第13話 尊厳
炎の攻撃魔術""炎槍""の最上級魔術──""閃炎槍牙""
炎の槍は姿を変え、刹那的な炎の一閃を放つ魔術と化す。
直線状の魔術の軌跡に存在するもの全てを焼き尽くすほどの火力を持つ魔術。
「……くそっ、冗談じゃない」
アロットは何とか相殺することに成功した。
左腕を焦がし、左の頬の肉が焼け落ち、耳が落ち、歯が剥き出しになる程度で済ませることに成功した。
「火力も申し分ない……か。ここまでくるとどこまで使えるか見てみたいものだな」
竜人拳・霧粧氷。
魔力障壁だけでは耐えられないのはわかっていたアロットは、咄嗟に地面に向けて氷の竜人拳を放ち氷壁を展開。
ギリギリのところで直撃は避けることは出来たが、甚大なダメージを受けていた。
(なんで、ここまで冷静なんだろうな俺は)
自分でも意味が分からないくらいには落ち着いていた。
落ち着いて治癒魔術を使って傷口を塞ぐものの、痛みを抑える程度にしか機能していないことはわかった。
「自分の腕ごと焼き払ってるくせに……問題はないみたいだな」
キメラが自切し変化させた蝙蝠ごと熱閃が焼き尽くした。
にもかかわらず、キメラの両腕は再生している。
(ヴェーラ並みの再生能力だな。……いや、それはヴェーラがおかしくないか?)
更に頭上からもう片方の腕だった子竜が落ちてくる。
地面に叩きつけられた目のない子竜に、更につぶらな赤い瞳をした子竜が追撃の爪撃にてトドメを刺した。
「とてもつよい」
イオナがロロに言っていたことを思い出した。
ロロは何度もキメラの腕竜を蹴り続け、動かなくなったのを確認するとアロットを見上げた。
アロットの損傷具合を見て、丸い赤い瞳が見開いたのはよくわかった。
「ロロ、頼みがある。フェリシア達を呼んできてくれ」
「…………!?」
「情けないが、完全に力量を見誤った」
「…………!!」
ロロはアロットの状態とキメラを見比べ、葛藤するように一瞬俯いた。
すぐに意を決したように飛び立つと、ロロは振り返らなかった。
(なんで冷静なのかわかった。多分俺はこいつに勝てないからだ)
最善策は差し違えるか、フェリシアが来るまで引き止めるか。
やはりどうしても自分の命を他人事のように見ていることに気づくと、アロットは笑うしかなかった。
「人は変わらないよなぁ……」
結局、自己犠牲的な性格は変えられなかった。
フェリシアにはまた叩かれるかもしれない。
ならば…………
「もう出し惜しみはナシだ」
""リアライズ""
潜在的な力を覚醒させる強化魔術を発動。
術後の反動が強い為、使用は避けていたがこのままでは使っても使わなくても同じだ。
その時、キメラの様子がおかしくなった。
「■■■■?」
「あぁ?」
「■■■■■■■……」
「今度は何言ってるかわかんねぇな?」
アロットが強化魔術を使った瞬間、キメラが目を見開き驚愕したような顔を見せた。
(そういえばリヴァイアサンも俺の方を見ていたな)
アロットへの反応がリヴァイアサンとの既視感を覚える。
が、今はそんなことはどうでもよくなっていた。
今は────隙を晒した相手を仕留めるチャンスにしか見えなかった。
「""破斬星""」
リヴァイアサンから習得した──黒の閃撃。
視界に捉えた位置に騎士の斬撃を発生させる初見殺しの魔術が、キメラの胴体を横に二つに切り裂いた。
負けを確信していたが、千載一遇の勝機はいとも簡単に訪れた。
崩れ落ちるキメラの身体を見てもアロットは止まらない。
「どうせ治すんだろ!」
アロットは駆け出す。
より確実に仕留める為、ヴェルナトでヴェーラがしていたように。
「焼き尽くす!」
炎の最上級魔術は受けた。
あとはそれを渾身の力を込めて撃ち出せばいい。
キメラの上半身、身体と一体化した白のドレスが翼と化す。
空へと羽ばたき逃げる算段。
斬り落とされた下半身は姿を狼と変え、アロットへと襲い掛かろうと身を低く構えた。
だが、その瞬間にはアロットはそんなモノは拘束魔術で動きを止めていた。
「逃がすかよ!」
飛び立ったキメラの、その下の地面に目掛けて拳を振り下ろす。
