4話 蝉ファイナル
夏。
カッ!と照りつける太陽が、俺をジリジリと焼いていく。
来たぜ、ひしょち!
部屋のバルコニーから見える森では、木々の葉がさわさわと揺れている。
今日から二週間、リアムお兄様とひしょちで遊び尽くすぜ!
森で虫取り。
夜の屋敷探検。
畑で野菜を取って……。
「リアムお兄様、虫取りに行きましょう!」
「ごめんね、ノア。お兄様は領地の視察に行かなければならないから、クロエと遊んでいてくれるかな」
リアムお兄様は執務机に座り、執事のオルバンと何やら難しい話をしている。
「りょうちのしさつ、ですか?」
「そうだよ。領地の様子を自分の目で確認するんだ」
「なにを見るんですか?」
「色々あるよ」
お兄様は少し考えてから、指を一本ずつ折りながら教えてくれた。
「まずは農村かな。畑の作物がちゃんと育っているか、農民達が困っていないかを確認するんだよ」
「はい」
「それから街にも行くよ。市場の様子や商人達の動き、治安に問題がないかを見るんだ」
「まものは?」
「魔物が出ていないかも確認するよ。被害があれば、騎士達を向かわせなければならないからね」
「なるほど……」
「他にも、街道や橋が壊れていないか、学校や教会に問題がないかも確認するよ」
「いっぱいありますね!」
「領主の仕事だからね。僕は勉強のために行くんだ」
そう言って、お兄様は笑いながら俺の頭を撫でた。
「代官や文官達から報告は受けているけど、報告だけでは分からないこともある。だから、時々こうして自分で見に行くんだよ」
「じゃあ、お兄様はずっとお仕事ですか?」
「うん。朝から夕方までになるだろうね」
「たいへん……」
「そうでもないよ。領民が元気に暮らしている姿を見るのは、領主として嬉しいものだからね」
そう言って笑うお兄様を見て、俺も少し嬉しくなった。
「じゃあ、俺も行きたい!」
「ノアも?」
「はい!」
「ふふ。明日ならいいよ。少し早起きしなければならないけど、大丈夫かな?」
「します!」
「分かった。それなら一緒に行こうか」
「やった!」
明日はお兄様と一緒に領地の視察だ。
どんなところへ行くのか、今から楽しみだ。
◇◇◇
「ああああああ!!」
寝坊した……。
俺は今、クロエが差し出したドラゴンのぬいぐるみを抱きながら、大泣きしていた。
俺が悪いのは分かってる。
分かってるんだけど……。
待っててくれてもよくない!?
なんで先に行っちゃうの!?
「ノア様、クロエと虫取りに行きましょう!」
「ノア様、アル爺が畑でノア様を待っていますよ!」
「ノア様、スイカがありますよ!」
クロエや他のメイド達が、必死になって俺を慰めてくれる。
「うっ……。アル爺の、とこ、行く」
「はい! 参りましょう!」
クロエ達が、ほっとしたように笑った。
◇◇◇
「アル爺!」
畑でトマトを採っているアル爺に手を振る。
「おや、ノア様。大きくなりましたかな?」
「なった!」
本当はそんなに変わってないけど、とりあえずそう言っておく。
「ほう。寝坊してリアム様に置いて行かれましたか。残念でしたな」
「うん……」
アル爺は、俺のおじいさまの部下だった騎士だ。
今は騎士を引退して、故郷であるここへ戻り、この家の畑を守っている。
「お兄様が帰ってきたら、明日ついて行っていいか聞いてみる」
「そうですな。明日は一緒に行けるとよいですな」
パチン、パチン。
ハサミを動かしながら、アル爺が口髭をモフモフさせて笑った。
アル爺に手を振り、屋敷へ戻る。
虫取りだああ!!
帽子をかぶり、虫取り網を持つ。
クロエと何人かのメイド達を連れて、森へ入った。
「えい!」
パサッ!
「ジジジジジ!」
巨大なセミが、ものすごい速さで飛び去っていく。
「あぁ~……」
「惜しかったですね、ノア様」
「次はきっと捕まえられます!」
メイド達が、落ち込む俺を励ましてくれる。
「よし! 次は捕まえてやるぞ!」
「「おー!」」
俺も気合を入れて、虫取り網を掲げる。
その時だった。
「え!?」
目の前にある木。
その陰から、黒い影がゆらりと揺れた。
「どうしましたか? ノア様」
クロエが俺の顔を覗き込む。
「黒い人がいる……」
俺は目の前を指差した。
「黒い人、ですか……?」
「クロエには見えないの!? あのちょっと枯れた木のとこ!こっち見てるよ!?」
「申し訳ございません。私には確認できません」
そう言って、クロエは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
ええ……。
じゃあ、あれは……。
「ゆうれい……」
こわこわ……。
まさかひとんちの森にゆうれいが出るなんて……。
「ノア様、見て参ります。ここを動かないでくださいね」
「うん……」
クロエが木に近づいていく。
一瞬止まってすぐに戻って来た。
「ノア様、お疲れでしょう。クロエと一緒に涼しいお部屋でパズルをしませんか?」
笑顔が怖いよ!
ぜったい何かあったよね!?
「……うん」
その日の虫取りはそれで終わった。




