17話 ノアと深緑の男
「ノア! よくがんばったね! かっこよかったよ!」
リアムお兄様が、こっちに走ってきた。
「リアムお兄様! 見ていてくれたんですね!」
ぼくはうれしくなって、リアムお兄様にぎゅーっと抱きついた。
「もちろんだよ! よくあんなに調べたね。すごいよ、ノア!」
リアムお兄様はしゃがんで、ぼくの頭をなでてくれた。
「でも……あのタヌキの正体が分からなくて、なんだかモヤモヤします」
「そうだね。タヌキを捕まえることができれば、鑑定したり、魔力を調べたりできるんだけどね。でも、目が合ったら飛んでいってしまうし、みんなの記憶まで変えてしまうから、捕まえるのは難しそうだね」
「『ニクテレウス』は、なんでも食べる動物です。でも、食べるものは季節や場所で変わります。今の季節の森林公園なら、柿を食べていたのだと思います」
「だったら、お庭に熟した柿を置いてみたらどうでしょう? もし本当に精霊なら、ひょこっと出てきてくれるかもしれませんよ」
「レティスお姉様!」
「ノア様、お久しぶりです」
レティスお姉様は、リアムお兄様の婚約者だ。
オレンジ色の長い髪が、風でふわふわ揺れている。
「柿を置いたら、タヌキを捕まえられますか?」
「分かりません。でも、やってみる価値はあると思いますよ」
「じゃあ、家に帰ったら、お兄様と一緒に柿を置いてみよう!」
「はい!」
来るかな?
タヌキの精霊。
◇◇◇
家に帰ってから、俺の部屋を出てすぐの小さな庭に木箱を置いた。
その上に、ぐちゃぐちゃになった柿を置いた。
タヌキが食べやすいように、種も取ってある。
アロアたちにも話したら、みんなのお家でも柿を置いてくれることになった。
夜になった。
部屋の明かりを消して、カーテンの後ろに隠れる。
リアムお兄様も一緒だ。
タヌキが来るのを、じーっと待つ。
「来ませんねぇ……お兄様」
「そうだね。もう夜も遅いから、タヌキもベッドで寝ているのかもしれないね」
「……」
眠い。
とっても眠い。
こうして、気がついたらベッドで寝ていて、朝になっていた。
それが何日も続いた。
アロアたちも同じだった。
「もう来ないのかなぁ……」
みんな、だんだんタヌキのことを話さなくなっていった。
そして、もう柿を置くのをやめようか、という話になった。
その最後の日。
いつものように、柿をお庭に置いた。
そして夜になった。
カタカタ。
ちゃっ、ちゃ、ちゃ。
カタカタ。
ちゃっ、ちゃ。
「ん……?」
変な音がして、俺は目を覚ました。
「んーー……何ぃ……?」
眠い目をこすって起き上がる。
そして、庭に出る窓から外を見た。
「あっ!」
俺は急いで口を押さえた。
いた!
タヌキだ!
あのタヌキがいる!
タヌキは、俺に背中を向けて柿を食べていた。
俺は音を立てないように、そーっと窓を開けた。
そーっと。
そーっと。
タヌキに近づく。
でも、すぐには捕まえない。
柿を食べ終わるまで待つ。
もちゃ……。
もちゃ……。
ジュル、ジュル。
もちゃ……。
もちゃ……。
ジュル、ジュル。
「…………」
「遅い!」
俺は、バッ! とタヌキに飛びかかった。
ガシッ!
「捕まえた!」
「ギュイ!? ギュイ!?」
タヌキのお腹をぎゅっと掴む。
すると――
ブクーーッ!
「えっ!?」
タヌキの体が、急に大きくふくらんだ!
俺はびっくりして、タヌキを抱えたまま部屋に走った。
すると、
バシュッ!
「うわっ!」
タヌキの口から、すごい勢いで空気が出てきた。
タヌキの体が、びよーん! と細長くなって飛んでいく。
「わああ!」
ドオンッ!
タヌキは天井に頭をぶつけて、そのまま床に落ちた。
「……」
動かない。
「た、タヌキ……?」
「ノア様! どうなさいましたか!?」
ドアがバンッ! と開いて、クロエが入ってきた。
「ノアさ……ま」
クロエが、ドサッと倒れた。
「えっ!?」
「クロエ!」
俺は急いでクロエのところへ走った。
「クロエ! 大丈夫か!?」
すー。
すー。
「……寝てる?」
すると、
『彼女は寝ているだけだよ』
「誰っ!?」
知らない声がした。
俺はびっくりして振り返った。
そこに男の人が立っていた。
髪も、目も、服も、ぜんぶ深い緑色。
その人は、腕にタヌキを抱いていた。
そして、悲しそうな顔でタヌキの背中をよしよししている。
「あ……タヌキ……」
『こんなことになるなら、この子をここに来させるんじゃなかった……』
「……ごめんなさい」
『……』
「クロエの部屋にポーションがある!」
「ポーションを飲ませたら、タヌキのケガも治るよ!」
『ありがとう。でも、もう遅いんだ』
男の人はそう言って、タヌキの頭をなでた。
「……もう遅い?」
どういうこと?
……まさか。
「タヌキ、死んじゃったの?」
『…………』
男の人は何も言わない。
死んじゃったんだ……。
「うぅ……」
「うああああん!」
俺は、怖くなって泣いた。
俺がタヌキを殺した。
そう思ったら、涙がいっぱい出てきた。
『ああ、ごめん! 泣かせるつもりはなかったんだ!』
『ただ、君に反省してほしかっただけなんだよ!』
「タヌキ……ごめんなさい……」
「殺しちゃって、ごめんなさい!」
『死んでない!』
『死んでないよ!』
『気絶してるだけだから! 大丈夫だから、泣きやみなさい!』
男の人がしゃがんで、ぼくの頭をよしよしとなでてくれた。
「うぅ……ん……」
「死んでないの……?」
『うん。大丈夫だよ』
「よかった……」
俺は少し安心した。
「ごめんなさい……」
「おれ、ただタヌキの正体が知りたかったんだ……」
「だから、捕まえようと思って……」
『うん。君たちの研究発表、ちゃんと見ていたよ』
「えっ?」
「見てたの?」
『もちろん。この子も、自分がみんなに注目されていると知って、喜んでいたよ』
「そうなの?」
俺はタヌキを見る。
すると、タヌキの体が、ぽうっと光り始めた。
「わっ……」
まぶしくて、俺は目を閉じた。
そして、もう一度目を開ける。
「あ……」
男の人の腕の中には、タヌキはいなかった。
そこにいたのは――
俺と同じくらいの男の子だった。
男の子は、すやすやと眠っていた。