「""竜火一刀星""!!」
全てを焼き尽くす火柱が天へと昇る。
空へと逃げたキメラの片翼を燃やし、さらに傷口を燃やす炎により再生を遅らせる。
「ちっ! まだ──!?」
強化魔術の反動が襲い掛かる。
ぐらりと、鈍器で殴られたかのような衝撃にアロットは片膝をついた。
落ちるキメラを睨みつけ何とか立ち上がろうとする。
その横を────
「今回は許します」
騎士が走り抜けた。
キメラが変質させた白い狼を造作もなく切り伏せ、翼を捥がれたキメラの落下地点へと一直線にかける。
「ふぇりしあ!」
「わかっています」
少し遅れてやってきたイオナの声にフェリシアは応える。
冷たい蒼い光を銀の刃に乗せた。
「あなたは、許しません」
キメラが最期の力を振り絞り、再生を諦めフェリシアに反撃を仕掛けるように手を翳した。
白の閃撃。
魔を断つ刃が、それら全てを切り裂いた。
「■■────」
灰のように肉体が崩壊する中、最後に何かを言っていた気がした。
それはイオナの母としての言葉などではないことだけはわかった。
『死ね』
端的な、敵対者に向ける呪詛の言葉だった。
「……おかあさんは、そんなこといわない」
最後の言葉はイオナにも聞こえた。
母ではないと確信できる言葉だが、母の姿でその言葉を口にされた悔しさのような感情に、イオナは服を力強く握りしめた。
涙が零れそうになるものの、アロットを見てびくりと肩を震わせた。
「あろっと! だいじょうぶ!?」
「傷は大したことない。魔術の影響で──」
「どこが大したことないんですか?」
冷たい声が首筋を撫でた。
恐る恐る顔を上げると、冷たい蒼い瞳が見下ろしていた。
「大したことある……とても痛い」
「ですよね?」
「待ってくれフェリシア。今回は無茶するつもりは──」
「わかってますよ。ロロが飛んできましたから」
「……それにしては来るのが早くないか?」
「あんな炎を見たら心配になるに決まっているでしょう?」
「それもそうか」
キメラが放った""閃炎槍牙""のことを考えればすぐにこちらに駆けつけてきてもおかしくはない。
「ロロが助けを求めに来たってイオナさんから聞いて、まあ今回はアロット君も一人で無茶はしなかったんだなとは思いましたけど」
「そうだな。フェリシアに頼ることにしたよ」
「疑わしいですね……」
目を細めてくるがそこまで糾弾はされない。
ロロがいてくれて助かったと、アロットは心の底から感謝した。
「あろっと。いま、なおす」
「ああ、ありが──」
イオナがアロットの頬に手を翳して治癒魔術を行う。
剥がれ落ちた肉が瞬く間に再生し、恐るべき速度で元通りになっていく。
「今なのか?」
「え?」
「いや、なんでもない」
本当に『今すぐに』治ることがあるのか。そんなツッコミを入れたくなったが、アロットは大人しくしておいた。
(もしかしたらバルファローネ副師団長以上の治癒を使えてるんじゃないか?)
イオナの才能もあるのだろうが、やはり生命の創造に関わる資料を読んだからなのかもしれない。
ここまで高度な治癒魔術を使う魔術使いは初めて見た。
「ありがとう。イオナ」
「うん。あろっとも、ふぇりしあも、ありがとう。おかあさんのおはか、つくってあげられる」
ロロを抱きしめてイオナは呟く。
「一度休んだ方がいいですね。こちらの進捗はその後にでも」
「そうだな。そうするか」
まだ強化魔術の影響か頭がぼーっとしている。
フェリシアの言うように一度休んだ方がいいだろう。
「……そうだ、フェリシア。キメラが最期に何かつぶやいていたが聞こえたか?」
「最期に? いえ、なにも。……というか人の言葉ではなかったですよね?」
「そうだな。俺の考えすぎかもな」
「? どういうことです?」
「ちょっと頭がくらくらしてな」
「はあ、本当に無理はしないでくださいよ?」
「ああ」
キメラの最期の言葉はアロットとイオナにしかわからなかった。
そのことがアロットの中では一つの仮説が積み上がりつつあった。
それこそ、考えすぎなのだと。アロットはそう思いたかった。




