第7話 ロロ
刹那、背後に気配を感じてアロットは慌てて振り返った。
いつの間にかアロットの後ろには森で見かけた白い女が立っていた。
髪も肌も異様なまでに白く、赤い瞳をした女がアロットの背後を取っていた。
「なっ……!?」
イオナの母を模した別の生き物──否、モンスターだ。
日誌から読み取る限りではこれはただの合成獣でしかない。
アロットは拳を構えて攻撃に備える…………が。
「……なんだ?」
一向に攻撃は来ない。それどころか敵意を感じない。
森で見つけた時と同じだ。本当にこの女がイオナの父を殺したのだろうか。
そこでアロットはあることに気づいた。
「ロロか……?」
自分でも何を言っているのか意味が分からなかった。
だが、ロロの姿が見えず、ロロが違う姿に変わっているのを見ている。
目の前の女はもしかしたらロロなのではないかと、気が触れたような答えにたどり着いていた。
「────!!」
白い女はこちらの言葉を理解しているのか、両腕を広げ満面の笑みを浮かべた。
ロロだ。
やはりロロが変化している。何らかの魔術か、だとしてもアロットには言うべきことがあった。
「せめて服は着ろ」
上着を脱いでロロに向けて投げつける。
恥じらう様子もなくロロは仕方なさそうにゆっくりと袖に手を通すと、ロロはアロットのことを見ながら首を傾げた。
「それはお前の……能力なのか?」
「……?」
「そうやって姿を変えるのが」
「……!!」
「ああ、そう……」
アロットの問いに首を傾げたり、勢いよく頷いたりして答える。
どうやら喋ることは出来ないようだ。だが、こちらの言葉を理解して意思疎通ができる。
「お前はモンスターなのか?」
「……?」
「わかんないか」
そもそもモンスターの定義もあやふやなところがある。
何をもって""モンスター""と称するか、それは人を襲うことに執着することが一番大きいだろう。
レイザーファングと狼では人に対しての敵意が明らかに違ったりする。
人を襲う生き物をモンスターと称し、共存が出来ないことを強調させている。
あとは血の色を確認するという手段だが、得体のしれないモノに自分から攻撃を仕掛けるのを躊躇っていた。
「その姿は……シエラ──イオナの母親なのか?」
「……!!」
今度は首を縦に振る。
おそらくロロとイオナの父親が造った合成獣は別物だ。
「俺達は本当に危険な方とはまだ出会ってなかったのか」
「……!」
「そいつはまだこの森にいるのか?」
「……!!」
ぶんぶんとロロは首を縦に振る。
教えてくれているのだろうが、アロットはため息をついた。
「俺とフェリシアをイオナのところに案内したよな?」
「……!」
「その姿でそんなことをされたら、もし危険な方に出会った時に油断してしまうだろうが」
「……!?」
もしイオナに出会わずにいたら、キメラに出会った時に無警戒な状態で攻撃を受けていた可能性があった。
(っていうのも伝わってるようだが、かなり意思疎通ができるなこいつ)
ロロもおそらく誰かが造った生き物だ。
もしくは赤いスライムのような失敗作の一つなのか。
「ああ、もう……わけがわからん! この場所に詰め込みすぎだろ!」
アロットの頭は未知の情報でパンクしそうになっていた。
「…………その姿を、イオナに見せたことはあるか?」
「……──」
ロロは首を横に振った。
「ないか。それが正しい判断だと思うが、そこまで理解できるのはなんなんだ」
こちらの言葉に反応するだけではなく気遣いも出来る。
明らかに自分自身で考える力……まるで人の心と呼べるものがロロにはある。
「お前はイオナの父さんが造ったのか?」
「……──」
「なら、ここに居た随行魔導師が造ったのか?」
「……──」
「じゃあ、一体誰が────イオナか?」
「……!!」
その回答にアロットは一瞬目を見開いたが、すぐにイオナの言葉を思い出し納得した。
(悪いことをしたと言っていた。つまりロロもここの研究から造られたもの)
ロロは人ではない。これは蘇生魔術ではないはずだ。
もしかしたら、イオナの父親が行った蘇生術とは違う魔術の可能性がある。
「ちなみに一応聞いてみるが、お前の目的はなんだ?」
「……?」
ここまで自分の意志があるのなら、何か目的があってアロット達に接触してきたと思われる。
しかし、ロロは首を傾げる。
少し質問の仕方を変えることにした。
「お前はいつも何をしてるんだ?」
「……!!!」
アロットの問いに、喋ることのできないロロは全力を持って伝えようとする。
狭い室内を飛び跳ねたり、走り回ったり……まるで物心がついたばかりの子供のような無邪気さを体現していた。
目的はないのかもしれない。好きなように生きているだけだ。
ロロに関してはあまり難しいことは考え込まないことにした。
「わかった。わかったから、落ち着け──!?」
と、走り回っていたロロの足がもつれる。
転倒しそうになったところを、慌ててアロットが抱きかかえるように支えた。
「あぶねぇな」
自分でも無意識だった。
人の姿をしているが人ではないもの。それを無意識のうちに手を伸ばして助けていた。
(この部屋……イオナの父さんが殺されたというが、戦闘痕は見当たらない)
例え造ったキメラがモンスターだとわかっていても、人の姿をしているものを躊躇いなく殺せるのだろうか。
きっと出来なかったはずだ。
イオナの父は自分が造ったのが最愛の妻でないとわかっていても……。
「…………」
赤い瞳と見つめ合う。
上着がはだけ、アロットが支えようと回した手はロロの白い肌に触れている。
異様なまでに冷たい肌には生気を感じない。
間違いなくそれは人ならざる者を証明しているように思えた。
「お前は────」
アロットが何かを言う前に、ロロはアロットの身体に手を回して抱きついた。
「……何をしている?」
不意に裸の女性に抱きしめられながらもアロットは冷静だった。
人外とわかっていたからか、それとも知り合いの母の姿だからか。
別に興奮することなどなかったが、頬と頬が触れるとその異様なまでの冷たさがはっきりとわかる。
(まるで……死んでいるようだ)
少し思い詰めた顔でアロットは固まってしまう。
アロットの様子に気づいたロロが顔を離すとて、目の前で首を傾げるものの、アロットは微動だにしない。
「……っと」
刹那、アロットの腕からロロが溶ける出した。
一度白いスライムに変わったかと思うと、再び白い兎のような姿に変貌する。
「なんでもありだなお前」
姿を変えたロロを見てアロットは目を細めた。
気になることは無数にある。
しかし、頭が重い……。
「一度、外の空気でも吸いに行くか」
アロットがそう言うと、足元でロロがぐるりと回って扉の方に駆けていく。
トントンと、前脚で地下室の扉を叩くロロを見て溜め息を吐いた。
「開けてからその姿になればよかっただろ」
ロロの耳がピンと伸びた。




