもしれません」


「俺たちが作ったやつを真似する人が出るってこと?」


「はい」


「それなら、ちゃんとした職人さんに作ってもらわないと」


「その通りです」


ジーナお姉様はさらに続けた。


「そして、もう一つございます」


「まだあるの?」


「あります」


ジーナお姉様は少し困ったような顔をした。


「皆が作った本を、お金儲けに利用しようとする者が出る可能性があります」


「お金儲け?」


「はい」


「本を売るの?」


「必要な方に適正な価格で届けること自体は悪いことではありません」


「ですが」


「皆の本を勝手に複製して、必要としている方に高い値段で売る者が出ればどうでしょう?」


「……お金がない人は買えない」


「はい」


俺はぎゅっと拳を握った。


「それじゃ、意味ないよ」


「だからこそ、王家と教会、そして信頼できる職人や印刷所が協力して、適正な価格で作り、貧しい方には無償で届ける仕組みが必要なのです」


「そういうことか……」


ローザが静かに尋ねる。


「ほかにも危険はございますか?」


ジーナお姉様は少し考えてから答えた。


「あります」


「何ですか?」


「皆様が有名になりすぎることです」


「え?」


俺は目を丸くした。


「皆が『点字や手話を作った子供たち』として知られるようになれば、皆に直接お願いをしに来る方が増えるでしょう」


「お願い?」


「自分たちの商品を宣伝してほしい者。自分たちの町だけに特別な表を作ってほしい者。皆の名前を利用して商売をしたい者」


「…………」


「中には、皆がまだ子供であることを利用しようとする者もいるかもしれません」


俺はちょっと怖くなった。


「俺たちを騙す人がいるの?」


「残念ながら、可能性はあります」


ジーナお姉様は優しく答えた。


「善意から始まったものでも、大きな価値を持つようになれば、それを利用しようとする人が現れることがあります」


「…………」


「だから、皆様を守ることも私の役目です」


アロアが尋ねる。


「では、私たちは何も知らないまま、研究だけをしていれば良いのですか?」


「いいえ」


ジーナお姉様は微笑んだ。


「むしろ、皆には研究に集中していただきたいの」


「どうして?」


「皆が本当に大切にしなければならないのは、王国中に本を配ることではありません」


ジーナお姉様は完成した本を手に取った。


「この本を、必要としている方々が本当に使えるものにすることです」


「…………」


「皆がこれからも、耳の聞こえない方や目の見えない方から意見を聞き、もっと使いやすいものを考える」


「そして、私たち大人が、その成果を安全に、正しく、必要な方へ届ける」


ジーナお姉様は俺たち五人を見つめた。


「それが一番良い役割分担だと思っております」


俺はしばらく黙って考えた。


「……じゃあ」


俺は本を机に置いた。


「俺たちが研究する」


「はい」


「ジーナお姉様が、本を作ったり配ったりする」


「はい」


「間違った本が出たら止める」


「はい」


「悪い人が俺たちを騙そうとしたら……」


俺はジーナお姉様を見る。


「守ってくれますか?」


「もちろん」


ジーナお姉様は笑った。


「侯爵令嬢として、そして皆様のお姉様として、責任を持ってお守りいたします」


「……分かった!」


俺は頷いた。


「じゃあ、お願いします!」


「ありがとう」


ジーナお姉様は深く頭を下げた。


「ですが、一つだけ約束してください」


「なに?」


「研究で何か新しいものを作ったときは、必ず私たち大人と、実際に使う方々に試してもらってください」


「どうして?」


「皆様だけでは気づけない危険があるからです」


「……うん」


「そして、困ったことがあれば、一人で解決しようとなさらないこと」


「分かりました!」


俺は元気に答えた。


「五人で相談して、それでも分からなかったらジーナお姉様に相談します!」


「はい。それで結構です」


俺たちは顔を見合わせた。


研究をやめるわけじゃない。


ただ――。


俺たちだけで全部を背負わなくていい。


そう思ったら、少しだけ肩の力が抜けた。


「よし!」


俺は新しい紙を取り出した。


「じゃあ、次の研究を始めよう!」


「もうですか?」


ジーナお姉様が苦笑する。


「はい!」


「本当に研究が好きなのね」


「だって、まだ困ってる人がいるかもしれないもん!」


俺がそう言うと、アロアたちも笑った。


こうして、完成した本はジーナお姉様に託された。




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