第9話 作戦
「いや、ちょっと待てフェリシア。そのキメラは俺がやる」
決意を固めた二人を見てアロットが手を出して引き止める。
「はい?」
「キメラの討伐は俺に任せてくれ、少し気になることがある」
「『騎士としてどうするか?』そう言ったのはアロット君ですよね?」
「それはそうなんだが……──待った、落ち着け、その目を抑えてくれ」
冷たい蒼い瞳がアロットを睨みつける。
確かに騎士としての決断を促したのはアロットだが、それはそれとしてキメラについて調べたいことがあった。
「気になること、とは?」
「それはまだ何とも言え──……どうして剣を抜く?」
ひやりと、アロットの首筋に冷たい汗が流れた。
「随行魔導師が禁術に手を染めようとしているんです。騎士として、然るべき裁きを与えなくては」
「待て! 落ち着け! この一件には前回の随行魔導師が関わっている可能性が高いんだ!」
「前回の?」
その言葉にフェリシアの目が再び光を取り戻し、ゆっくりと剣を収めた。
魔を断つ斬撃──アロットの魔力障壁もいとも簡単に断ち切ることを思うと、今の一瞬でも生きた心地がしなかった。
「けんか?」
「いえ、違いますよ。私が本気を出したら、アロット君は敵いませんから喧嘩にはなりません」
「それはそうなんだが」
「ふぇりしあ。すごくつよい? ロロおびえてる」
「す、すみません。アロット君しか斬るつもりはなかったんですけど」
「冗談に聞こえなかったからやめてくれ」
自らの心を殺し、魔を断つ剣。
白き異形にはならないという話だが、その力は白き異形に近い。
その騎士も含めた謎を知るためにも、随行魔導師が関わっているであろうキメラを調べたかった。
……という建前であり、本音を言うとフェリシアに『人』を斬って欲しくなかった。
「随行魔導師が関わってるのなら、何かこの旅について知れるはずだと思うんだ」
「意味が分かりませんよ。それに、アロット君は私にこれ以上強くなる必要はないといってましたよね」
「まあそうなんだがな。けどなフェリシア、おかしいと思わないか?」
「何がですか?」
「巡礼の騎士は皆霊峰で亡くなっているはずなのに、こんなところで随行魔導師の痕跡が見当たるなんて話」
「それはっ──!?」
前回の巡礼の騎士は霊峰に登らずに身を隠した。
アロットは既にイルミーナから聞いているが、フェリシアには話していない。
そもそもアロット自身もイルミーナから聞いた話は半信半疑だったが、ここに来てそれを証明できそうな書物が見つかっている。
「霊峰から帰ってきた騎士がいるんですか?」
「いや、残された記録から読み取るに霊峰に登らず引き返したんだ」
「騎士の使命を投げたということですか?」
「軽蔑するか?」
「……しませんよ。むしろ生きていると知れたのは少しホッとしました」
「いや、生きてはいない」
「え?」
その騎士は白き異形となってアロット達の前に現れた。
その白き異形は騎士によって討伐された。
その騎士は前回の騎士を殺したのだ。
アロットの口からは何も言えなかった。
「もしかして、イオナが言っていた病気の女の子ですか?」
「そうだ。だが、病気の治療も不老不死の研究も失敗に終わった」
「そんな……」
「だから、そのキメラを確認しておきたい。騎士の痕跡があるなら」
「それでも、危険すぎます! と言うよりも私も一緒に戦っても──!」
「フェリシアは赤いスライムを頼む。そっちはフェリシアの方が効率がいい」
「それは後でいいじゃないですか!」
フェリシアは絶対にアロット一人に任せるようなことはしない。
この男はラディアメルクで死にかけているのだ。一人で勝手な行動はさせたくない。
話が平行線を辿る中、イオナがロロを持ち上げた。
「いおなも、きょうりょくする。ろろ、つよいよ?」
涙で赤くなってはいるが、既に気持ちを切り替えて次のことを考えている。
既にこの歳で精神的にも強い魔術使いとなっている少女を見て、二人は顔を見合わせた。
「まずロロが何なのか教えて欲しいな。もう隠すこともないはずだ」
「うん」
こくりこくりと端的に頷いた。
フェリシアがちらりとアロットの方を見るが、アロットの魔術知識でも理解出来ない範囲なので首を振る。
「召喚魔術とは違う。実態というか肉体を持っている。更にこちらの言葉を理解出来る知性がある」
本物の生命の創造とでも言うべき魔術。
