26話 ジーナ・ストラディ侯爵令嬢
誰か……。
助けて……。
この暗闇から……。
この、静寂から……。
◇◇◇
城の温室から帰るとき、アロアと二人で歩いていた。
そのとき、変な女の人がいた。
庭園へ行く道の途中に座っている。
ずっと花壇の花を見ていた。
じーっ、と見ている。
ドレスは薄い紫色だった。
でも、土でいっぱい汚れている。
服もほかの女の人より、なんだか地味だった。
髪の毛もボサボサで、葉っぱまでついている。
「ぁ……。ジーナ・ストラディ侯爵令嬢……」
アロアが小さな声で言った。
すると、アロアはすぐにエレノアの後ろに隠れた。
エレノアも、その女の人を見て嫌そうな顔をしている。
「誰?」
俺が聞く。
「リオお兄様の、婚約者、だった人、です……」
アロアがエレノアの後ろから答えた。
「ふーん……」
俺はもう一度、ジーナさんを見る。
このまま置いていっていいのかな?
なんだか気になった。
「あの……」
俺は近くまで歩いていった。
「すごく汚れていますけど、大丈夫ですか?」
返事がない。
「……?」
聞こえなかったのかな?
ジーナさんの両手が、地面をさわっている。
何かを探しているみたいだった。
でも、自分の手を見ていない。
「あれ?」
俺は思った。
もしかして……。
「目が見えない?」
「え!?」
俺の言葉にアロアがびっくりした。
俺はジーナさんの前に立った。
「あなたは、目が見えないんですか?」
メイドたちがざわざわし始めた。
でも、ジーナさんは俺を見ない。
「……」
やっぱりだ。
もしかしたら、耳も聞こえないのかもしれない。
「あ!!」
俺はジーナさんの耳の近くで、大きな声を出した。
「ドルツ公爵家のノアです!!」
すると――
バッ!
ジーナさんが、俺の方を向いた。
「いけません! ノア様!」
クロエが俺を抱き寄せた。
「申し訳ございません! ストラディ侯爵令嬢! 大変失礼いたしました!」
クロエがペコペコ頭を下げる。
でも、ジーナさんは何も言わない。
「ストラディ侯爵令嬢は、いつもこうです。誰が話しかけても、返事をされません」
エレノアが教えてくれた。
「いつもは、ご高齢のメイドを一人連れていらっしゃいます。でも、今日は見当たりませんね」
エレノアが辺りを見回す。
「では、これで失礼いたします。ストラディ侯爵令嬢……」
クロエが頭を下げる。
「誰か、令嬢のメイドを、連れてきてあげて……」
アロアがエレノアの後ろから言った。
「はい、アロア様」
メイドが二人、走っていった。
「待って!」
俺は二人を呼び止めた。
二人が止まる。
「クロエ」
「はい」
「この人、目が見えないよ」
「……」
「それに、耳も聞こえないみたい」
俺は言った。
「アロア、お前、木でできた文字の表を持ってたよな?」
「え? はい……持っています」
「じゃあ、ジーナさんをアロアの部屋に連れていっていい?」
「えっ?」
アロアがびっくりする。
「クロエ、ジーナさんを立たせてあげて」
「……はい、ノア様」
クロエがジーナさんの手を取るために近づく。
俺はジーナさんの前からもう一度大きな声を出した。
「俺はドルツ公爵家三男のノアです!!」
「アロアのお部屋で、メイドを待ちましょう!!」
「アロ……ア」
すると――
ジーナさんが急に立ち上がった。
「失礼いたしました、アロア殿下」
「「「!?」」」
みんながびっくりした。
ジーナさんは、深く頭を下げる。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません」
「ストラディ侯爵家長女、ジーナ・ストラディと申します」
「殿下のお目にかかるような姿ではございませんでした。どうか、お許しくださいませ」
そして、もう一度頭を下げた。
「それでは、私はこれにて失礼いたします」
ジーナさんは後ろを向いて、帰ろうとする。
「ぉ……お待ち、くだ、さい!」
アロアが一生懸命声を出した。
でも、ジーナさんには聞こえない。
「お待ちください! ストラディ侯爵令嬢!」
エレノアが大きな声で言った。
すると、ジーナさんが足を止めた。
「……はい」
振り返ったジーナさんに、アロアが一生懸命話す。
「わ、私の……お部屋に……」
アロアは緊張して、声を震わせている。
「ご、ご招待します……」
「お茶を飲んで……少し休んでください……」
エレノアが大きな声で叫んだ。
「お待ちください!!」
「アロア殿下が、ストラディ侯爵令嬢をお茶にご招待したいと仰っております!」
「ぜひ、お受けください!」
ジーナさんは少し黙っていた。
そして、アロアの方を向いて深く頭を下げた。
「殿下のお心遣い、ありがたく存じます」
「私でよろしければ、謹んでお受けいたします」
「はい……!」
アロアの顔が明るくなる。
クロエがジーナさんの前に立ち、大きな声を出して言う。
「先ほどはお耳元で大声を出すという、たいへん無礼なことをいたしました。どうかお許しくださいませ」
「私はドルツ公爵家、ノア様付きのメイド、クロエでございます」
「恐れ入りますが、私の腕にお捕まりください」
ジーナさんはクロエの腕を探した。
そして、ぎゅっと掴んだ。
「ご親切にありがとうございます、クロエ」
「お手数をおかけいたします」
「悪いな、アロア。無理を言って」
俺が言うと、アロアは首を横に振った。
「い、いえ……」
アロアの目に涙がたまっている。
「私……ストラディ侯爵令嬢に、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「私、ずっと令嬢は怖い人だと思っていました」
「だから、ずっと逃げていました……」
「ほかの人たちと同じように、避けていました……」
アロアは今にも泣きそうな顔をした。
「恥ずかしいです……」
「じゃあ、あとで謝ろう」
俺はアロアに言った。
「俺も一緒に謝ってやるから」
「……はい」
アロアが小さくうなずいた。
俺たちはみんなで、アロアの部屋へ向かった。




