第8話 罪を背負う少女
地下室から出ると外で二人で会話していたフェリシアとイオナと顔を合わせる。
既に日は傾き、空が赤く染まっている。
「何かわかりましたか? アロット君」
「ああ、結論から言おう。おそらく蘇生されたのはイオナの母親じゃない」
アロットの端的な答えに二人の目が一瞬大きく開いたが、その言葉の一部にフェリシアが引っかかる
「""おそらく""……ですか?」
「実際に見てみないとわからない部分があるからな」
「でも、そう思った理由はあるんですね?」
「研究日誌をみたところ、そもそも蘇生魔術じゃないと思われる」
意外な答えにフェリシアは目を丸くするが、イオナは何か心当たりがあるように目を細めた。
白い兎がアロットの足元を横切ると、そのままイオナの胸に飛び込んで丸くなる。
「正直、迷走していたのが伺える。最終的にたどり着いたのは新しい肉体を造り、そこに魂を定着させるものだろう」
「きゅ、急に難しい話が……」
「新しい肉体を造って、そこに死霊魔術で呼んだ魂を結合させるという計画があったのは読み取れた。だが、残念ながら出来上がった肉体は既に別の生き物になっていた」
「まさか……」
「やっていたことは命の掛け算……合成獣の製造と何も変わらない、蘇生魔術とは程遠い魔術。それによって生まれたのは──モンスターだ」
はっきりとアロットは真実を告げる。
イオナはロロを強く抱きしめる。
「蘇生しようとして生まれたのが赤いスライムという失敗作であり、最後の最後で人の姿を創造することに成功したがそれもモンスターだった」
恐らく、最後は遺体を丸ごと使ったのだろう。
封印魔術を掛けていた魔導師がいなくなり、遺体が劣化する前に最終手段に出た。
その結果が最悪の結末をもたらした。
「……""我々は生命であるが故に死は絶対の理である""」
「イオナさん?」
「ほんに、かいてた。いきかえるのが、ありえないこと」
「人が本能的に理解していることなんだろうな。魔術は人の想像力とは言うが、人が潜在的に無理だと思うものが──覆せない理がある」
「だから死者を蘇らせることは出来ないということですか」
ふう。と、アロットはため息を吐いた。
「……疲れたな」
「え?」
「俺でも意味わからないことが多すぎるんだよ。こちとら低級魔導師だぞ」
「わ、私にそんなことを言われても。それがアロット君の仕事じゃないですか」
「それはそうだ」
アロットの愚痴に対してフェリシアは目を細めて睨みつけてくる。
禁術に関する情報の多さにアロットも手に負えなくなると、つい思考を放棄したくなってしまった。
これは特等魔導師や副師団長クラスが対処すべき案件だ。
「とはいえ、私も少し申し訳ないです。アロット君に任せっきりにはなっていますので」
「気にするな。フェリシアに魔術知識を身に着けろっていっても難しい話だからな。俺だって書物を読んだだけじゃ魔術を使えなかった人間だ」
「それで、どうするんですか?」
「魔導師としての立場なら俺程度が出る幕じゃない。だが」
アロットはフェリシアの目を見つめた。
ただの魔導師としてのアロットはこの件に深く関わるべきではないだろう。
「フェリシアはどうする?」
「私は」
アロットの問いにフェリシアはイオナを見た。
ロロを抱きかかえ俯く少女を見て、騎士の答えは一つだった。
「イオナを助けたいです」
「……ふぇりしあ?」
「イオナのお母様を偽るモンスターを野放しには出来ません」
「…………うん」
まっすぐなフェリシアの蒼い瞳を見て、イオナに瞳から涙が零れそうになる。
「ずっと……どうすればいいか、わかんなかった。おかあさんじゃないけど、おかあさんかもしれないって……おもいたかった」
ぽろぽろと、大粒の涙が零れる。
ロロが慰めるようにイオナの頬に身体を擦りつける。
「でも、ロロをつくったとき、ちがうってわかってた。おかあさんじゃないから、でもっ、いおなはっ……!」
たとえ頭では理解しても、母の姿をしている。
それだけで躊躇いと葛藤は生まれるのはおかしくはない。
むしろ人としては正常な判断と言える。
何よりイオナはまだ十二歳だ。母を失ったのは七年以上前の話だが、父親も取りつかれたように死者の蘇生魔術を研究していた。
もっと親に甘えたい時期だったはずなのに、そんな時期を乗り越えて現れたものが母の姿をしたモンスターだったとして。
それを受け入れることは到底できないだろう。
「イオナ。あとは私達に任せてください」
フェリシアがイオナの小さな身体を優しく抱きしめる。
「おねがい……おかあさんを、かえして。やさしかった……いおなに、わらってくれた、おかあさんを……」
「はい。イオナのお母様を連れ戻します。……還るべき場所へ、眠るべき場所へ」
「ふぇりしあ……っ」
「これ以上、悲劇を生まないためにも」
蒼い瞳に強い力が籠る。
紫の瞳が真っ直ぐと見つめ返す。
「おねがい……あれを──ころして」
涙を流しながらイオナは思いを伝える。
その言葉は彼女にとっての決別を意味していた。
子供ではあるが、禁忌を背負うものとして──一人の魔術使いとして、彼女はその言葉を口にした。
「承りました」
冷たい蒼い光がその瞳に宿る。




