第11話 白
庭から見える空は雲一つない快晴で、憎らしい程に青々とした空をアロットは睨みつけた。
「改めて説明するが、フェリシアは赤いスライムの討伐。イオナは赤いスライムを探知してフェリシアを連れていってくれ」
「うん。わかった」
「全て討伐するんですか?」
「いや、流石にキリがないだろう。それに森の生態系が変わってしまうかもしれないしな」
禁術の痕跡を残しておくべきではない。同じような悲劇を生まない為にも、命の掛け算などという愚行を誰かが模倣しない為にも。
だが、それと同時にモンスターと言えど新しく生まれた命に違いない。
「既にこの森に定着しているのなら根絶やしにするのは逆効果になると思う」
赤いスライムは造り続けたからこそ今は異常な数なのかもしれないとアロットは判断する。
ある程度間引くだけにして様子を伺うだけにするべきだろう。
(この状況を上に報告しないといけないしな)
全て討伐してしまって事後報告にしてしまう魔導師としては褒められたものではないり
あくまでバルドに頼まれた分だけ討伐するのが賢明だ。
「その""ある程度""の基準は?」
「任せる」
「ええ?」
「きっと数が多く、それなりに時間がかかるはずだ。イオナが索敵できる範囲でなるべく多く。という感じで頼む」
「うわぁ……アルテさんが特等魔導師になるのを断っている理由がわかりました」
「あの人に何を教えられた?」
アルテ・バーラン一等魔導師。
ローインクレーにいた魔導師の名前が出てきてアロットは目を細めた。
実力だけなら特等魔導師になれるはずだが、特等魔導師は単独での任務を引き受けなければならなくなる。
アルテが総師団長の都合の良い女になるのを嫌って昇格を拒んでいるのは有名な噂だった。
「全ての責任は俺が負う。モンスターは人を襲う敵ではあるが、冒険者にとっては生活を支える稼ぎになる」
「……それを考慮してって話ですよね。この世界で生きていくなら、何も考えずにモンスターを倒すだけでは駄目なのだと」
「まあ、そうだな」
昨日の夜の話を思い出しながらアロットとフェリシアは見つめ合う。
クウィンはフェリシアを魔導師にしたいと言っていたが、フェリシアがなるのなら冒険者の方だろう。
例え騎士とはいえ、魔術が使えない者が魔導師団に所属するのには反対する者も出る。
魔導師とは優れた魔術使いの証明でもあるのだから。
「そこまで難しく考えるな。頃合いを見てこっちに合流するといい」
実際、アロットもそれっぽい理由を並べて単独行動したいという本音を隠している。
最後にちらりとイオナの方を見ると、それを見てフェリシアも察する。
モンスターとはいえイオナの母の姿をしている。それを殺す瞬間は彼女には見せたくない。
「了解しました。アロット君も無理はしないでください」
「しゅっぱつ、する?」
二人の横でイオナが目を閉じてロロを抱きしめていた。
「たんち。できたから、いつでもいいよ」
「は? 探知って……見つけたのか?」
「うん。まだ、もりにいるから」
まるでこの森の全てを探知できるかのような言い方にアロットは冷や汗を流した。
ありえないことだ。広範囲の魔力探知、モンスターの種類もわかるほどの高精度。
ヴェーラと同等の天才をアロットは目の当たりにしている。
「アロット君、行きましょう」
「ああ」
「あろっと。ろろ、つける。あんない、してくれる」
白い子竜の姿をしたロロがアロットの頭に一度降りると、再びアロットの周囲を飛び回った。
「ろろに、ついていって?」
「わかった。助かる」
ロロも同じように魔力探知が出来るのか、それともある程度の感覚はロロとイオナの間で共有されているのか。
どちらかはわからないが、今はそんなことはどうでもよい。
「ふぇりしあ。こっち、あんないする」
「はい。お願いします」
イオナが走り出し、フェリシアが後をついて行く。
小さい身体だが軽快に木々の間を駆けていくイオナの背中は、かなり森に慣れているようだった。
「さて、行くか」
その声を合図にロロが先導して飛ぶ。
アロットも森の中を駆けながら少し考えていた。
(この家がモンスターに襲われないのはおそらく騎士が絡んでいる。白き異形と戦った時に他のモンスターがいなかったのと同じだろう)
昨晩フェリシアが眠った後、アロットは庭を調べていた。
家の境界には白き異形のものと思われる白い灰が埋められていた。
恐らくここはその白き異形の力の残滓に守られていたと仮定する。
灰になったのはアロット達が白き異形を討伐したからだと判断。ローインクレーでは聞かなかった赤いスライムの繁殖は、その白き異形の力がなくなったことも関係していると踏む。
(だが、リヴァイアサンは逆にフェリシアを優先的に狙っていた。あの時のモンスターはリヴァイアサンの召喚魔術により生み出され、自らの意思を持たない傀儡に過ぎない。
(モンスターにとっては騎士は魔導師以上の脅威を持つ。いや、騎士というよりは魔力を断つ力の方か
(弱いモンスターは避け、強いモンスターは排除しようと動く。天敵と考えるとその行動は正しいのかもしれないが……)
研究日誌の最後の一文が頭の中から離れなかった。
""この世界""──死者の蘇生を試みた魔術使いは最期に何かに気づいた。
その何かをアロットは知っているような気がした。
「騎士とは……なんだ? この世界とは…………」
その二つの言葉が何か繋がりがあることを知っているはずだが、まるで釘を刺されているかのように頭の奥深くに沈められているような感覚がある。
それが答えのようなものだった。
「魔王……あんたは俺に何をした?」
随行魔導師が封印魔術を使えるのなら、魔王が使えてもおかしくない。
むしろ間違いなく魔王によって隠されていることがあると確信していた。
「記憶の封印……」
あり得なくはない話だ。
一部の記憶だけを封印して思い出せないようにする。
封印術は外界の事象全てから断絶されるわけではなく、使い方次第では意図的に干渉を制限出来る。
ここに来て明確にそれがわかってきていた。中身はわからなくとも、鍵の掛かった箱があることまでは見えていた。
刹那、視界に白い影が映って足を止める。ロロはアロットの側で滞空して白い影に牙を見せる。
「……個人的には喋ってくれたら楽なんだが。喋らないでくれたほうがやりやすいな」
木の陰から姿を現す。
白いドレスを身に纏った女性が姿を現した。




