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悪役令息のほしいものリスト  作者: ボアの本棚


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27/69

27話 崩壊した私の世界


「あ……」


突然、聞こえた『音』。


たった一つの音が、私の静寂に満ちた世界を壊した。


私が視力と聴力を失ったのは、六年前。


乗馬の最中、馬から落ちたことが原因だった。


あの日から今日まで、私の世界には『音』というものが存在しなかった。


それなのに――。


誰……? 何……?


聞こえる。


誰かの声が、はっきりと聞こえる。


私の侍女、トトではない。


知らない、誰かの声。


「ドルツ公爵家三男のノアです」


「アロアの部屋でメイドを待ちましょう」


アロア……。


その名前を聞いた瞬間、記憶がよみがえった。


『ジーナ様。リオ様とリオーネ様に、妹君がお生まれになったそうです。お名前はアロア様と仰るそうですよ』


リオ様とリオーネ様の妹君。


ということは――。


第二王女殿下……?


その事実に気づいた瞬間、私は慌てて身を起こした。


いつまでも這いつくばっている場合ではない。


「失礼いたしました、アロア殿下」


ちゃんと声になっているだろうか。


久しぶりに発声したからか、妙に不安になる。


「お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません」


「ストラディ侯爵家長女、ジーナ・ストラディと申します」


「このような姿で殿下のお目にかかるなど、あってはならぬことでした。どうか、お許しくださいませ」


頭を下げ、できる限り丁寧に礼をする。


そして、踵を返そうとした。


「それでは、私はこれにて失礼いたします」


早く、ここを立ち去らなければ。


今日を最後にしよう。


もう、ここへ来るのはやめよう。


私は――リオ様の婚約者に相応しくない。


リオ様が招いてくださることに甘えて、今まで何度もここへ通っていた。


けれど私は、見ることも、聞くこともできない。


ましてや、まともに会話をすることさえできない身。


そんな私が、図々しくも……。


いい加減、リオ様を解放して差し上げなければ。


そう考えていた、その時だった。


「お待ちください」


先ほどの方とは違う方の声が聞こえた。


「アロア殿下が、ストラディ侯爵令嬢をお茶にご招待したいと仰っております」


「……私を?」


思わず、聞き返してしまった。


アロア殿下が、私をお茶に……?


「はい。ぜひ、お受けください」


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


第二王女殿下が……私をお茶に招いてくださる。


こんな私を……。


「殿下のお心遣い、ありがたく存じます」


「私でよろしければ、謹んでお受けいたします」


「先ほどはお耳元で大声を出すという、たいへん無礼なことをいたしました。どうか、お許しくださいませ」


続いて聞こえてきたのは、別の女性の声だった。


「私はドルツ公爵家、ノア様付きのメイド、クロエでございます」


「恐れ入りますが、私の腕にお捕まりください」


ドルツ公爵家のノア様。


そして、その侍女であるクロエ。


どうして私が目も耳も不自由だと、ご存じなのかしら……?


疑問はあった。


けれど今は、それよりも――。


「ご親切にありがとう、クロエ」


「お手数をおかけいたしますわ」


そう伝えると、クロエは私の手をそっと取った。


そして、迷わないようにと、ご自身の腕へ私の手を添えてくれる。


久しぶりに感じる人の温もり。


それが、なぜだかとても嬉しかった。


「では、参りましょう」


クロエに支えられながら、私はアロア殿下のお部屋へ向かって歩き出した。


六年ぶりに音のある世界を、私はゆっくりと歩いていった。



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