第6話 研究日誌
────■■日。あのお方の助けを借りて■生魔術の研■■続けることになった。イオ■には悪いと■■■■シエラを生き返らせることが■■■■、またみんなで■■■──
研究日誌はところどころが血に汚れていて全てを読み取れない。
そうでなくとも殆どの文字が潰れている。これを書いた人物の精神状態によるものか。
それでも、これが間違いなくイオナの父が書いたものであることはわかる程度には理解できた。
「""あのお方""……?」
おそらくこの家に元々住んでいた人物のことだろう。
イオナは父の友人と言っていたが、友人と呼ぶには些か堅苦しい呼び方をしている気がした。
「シエラ……イオナの母親の名前か」
それにしてもここを造った者は何者なのか。
またしても謎が増えアロットは頭を抱える。
ふと足元にいたロロが、ゴロゴロと猫のように転がっているのに気づいた。
「…………お前、さっきまで兎じゃなかったか?」
猫のように──というよりも、完全に白い猫の姿をしているロロに気を取られてしまう。
もちろん猫のような毛並みはなく、兎の時と同様に表面は液体のような光沢を纏ってツルツルとしている。
それとも兎に見えたのは気のせいだったのかもしれないと疑い始めた。
「いや、今はどうでもいい」
これ以上の謎は手に負えない。
一先ず研究日誌を読み進めることにして、片付けられる情報から片付けることにする。
パラパラと、慣れたように読み進める。
学院時代に片っ端から書物を漁っていたこともあり、アロットは重要そうな情報だけに目を落としていく。
────■日目。■■の状態はあのお方のおかげで維持できている。あのお方の■■魔術にはまるで時間を止めたかのような効果がある。外界との干渉を■■■■■■。一体どこでこんなものを? ■■■■には必要性ないと思われるが……。しかし、そのおかげでシエラの状態は保たれている。感謝してもしきれない。
「……シエラの状態」
イオナから聞いた話と合わせて整理すると、シエラはここに来た時点で既に亡くなっているはずである。
遺体のことだとしたら、状態を保つというのは腐敗から守られていると考えるべきか。
「外界との干渉。待て、何処かで──」
【これは迷宮そのものが巨大な結界魔術の可能性が高い。外界からの干渉を拒絶し隔離する過程で、時の流れも分離しているのかもしれない】
違う。結界魔術はあくまで空間に作用させるものだ。
シエラの遺体を対象と考えた場合は────
【それは封印魔術、或いは結界魔術の類よ。特定条件下で解除されるように設定して、その時以外はまるで時が止まったかのように肉体を維持して停止し続けているような】
ヴェーラがガーゴイルの寿命に対して言っていたことだ。
「封印魔術……」
【時間を止めたように傷口が少しも劣化していなくて、そのおかげで傷跡が残らないほど完璧に治癒できたんだって】
「は?」
頭の中で情報を整理しているとマルタに言われたことを思い出した。
アロットの治癒魔術がまるで時間停止……封印魔術のような痕跡を残していたという話だ。
遺体の状態を維持──それが封印魔術によるものならば、アロットも近い魔術を使っている可能性が高い。
ページをめくる手が早くなる。その言葉が書かれている部分を探し、目を滑らせていく。
ピタリ。と、アロットの手が止まった。
「…………随行魔導師」
────■日目。■■■■殿のおかげでシエラの状態は安定しているが、それもいつまで続くかは■■■■■。あのお方も近いうちにここを去ると言っていた。彼女が■■■■■しまったから。アレが、■■■■■が、巡礼の騎士の成れの果てだというのか? 随行魔導師である彼はそのために封印魔術を■■■。それに信じがたいことを■■■■■■■本当な■■──。
「巡礼の騎士の……成れの果て」
これはおそらく白き異形のことだろう。
イルミーナの言っていたことが真実味を帯びてきた。
騎士が白き異形になる。それは認めたはない仮説だったが、この日誌からまごうことなき真実だと読み取れる。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「落ち着け」
アロットは自分に言い聞かせるように呟いた。
イルミーナの言ったようにフェリシアが白き異形になる可能性がないというのなら。この日誌に書かれている騎士との相違点を見つけたかった。
だが、一先ず今仕入れた情報を整理させる。
「外の家もこの地下室も、かなり丁寧な建築魔術だ。だとしたらグランクレイグの人間の可能性は考えられる」
そして、随行魔導師──巡礼の騎士はグランクレイグの人間から選ばれる。
イルミーナが言っていたことを思い出す。
前回の巡礼の騎士は霊峰に登らず、その身を隠したと。
ならばここに居たのは前回の随行魔導師だ。
「……この随行魔導師も封印魔術を使っている。おそらく俺自身も」
そんな魔術は魔術学院では教わらない。禁術なのだから当然の話だ。
ならばアロット達は誰から教わったのか。
「随行魔導師は、巡礼の旅に必要な魔術を魔王から教わる」
封印術がこの巡礼の旅に必要なのかもしれない。
禁術が必要とされる旅。
(封印魔術は『白の異形になるのを防ぐ為』なのか?)
ならばその事実を隠す必要はあるのだろうか。
そもそも何故、自分は魔王から魔術を教わったことを覚えていないのか。
苛立ちから歯を食いしばるも、頭を押さえて冷静さをゆっくりと取り戻していく。
「封印魔術により白の異形化するのを遅らせていたとしても、白き異形には魔力への対抗性があった。封印魔術が効くとは────」
【フェリシアには魔力を全く感じない】
「……おかしい。魔力があるなら何故魔力への対抗性がある白き異形が生まれる? ……もしかして、騎士には白き異形になりえる力が備えられているのか?」
この世界に稀に生まれる魔力を持たぬ人間。
それを騎士として見送ってきたが、この騎士と言う存在は偶然ではなく意図的に生まれたのだとしたら……。
意図的に造られたとしたら。
「魔力を拒む力が白き異形にするのか? フェリシアには魔力がないからならないと? ……いや、魔力が身体になくても触れる機会なんていくらでもあるだろ」
あくまで可能性の話にアロットの顔が引き攣り、今度は深く息を吐いて落ち着けた。
────■■目。シエラの肉体の情報を読み取り■■させても、生まれるのは赤いスライムばかりだ。何故だ? 何故■■■■■ばかりになるんだ? やはり可能性があるとしたら生命の掛■算なのか? 馬鹿げた考えだが他に■■がない──
「赤いスライム、ここで出てくるか。肉体の情報を読み取り──死者の蘇生というよりは……新しい身体を造ろうとしているのか?」
────■■■。死霊魔術■■■、■■■■肉体に■■■を結合させる。命の■■■。あのお方ももう■■■■■た。このまま■■■るよりも、僅かな■■■に賭■■■■ない。私■君■■■たい──
段々と読めない文字が増えていく。
血痕もそうだが単純に文字が乱雑に書かれていて潰れて読めないのもあった。
イオナの父の精神状態が限界に近かったのかもしれない。
「命の掛け算。いや、待て……こんなところに居る別の生命と言ったらモンスターしか──…………ッ!?」
血糊で凝固したページをめくる。
過程が一気に飛び、最後のページが開かれアロットは背筋が凍るような寒気を感じた。
最期のページは……一面が赤く染まっていた。
かろうじて読めるのは最後の一文だけだった。
────この世■■人■■■■■■■■■?──




