第15話 旅立ち
庭に出ると大量の書物を燃やし続けるイオナの姿がそこにはあった。
傍らには狼のような姿をしたロロが眠っている。
パチパチと、燃える炎を見つめながらイオナは本を放り込んでいく。
「イオナ」
「あろっと。ふぇりしあ」
声を掛け、振り向いたイオナの目は今までよりも明るい光を帯びている気がした。
感情の見えない顔なのは変わらないが、心残りが消えたのは雰囲気から伺える。
庭の隅には二つの木の墓標が立っていた。
「何をしてるんだ? ……って聞かなくてもわかるか」
「ほん、もやしてる。だめなもの、だから」
地下室にあった禁術にまつわる資料を次々に燃やしている。
この研究が誰かに見つかれば、再びキメラが生まれる可能性も無きにしも非ず。
魔導師としては止めるべきかもしれないが、二次被害を防ぐのならば個人的には理解出来る。それでも、死者の蘇生を考える人間はいなくならないだろうが。
「イオナ。これからどうするつもりだ?」
「……わかんない。いおな、わるいことしたから」
「確かにイオナも禁術に触れていることには変わらないな」
眠るロロを見る。
この生き物もまた禁術の研究から生まれた魔術生命体に変わらない。
ここまで自我を持って行動できる創造物。キメラとの戦闘時、ロロの身体は傷を負っていたがモンスター特有の黒い血は流れていなかった。
モンスターではないかもしれないが、だからこそロロを研究して完全なる死者の蘇生を試みる魔術使いも出てくるだろう。
他の人間に見つかるのも危険だが、この森に一人でおいておくわけにもいかない。
「俺達と一緒に来るか?」
「いっしょに?」
「と言っても、ローインクレーかグランクレイグまでだが」
巡礼の旅に同行させるわけにはいかない。
これから先は寒さ厳しいセヴェーレへと旅は続き、最後に北の果ての霊峰へと向かう。
その旅には連れていくことはできないが。
「魔導師にならないか?」
「「え?」」
アロットの提案にイオナだけでなくフェリシアも驚いた。
イオナの魔術の才能を手放すには惜しい。故に、アロットは改めてイオナを魔導師に勧誘する。
「魔導師にですか?」
「いおな、まどうしになれる?」
「上の人間に聞いてみないとわからないがな。正直、イオナの禁術に関しては不可抗力なところもあるし、それ相応の罰は受けるかもしれないが」
「罪を犯した人も魔導師になれるんですか?」
「いや、前例はない。秩序を守る組織だしな。基本的にはそういう奴はなれない」
「じゃあ、無理じゃないですか?」
「バレなきゃいい」
「アロット君、魔導師ですよね……?」
呆れた顔でフェリシアが目を細める。
魔導師団に所属させることで階級の高い魔導師に監視してもらうという手も考えていた。
というよりも、それが一番無難だろう。
「イオナを一人にするわけにはいかないだろ」
「そうですけど、もしバレたら……」
「どうせちょっと話を聞いて終わると思うけどな。さっきも言ったが、イオナに関しては自ら望んで禁術に手を出したわけじゃない」
「……ううん。いおな、しょうじきに、いう」
イオナがロロを抱き上げてアロットを見上げた。
紫の瞳は確かな光を抱いて、覚悟を決める。
「ろろをつくったのは、いおなのいし。いおなも、おとうさんとおなじ」
「イオナ……でも──」
「いいの、ふぇりしあ。おとうさんを、とめられなかったから」
静かに、首を横に振ってイオナは罪を受け入れる。
それでも僅かな可能性に賭けて、アロットは提案する。
アロットは納得できなかった。
まだ幼い子供が巻き込まれた使命を背負わなければいけないことを……、理不尽に未来を奪われることを。
かつて騎士の使命を受け入れ、死の運命を受け入れていた騎士のような少女を見捨てたくはなかった。
「ちなみにロロは隠すことは出来るのか?」
「かくす? うん。いつもいてくれるけど……ろろ、""おかえり""」
イオナの言葉に反応してロロが溶け出す。
白い液体は地面に──イオナの影に吸い込まれるように消えていった。
「……出し入れ可能だったのか?」
「ろろ、いおなと、ひとつだから」
「…………あくまで召喚魔術の延長線上の魔術ということか?」
「わかんない」
イオナ自身もよくわかっていないように首を傾げた。
(ロロは自我を持っているように見えたが、単にイオナの人格を模倣したものであり、新たな生命というわけでもないのかもしれない)
それでも生命の創造に近い魔術は禁術の資料を見たからこそなのだろう。
高度な治癒魔術も人体について理解しているからだ。
「まあ、それなら大丈夫かもしれないな」
「そうなんですか?」
「いや、わからんが」
「えぇ?」
「けどこれだけは間違いなく言える。イオナの魔術は殆どの魔導師を凌駕するレベルに高い。きっと多くの人を助けられる」
それは紛れもない事実だと言い切れる。
「たすけられる?」
「イオナがお父様から教わったことは、決して悪いことじゃない。そういうことですね? アロット君」
「そうだな」
「……!」
イオナの紫の瞳が見開かれる。
ずっと、父親は悪いことをしていると思っていた。
実際そうだったのは間違いはない。
それでも父親の研究から身に着けた魔術は、これから人の為に活かすことが出来る。
イオナの瞳から涙が零れた。
「魔術は人の想像力に呼応する。それが必ずしも善いものとは限らない。時として、人を悪に染めることもある。
「そして、人の思いによって姿を変える魔術を秩序を持って制御し、人々を正しき魔術で導く。それが魔導師の役目だ」
まっすぐに、紫の瞳を見つめた。
「イオナが教わった魔術は人を救う魔術だ。それを証明しよう」
アロットが手を伸ばすと、フェリシアも手を伸ばした。
小さな両手が二人の手に伸びる。
もう、一人じゃなかった。
「うんっ……」
この世界に生きる人々の為に、魔術はあるのだから。