だがロロの肉体は冷たく、生きているのとはまた別に感じた。
「ろろは、いおなとおなじ。いおなのからだをつかった」
「どういうことだ」
「もんすたーにちかい。けど、ちがう。いおなの""かげ""」
「…………身体の一部を媒介にしてもう一人の自分を造ったということか?」
「えっ!? わかるんですか?」
「いや、なんとなくな……」
「そうかな、そうかも。いおな、ほんいっぱいよんだ。ひとりは、いやだから……」
自らの身体を犠牲にして魔術の威力を高める例はいくつか存在する。
魔術は人の創造力であり、『犠牲を払えば報われるべき』と考えるのもまた人の創造力だ。
実際、ヴェルナトの地下遺跡でヴェーラが身体の一部を媒介に自身の魔術の威力を上げた例もアロットは知っている。
(それに分身──もう一人の自分を生み出そうとする魔術については幾らか資料も残っている。どれも失敗に終わっているが……)
自分がもう一人いれば。
そんなことを考えて召喚魔術の要領で自分自身の分身を作ろうとする魔術はあったが、どれも成功した例はない。
「正直、規格外の魔術だな」
「ろろ、じゆうに""すがた""かえられる。たたかいにも、さんかできる」
そう言と、ロロは姿を変えて空へと飛び立つ。
白く、小さな子供の翼竜の如き姿に変えてアロットの頭の上に降り立つ。
「何故俺の頭の上に乗る?」
「おきにいり。だって」
「は? というか、言葉がわかるのか?」
「ろろとはつながってるから」
「…………その魔術技能、こんな所で放っておくには惜しいな」
出来れば魔導師に推薦したいが、イオナ自身も禁忌に触れている。
少女とはいえバレたらそれなりの法的措置は取られるだろう。
(かと言って、こんなところに放置も出来ないか)
年齢を考慮しても、イオナの身体は痩せ細っている。
まともに食事も取れない環境に加え、誰にも頼ることが出来ないのだ。
放ってはおけなかった。
「まあ、何とかするか」
「え?」
「いや、こっちの話だ。それでロロは実際のところどれくらい役に立つんだ?」
「とてもつよい」
自信満々にイオナは目を輝かせた。
はっきり言ってアロットには何も詳細が伝わってこない。
「ロロは魔術は使えるのか?」
「すこしだけ」
「まじか……」
頭の上で白い小竜が火を噴いた。
魔術の火としては弱いものだが、それでも魔術が使えるのは確かなようだ。
意思を持ち自律する魔術創造体とでも言うべきか。
この旅の中で散々あり得ないものを見すぎたせいか、アロットはもう難しいことは考えないことにした。
「ならロロがサポートをする形で俺はキメラを討伐する。フェリシアは赤いスライムを頼む」
「だから──!」
「ふぇりしあは、いおなが、たすける」
「えっ!?」
イオナの提案にフェリシアが目を見開いた。
補助などいらないだろうが、イオナも黙っては見ていられないのだろう。
力の籠った紫の瞳が見上げていた。
「イオナさんは大丈夫ですよ。この家で待っていてください」
「ううん。いおなもわるいこ。だから、けじめ。つけないと」
「どこで覚えたそんな言葉?」
「まりょくたんち、とくいだから。すらいむ、いっぱいみつけられる」
「え、アロット君より役に立ちます」
「正論は時として人を傷つけるんだぞ?」
口論したばかりだからか、フェリシアのアロット虐めがいつもよりも容赦がない。
アロットも魔力探知は苦手なのではっきりと言い返せない。
「だから、おねがい。……いおなも、たたかいたい」
それが彼女自身が救われる為でもある。
フェリシアも理解できた。
騎士という使命が自分の存在意義だと思っていたかつてのフェリシアだからこそ、イオナが背負う使命を拒否できずにいた。
そして、彼女がその使命に囚われないように力になりたかった。
「わかりました。私の傍を離れないでくださいね」
「うん。いおなも、つよいよ?」
「頼もしいです。改めてお願いしますねイオナさん」
話がまとまったようだ。
フェリシアもイオナに母の姿をしたキメラに会わせたくなかった。
ならば、イオナの為にも二手に別れるのがいいと判断する。
それでも、蒼い瞳がアロットを睨みつけた。
「絶対に無理はしないでくださいよ」
「わかってるよ。なあ、ロロ?」
肩に乗ったロロがアロットの頬に顔を擦りつける。
「……なんでそんなに気に入られてるんですか?」
「それは俺にもわからん」




