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悪役令息のほしいものリスト  作者: ボアの本棚


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29/69

29話 愛しのジーナ


この方が……あのジーナ様。


六歳の私にさえ聞こえていた、彼女への悪意ある噂。


どこへ行っても陰口を叩かれ、笑われ、時には露骨に避けられていた。


そんなジーナ様が今、目の前でノア様と楽しそうに話している。


柔らかな笑顔を浮かべて。


「アロア様。ジーナ様って、本当はこんなにお話しになる方だったのですね」


隣にいたエレノアが、声を潜めて私に囁く。


私も同じことを思っていた。


これまで耳にしてきた噂とは、まるで違う。


もし今なら……聞けるかもしれない。


ずっと胸の奥に引っ掛かっていたことを。


リオお兄様のことを。


「ノア様。私もジーナ様とお話ししてもよろしいでしょうか?」


「ああ、そうだな。俺ばかり話してた。ごめん」


私はノアの向かい側、ジーナの左手側へと腰を下ろした。


大きく息を吸う。


そして、ゆっくりと吐き出す。


胸の奥が、嫌になるほど騒がしい。


六歳の子供だったなら、こんな緊張などしなかっただろう。


けれど今の私は、王族として。


そして、一人の人間として。


ジーナに向き合わなければならない。


私は文字盤を見つめ、指を動かした。


『あ ろ あ で す』


「……」


ジーナが私を見る。


「はじめまして、アロア殿下。ジーナと申します」


穏やかな声だった。


私は文字を一つずつ並べる。


『よ ろ し く』


「はい。よろしくお願いいたします」


その笑顔は優しかった。


だからこそ、私は尋ねることにした。


ずっと知りたかったことを。


『じ ー な さ ま』


「はい」


『り お す き ?』


「……え?」


ジーナの表情が僅かに固まる。


そして、少しだけ困ったように微笑んだ。


「リオ様は、私の婚約者様でございます」


それは事実だ。


けれど、それも今では変わろうとしている。


別の婚約者候補が現れ、ジーナとの婚約を解消する話まで進んでいる。


――私は、決断できないでいる。


だからこそ、次に続く言葉が怖かった。


「ですが……それも、もう終わりにせねばならないのでしょうね」


その声は、ひどく寂しかった。


私は息を呑む。


『り お』


『き ら い』


『な つ た ?』


問いかけた瞬間だった。


「まさか!」


ジーナの声が震える。


「そのようなこと、あるはずがございません!」


瞳に涙が浮かんでいた。


「私は……心からお慕いしております」


一滴。


涙が頬を伝う。


「本当なら……ずっと、お側でお支えしたかった」


「……」


「長い人生を……リオ様と共に歩みたかったのです」


その言葉が、胸に突き刺さった。


私は、何も知らなかった。


彼女がどれほど私を想っていたのか。


どれほど婚約者としての未来を信じていたのか。


そして――その未来を失うことを、どれほど恐れていたのか。


なぜ私は、気づいてやれなかったのだろう。


なぜ彼女の悲しみに目を向けなかった。


なぜ……。


私は、彼女の手を離してしまったのだろう。


後悔が、胸の奥から込み上げてくる。


私は震える指で、ゆっくりと言葉を作った。


『わ た し も だ よ』


『じ ー な』


「アロア殿下……?」


違う。


私が伝えたいのは、そんな言葉ではない。


私は文字盤を置き、ジーナの耳元へ顔を寄せた。


そして、少しだけ声を張る。


「私は……リオだよ。ジーナ」


届くだろうか。


私の声が。


私の想いが。


「……リオ、様?」


「そうだよ。リオだ」


ジーナの指が、ゆっくりと私の頬へ伸びてくる。


震える指先が、そっと頬に触れた。


「リオ……様」


「うん」


「リオ様……」


「そうだよ」


「リオ様ぁ……」


堪えていた涙が、一気に溢れた。


ジーナの顔が歪む。


「お会いしたかった……!」


「うん」


「ずっと……お会いしたかったのです!」


「うん。ごめん……」


「その手に……触れたかった……!」


「うん」


「お声を……聞きたかった……!」


その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。


これほど簡単な願いだったのに。


私は、それすら叶えてあげられなかった。


「……すまない、ジーナ」


私は泣き崩れる彼女の肩を抱き寄せた。


腕の中で震える身体が、あまりにも小さい。


私はその背をそっと撫でながら、何度も心の中で詫びた。


もっと早く、あなたの声を聞けばよかった。


もっと早く、あなたの隣に立てばよかった。


そして何より。


もう二度と、あなたの手を離したくない。





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