39話 言葉を伝える方法
「陛下、王妃陛下。ご報告申し上げたいことがございます」
私は国王陛下と王妃陛下の前で、静かに頭を下げた。
「ノアが考案した点字につきましては、以前ご報告申し上げた通りでございます」
「うむ。視力を失った者が、文字を読むための方法だったな」
「はい」
私は一枚の紙を取り出した。
「ですが今回、ノアは新たに別の方法を考案しました」
「別の方法?」
王妃陛下が興味深そうに尋ねられる。
「はい。耳の聞こえない方々が、声や筆談の他に、人と会話するための方法でございます」
「手話、か?」
「まだ正式な名称を定めたわけではございませんので、今のところは『手で話す方法』と呼んでおります」
「それで、実際に使えるものになったのか?」
「はい。現在、孤児院にて、耳の聞こえない子供たちと共に試行錯誤を重ねております」
「子供たちと?」
「はい」
私は頷いた。
「ノアは当初、自身のを力だけで作ろうとしました。しかし、それだけでは十分ではございませんでした」
「なぜだ?」
「ノアは手話というものを思いつきはしても、実際にそれを必要としている方々が、何を不便に感じているのかまでは存じなかったからでございます」
私は少しだけ言葉を選んだ。
「そこで、実際に耳の聞こえない子供たちとお話しするため、孤児院を訪ねました」
「そこで何が分かったのです?」
王妃陛下がお尋ねになる。
「耳の聞こえない方でも、声を出すことはできます。しかし、ご自身の声を聞くことができないため、発音を正確にすることが難しい場合がございます」
「なるほど……」
「そして、その子と接した際、ノアは自身の考えが間違っていたことに気づきました」
「間違っていた?」
「はい」
私は小さく微笑んだ。
「ノアは初め、その子を『話せない人』だと思ったのです」
王妃陛下が静かに息を呑まれる。
「ですが、その子は話せなかったのではございません。話したかったのです」
「…………」
「ただ、声だけでは、その思いを伝えることが難しかったのです」
私は続けた。
「それを知ったノアは、その子に謝りました。そして――」
私はノア様の言葉を思い出し、微笑む。
「『だったら、手でお話しする方法を作ろう』と言ったのです」
「いかにもノアらしいな」
国王陛下が微笑まれる。
「はい」
私も思わず笑みを浮かべた。
「ですが今回は、ノアは一人で作っているわけではございません」
「ほう?」
「孤児院の子供たちに実際に手の形を試してもらい、使いやすいか、分かりやすいかを確認しながら、一つずつ決めております」
私は机の上に紙を広げた。
そこには、様々な手の形が描かれている。
「同じような手の形が多ければ、見間違えてしまいます」
「確かに」
「指を無理に曲げなければならない形は、子供たちには使いにくいものです」
「なるほど」
「また、動きが複雑すぎるものも避けております」
私は一つずつ説明していく。
「つまり、単なる身振りではございません」
「…………」
「誰が使っても同じ意味になるよう、手の形や位置、動きを定めております」
国王陛下が紙をご覧になる。
「一つの言葉に、一つの決まった手の形を当てるのか?」
「基本的には、そのように考えております」
「では、まだ決まった手話がない言葉はどうする?」
「そのために、もう一つ考案されたものがございます」
私は別の紙を取り出した。
「こちらが『指文字』でございます」
「指文字?」
「はい。手の形一つ一つに文字を割り当てる方法でございます」
私は表をお見せする。
「決まった手話がない人名や地名、専門的な言葉なども、一文字ずつ指で綴ることで伝えることができます」
「それは便利ですね」
「はい。そして点字と同じように、規則を定めて表にまとめる予定でございます」
国王陛下は、点字表と指文字の表を交互にご覧になった。
「ジーナ」
「はい、陛下」
「これは、耳の聞こえない者だけが覚えればよいものなのか?」
「いいえ」
私は迷わず答えた。
「むしろ、耳の聞こえる者にも覚えていただきたいと考えております」
「なぜだ?」
「耳の聞こえない方々が、周囲の方々と会話するためでございます」
私は国王陛下をまっすぐ見つめた。
「耳の聞こえない方だけが手話を覚えても、お話しできる相手がいなければ意味がありません」
「……確かにな」
「ですが、ご家族が覚えれば、ご家族とお話しできます」
「うむ」
「学校の教師が覚えれば、授業を受けることもできます」
「なるほど」
「商店の者が覚えれば、買い物をすることもできます」
王妃陛下が静かに頷かれる。
「国中の者が少しずつ覚えれば、耳が聞こえないというだけで、誰かとの会話を諦めずに済むのですね」
「はい」
私は微笑んだ。
「私は、そのような国にしたいと考えております」
国王陛下はしばらく黙って、二つの表をご覧になっていた。
やがて、静かに口を開かれる。
「点字は、目の見えない者に文字を与えた」
「はい」
「そして手話は、耳の聞こえない者に言葉を伝える手段を与える」
「はい」
「どちらも、人と人を繋ぐためのものなのだな」
「……はい。その通りでございます」
私は深く頭を下げた。
「ノアが最初に点字を作ったのは、私に手紙を届けるためでした」
王妃陛下が優しく微笑まれる。
「でも今度は、もっと多くの方々のために作っているのですね」
「はい」
私は頷いた。
「そして今回は、ノアだけではなく、耳の聞こえない子供たち自身も、この方法を作るための大切な協力者となっております」
国王陛下はしばらく考えられた後、頷かれた。
「ならば、王家としても支援しよう」
「陛下……!」
「まずは孤児院や教会で試験的に教えるのだ。実際に使う者たちから意見を集め、必要であれば改良すればよい」
「承知いたしました」
「完成したならば、点字と同じく、王国全土へ広める」
「ありがとうございます、陛下」
私は深く頭を下げた。
王妃陛下が、そんな私に優しく声をかけられる。
「ジーナ」
「はい、王妃陛下」
「あなた自身が、その必要性を誰よりも理解しているのでしょうね」
私は自分の手を見つめた。
かつて私は、何も見えず、何も聞こえなかった。
世界から切り離されたような孤独を感じていた。
だからこそ分かる。
誰かの言葉が、自分に届くこと。
自分の思いが、誰かに届くこと。
それが、どれほど嬉しいことなのか。
「……はい」
私は微笑んだ。
「ですから、この方法を必要としている方々に、必ず届けたいと存じます」




