38話 産みの苦しみ体験 その2
孤児院の大きな部屋に、たくさんの紙を並べた。
俺とアロア、ジーナお姉様。
それから、耳の聞こえない子と健康な子たち、シスターたちも集まっている。
机の真ん中には、俺が作った点字表が置いてある。
「この表を使って、指文字を作りたいんだ」
俺が言うと、みんなが俺を見る。
「指文字っていうのは、手の形で文字を表すものだよ」
シスターの一人が尋ねた。
「手の形で、一文字ずつ表すのですか?」
「そう!」
俺はうなずいた。
「例えば、知らない人の名前とか、まだ決まってない言葉があっても、一文字ずつ手で作れば伝えられるんだ!」
「なるほど……」
ジーナお姉様が点字表に触れる。
「じゃあ、この表を使うのですか?」
女の子が聞いた。
ハンナというらしい。
「そう!」
俺は六つの点を指差した。
「点字は、この六個の点の組み合わせで文字を作るんだ」
「はい」
「だから指文字も、同じようにルールを作るの」
俺は紙に手の絵を描いた。
「でも、俺はどんな形にすればいいかわからないんだ」
「では、どうするのですか?」
「みんなと一緒に考えたい!」
俺は胸を張った。
すると、一人の男の子が手を挙げた。
キースというらしい。
「……自分たちで?」
「そう!」
「僕たちで決めていいの?」
「もちろん!」
男の子の顔がぱっと明るくなった。
シスターも嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、この子たちにとって使いやすいものにできますね」
「そう!」
俺は頷いた。
「まず、一番簡単な形から!」
俺は片手を丸く握った。
「この形はどう?」
男の子も同じように握る。
「…………」
首をかしげる。
「分かりにくい?」
こくん。
「じゃあ、指を一本立てる!」
人差し指を立てる。
「これは?」
男の子が真似する。
今度は笑った。
「分かりやすい?」
こくん。
「よし!」
俺は紙に書く。
『①』
その横に手の絵を描いた。
「じゃあ、この形を一つの文字にしよう」
シスターが尋ねる。
「ですが、どの文字にするのですか?」
「それが問題なんだよね……」
俺は頭を抱えた。
点字表を見る。
「あいうえお……」
「五十音を全部作るなら、同じような手の形がたくさん必要になります」
ジーナお姉様が言った。
「手の形だけで区別するのは難しいかもしれませんね」
「じゃあ……」
アロアが手を挙げた。
「指の形だけじゃなくて、動かし方も変えたら?」
「動かし方?」
「うん」
アロア王女様が人差し指を立てる。
「同じ形でも、上に動かしたら別の文字。横に動かしたら別の文字にするの」
「おお!」
俺は目を輝かせた。
「それならいっぱい作れる!」
シスターも頷く。
「確かに。手の形だけでなく、位置や動きを組み合わせれば、かなりの数を表せそうです」
「でも!」
俺は指を立てる。
「難しくしすぎたらダメ!」
「なぜです?」
「俺が覚えられないから!」
俺は自信満々に言った。
「俺も忘れる!」
キースが言う。
「それは困りますね」
シスターが笑った。
みんなも笑う。
俺は紙に大きく書いた。
『簡単!』
「これが一番大事!」
「確かにそうですね」
ジーナお姉様が頷く。
「使う人が覚えられなければ意味がありません」
「それから!」
俺はもう一つ書く。
『間違えにくい!』
「似た形がいっぱいあると、間違えちゃうから」
「では、似た文字は似た形にするのですか?」
「うーん……」
俺は点字表を見る。
「点字みたいに、仲間を作ったらいいんじゃない?」
「仲間?」
「うん!」
俺は「あ行」を指す。
「『あ』と『い』と『う』と『え』と『お』は仲間!」
「では、『か』行も?」
「そう!」
「『さ』行も?」
「そう!」
ジーナお姉様が考える。
「つまり、基本となる手の形をいくつか作り、それに動きを加えることで、同じ行の文字を表すのですね」
「そう!」
「それなら覚えやすそうです」
「でしょ!」
俺は嬉しくなった。
女の子が手を挙げた。
リノというらしい。
「……でも」
「なに?」
女の子は自分の手を見せた。
そして、指を動かしてみる。
「これ……むずかしい」
「あ……」
俺は気づいた。
指の動かし方が難しい子もいる。
「じゃあ、もっと簡単にしよう」
俺はすぐに紙を丸めた。
「無理な形は禁止!」
「禁止?」
「うん!」
俺は書く。
『痛い』
『指がつる』
『すごく難しい』
「こういうのはダメ!」
「なるほど」
シスターが感心したように頷く。
「使う人の身体に合わせる必要があるのですね」
「そう!」
今度は別の女の子が手を挙げた。
ヒラリというらしい。
「この形なら、私できる」
その子が手を動かす。
「おお!」
俺はその形を真似した。
「簡単だ!」
アロアも真似する。
「私もできる……」
「じゃあ、これを使おう!」
紙に描く。
「まず一つ決まった!」
みんなで考える。
一つ決める。
また一つ決める。
似すぎていたら変更する。
難しかったら変更する。
子供たちが使ってみて、
「こっちのほうが分かる!」
「これは似てる!」
「これは覚えにくい!」
と意見を出す。
シスターたちは、それを紙に書き留めていく。
ジーナお姉様は、点字表と見比べながら、
「この文字とこの文字を同じ仲間にすると覚えやすいのでは?」
と提案してくれる。
アロアは、
「これ、もっと簡単な動きにできないでしょうか?」
と何度も試す。
そして俺は、みんなの意見をまとめていく。
「よし!」
俺は最後の紙を机に置いた。
「今日はここまで!」
紙には、まだ全部ではないけれど、たくさんの手の形が描かれている。
「まだ『あ』とか『か』とか、全部は決まってないけど……」
俺はみんなを見る。
「これなら、ちゃんと作れそう!」
耳の聞こえない男の子が、決まったばかりの手の形をする。
俺も同じ形を返す。
すると、男の子が笑った。
「……!」
俺も嬉しくなった。
まだ文字は少ししかない。
でも――。
俺たちは今、誰も知らなかった新しい「手のお話し」を作っている。
「明日もやろう!」
俺が言うと、
「うん!」
「やろう!」
「私も!」
子供たちが一斉に答えた。
シスターたちも笑っている。
ジーナお姉様が俺の頭を撫でた。
「ノア。今度は本当に、みんなで作っていますね」
「うん!」
俺は大きく頷いた。
「だって、使う人が作ったほうがいいもん!」
点字は俺とクロエと職人さん、たまにリアムお兄様とで考えながら作った。
でも、この手のお話しは違う。
耳が聞こえない子供たちと一緒に作る。
それならきっと――。
もっと使いやすいものになる。




