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悪役令息のほしいものリスト  作者: ボアの本棚


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30/69

30話 拳を一発あなたにお見舞い


あの再会の後、私はジーナを連れて、私の誕生パーティーの会場へ向かった。


もちろん、そのまま連れて行ったわけではない。


まずは身体についた汚れを落とし、髪を整えさせた。


そして、彼女のために新しいドレスを用意した。


鏡の前に立ったジーナは、別人のようだった。


いや。


違う。


別人になったのではない。


これが、本来の彼女なのだ。


汚れた服に身を包み、俯いていた姿しか知らなかった私は、改めて彼女の美しさに息を呑んだ。


「……綺麗だ」


思わず口にする。


しかしジーナには届いていない。


私は彼女の手を取る。


「行こう、ジーナ」


今度こそ、彼女を一人にはしない。


そう心に決めて、私は彼女と共に会場へ入った。


楽団の演奏が止まり、会場中の視線が私たちへ集まる。


私は階段を上がり、皆の前でジーナの手を取った。


「皆に伝えたいことがある」


ざわめきが静まる。


「私は本日、ジーナ・ストラディとの結婚を決めた」


会場が大きくどよめいた。


「そして、これからは彼女と共に、この城で暮らす」


私はジーナを見る。


彼女は驚いたように目を見開いていた。


「彼女の反応がないのは聴力、視力共に失われているからだ」


一瞬、会場が静まり返った。


けれど、驚きの視線こそあったものの、蔑むような視線はなかった。


私が幼い頃から何度も、


『私の結婚相手はジーナだ』


そう言い続けてきたことを、ここにいる者たちは知っている。


だからだろう。


やがて、一人が拍手を始めた。


それに続くように、二人、三人と拍手が広がっていく。


そして会場は、温かな祝福の拍手に包まれた。


私は胸を撫で下ろした。


――よかった。


これで、ジーナも少しは安心できるだろう。


そう思ったのだが。


「なんで……」


その声だけは、祝福の中で異様なほどよく響いた。


「なんで今更、この人が出てくるのですか!」


一人の女が叫ぶ。


「リオ様は私の婚約者でしょう!」


私は女を見た。


正直に言えば、名前すら思い出せない。


そんな相手が、私の婚約者を名乗っていたことに今さらながら呆れてしまう。


「私の婚約者はジーナであると、私は子供の頃から君に言い続けてきた」


「でも、お父様が……!」


「それを聞かずに、周囲へ自分が私の婚約者であると吹聴したのは君だ」


女が言葉を失う。


「それだけではない。君はジーナに対して、何度も傲慢な振る舞いをしていた」


「違います!」


「何が違う?」


私は静かに問い返す。


「君は私自身を見ていたのか?」


「……」


「それとも、王子という肩書だけを見ていたのか?」


女の顔が歪む。


「男の肩書にしか興味がない女性と、私は結婚するつもりはない」


「嘘! 嘘! 嘘!」


女が叫ぶ。


「お父様は、私がリオ様と結婚する運命だったんだって言ったわ!」


「運命?」


私は冷たく言い返した。


「私の意思よりも、その『運命』とやらを信じろというのか?」


「リオ様の運命の相手が……こんな人間の出来損ないなんて!」


「……」


その瞬間。


私の中で、何かが切れた。


「この出来損ないの恥晒しがああ!!」


女がテーブルからフォークを掴み、ジーナへ向かって走り出した。


「ジーナ!」


私は咄嗟に彼女へ覆い被さった。


ジーナを腕の中へ抱き込み、背中を向ける。


彼女だけは、絶対に傷つけさせない。


――ゴッ!


次の瞬間。


ズシャアアッ!


鈍い音と共に、女が床を転がった。


「おやめなさい!」


凛とした声が響く。


顔を上げると、そこには私の双子の姉――リオーネが立っていた。


どうやら、彼女が女の顔面へ拳を叩き込んだらしい。


「見苦しいですわ」


リオーネは倒れた女を一瞥すると、すぐにジーナへ駆け寄った。


「……ジーナ」


リオーネの表情が、苦しそうに歪む。


「ごめんなさい」


彼女はジーナの手を取った。


「貴女の変化に気づいていたのに……助けてあげられなかった」


「本当に……ごめんなさい」


ジーナの反応は無い。


私は木製の文字一覧表へ手を伸ばした。


彼女の指をそっと支え、一文字ずつ文字へ導いていく。


『り お ー ね』


ジーナが目を見開いた。


「……リオーネ様」


リオーネは私がした様に、ゆっくりと次の言葉を作る。


『は い』


「お久しぶりでございます!」


声の代わりに、文字で精一杯の想いを伝える。


「私、ジーナ・ストラディでございます!」


リオーネの目から涙が零れた。


ジーナも涙を浮かべながら言葉を紡ぐ。


「再びお会いできることを……私、ずっと夢見ていました」


「……ええ」


リオーネは何度も頷いた。


「私もですわ」


「夢が一つ叶いました。ありがとうございます。リオーネ様」


その言葉を聞いた瞬間、リオーネはジーナを抱きしめた。


「ありがとうはこちらの台詞です」


「ジーナ……本当に」


二人は抱き合ったまま泣いていた。


私はその光景を見つめていた。


幼い頃の二人が、どんな時間を過ごしていたのか。


私にはすべては分からない。


けれど、二人の涙を見ていれば分かる。


失われていた時間は、あまりにも長かったのだ。


だからこそ。


これからは、その時間を少しずつ取り戻せばいい。


ジーナが笑える時間を。


ジーナが誰かと話せる時間を。


そして、彼女が自分は一人ではないと思える時間を。


私は、これからずっと作っていきたい。


その後、ジーナはリオーネだけではなく、会場にいた者たちとも少しずつ打ち解けていった。


文字を使いながら、一人一人と会話をしている。


最初は戸惑っていた者たちも、すぐに笑顔になっていった。


そんな彼女を見ていると、私は自然と笑みを浮かべていた。


――やっとだ。


やっと、ジーナが自分らしく笑える場所を作ることができた。


私は彼女の隣に立ち、その小さな手を握る。


ジーナも握り返してくれた。


言葉はなくても、それだけで十分だった。


私には、彼女が何を伝えたいのか分かった気がした。





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