第5話 禁忌の研究
地下室の中は思っていたよりも広いものだった。
イオナが地下室の燭台に火を灯すとその全貌が見えてくる。
部屋の隅には本の積まれた机と本棚が並んでいたり、中央の大きい机の上にも本や何かのメモが置かれている。
部屋の奥にはなんならかの魔術式の方陣が刻まれているが、大量の血痕に塗れて解読は困難になっている。
「っ…………」
凄惨な跡にフェリシアが息を飲んだ。
しかしアロットからしてみれば、まだ思っていたよりも綺麗にされている印象。
イオナがある程度この地下室を整理しているのだろう。汚れてはいるが拭い取った跡は残っており、本は丁寧に積まれている。
アロットはふと気になって地下室の壁に触れる。
「ここもイオナ達が来た時からあったのか?」
「うん。さいしょから」
「ならその友人が造った部屋か」
几帳面にも感じる平らな壁の造りから、これはグランクレイグの魔術使いによる可能性が高いと見た。
確証はないが、この部屋もイオナの父親の友人が造ったものであるだろう。
壁に入ったひび割れを見るに、外の家と比べると突貫作業で造ったか、あるいは地下に部屋を造るのには慣れていなかったのか。
「ここにある本もか?」
「うん。でも、おとうさんが、""ぬすんだもの""もある」
「盗んだ?」
「らでぃあめるくの、としょかんから」
「……あれか」
ラディアメルクで本がなくなったという話は聞いている。
(ここにある本の殆どは最初からあったってことか)
この部屋と外の家、こんな辺境の地に造った人物が気になってしまう。
果たしてここは何の為に造られたのか。
一先ずそれはおいておき、イオナの父親の研究について調べることにする。
「もしかして……ここでは最初から蘇生魔術が行われていたんですか?」
「わかんない。けど、おとうさん、『これなら近づけられる』って……」
「近づけられる?」
「……もともとここでは直接的な蘇生魔術の研究は行っていなかったが、その研究資料は蘇生魔術に役立ったってことかもな」
もしくは友人と言うのは死霊魔術師の残党がだったのかもしれない。
「いのちのかけざん」
「命の……掛け算?」
「おとうさんがいってた。ここでは『いのちの掛け算』をしてたって」
「それってどういう……アロットくん?」
「…………」
考えられるとしたら生命の合成魔術。
その昔、既存の生物同士を合成させて合成獣を造ろうとした大罪人がいたという話がある。
生命の合成術……命を弄ぶような魔術は当然ながら禁術とされている
(ここでは合成獣を造っていたのか? 命の掛け算……蘇生魔術とはそんなに単純な話か?)
魔術は人の想像力を具現化する力だ。
理由もなく、単なる好奇心により禁術に手を出していてもなんらおかしくはない。
だが、部屋に残った資料の数を見てそれが単なる好奇心による犯行とはアロットには思えなかった。
「アロットくん!」
「ん? ああ、なんだ?」
「なんだ? じゃないですよ。一人で考え込まないでくださいよ。……どうせ私には魔術のことはわかりませんけど」
「あ、ああ……悪い」
禁術のこととなると無闇に話していいはずもなく、アロットは自分の頭の中で思考を完結させようとしていた。
フェリシアには見透かされたのか、目を細めて睨みつけられる。
「ひょっとして、その『命の掛け算』というのがあの赤いスライムに関係するのか?」
「うん」
「その……命の掛け算というのは、アロットさんにはわかるんですか?」
「おそらく、生き物と生き物を合成させる魔術だろう」
「ご、合成……!?」
「例えばそうだな……、身体能力の高い人間を目指して、猫と人間を合体──みたいな?」
「そ、そんなこと出来るんですか?」
「不可能だ。お互いに潰れるか、うまく混じり合っても肉体が拒絶反応を起こして死に至る」
「そんな……」
フェリシアの顔に影が差す。
魔術は万能であり、人々の生活を支えているのは事実だ。
それをこの巡礼の旅の中で見てきたからこそ、魔術が光の存在だと疑っていなかった。
だが、万能であると信じるからこそ愚かにも人は可能性を求めて闇に落ちる。
「もちろん禁術だ」
「そう……でしょうね」
「おおよそ、なくなった命に別の命を吹き込んで蘇生させるという話……か?」
そんな稚拙な考えに至ってしまったことは不思議でならない。
この部屋を見る限りでは相当な研究者だったはずだ。
あるいは、そんなものに縋るほどに追い詰められてしまったのか。
「いのちのかけざん。いきかえらせるのとはべつ」
「そっちは蘇生魔術とは違うのか」
「ううん。ふろうふし」
「ふ、不老不死ですか?」
想定外の言葉にフェリシアが目を丸くする。
アロットも情報量の多さに頭を掻いた。
いったいどれだけこの部屋に秘密を詰め込んだのかと呆れてしまう。
「うん。おとうさんの、おともだち。""おんなのこ""がいた」
「それは、どんな方だったんですか」
「わかんない。あったことないから。でも、びょうき。いってた」
「なんでそれで不老不死なんか」
「わかんない。けど、いおなのおかあさんも、びょうきだったから。おとうさんも、きょうりょくしてた」
似た境遇。イオナの父は病気で妻を失った。その友人は同じように病に蝕まれた少女を抱えていた。
二人は似ている。お互いに協力し合っていたのだ。
病気に対して不老不死の魔術を研究すると言うのは些か疑問に思うところがある。
「ちなみに不老不死の魔術って」
「ないな。それも禁術だ」
「…………ここに来て魔術社会の裏側を見た気がします」
「もっと大人になってから教えることだったんだけどな」
「本当ですか? というか、子供扱いしないでくださいよ」
「いや、十二歳は子供だろ」
むぅ……。と頬を膨らませるが、そう言うところが子供なのだと。
アロットは心の中で思うだけに留めた。
禁術関係のことはフェリシアに教えるつもりはなかった。どうせ魔術は使えないのだから関係のない話だと割り切っていた。
だが、ここまで知ってしまってはもうあやふやにはするべきではないだろう。
「じゅうにさい? ふぇりしあ?」
「え、はい。そうですよ」
「おな……じ?」
「えっ、そうなんですか!」
「えっ……」
「同い年の方にお会いしたのは初めてです!
「あっ、うん……」
喜ぶフェリシアとは対照的に、イオナは少し引いている。
それはそうだ。フェリシアは十二歳ではあるが、その体つきは十七歳程に見える。
逆にイオナは食事もそれほど取っていないのだろう。特に小柄で細い為、フェリシアとの身長差が大きい。
「えっ…………?」
困惑した様子でイオナは自分の身体をペタペタと触る。
そんな主人の様子を見て白い兎は首を傾げた。
ふむ、と。アロットはそんな二人の様子を見てあることを閃いた。
「なら二人で外の空気でも吸いながら話でもしたらどうだ? 同い年同士でな」
「あ、厄介払いですか」
「考えすぎだ。俺の気遣いがわからんか」
「私の知っているアロット君はそんなことしません」
「人は変われるんだよ」
不服そうにしながらもフェリシアはイオナの顔をちらりと見た。
この地下室はイオナにとって暗い思い出しかない場所だ。
あとは一人で調べてしまおうとアロットは考えた。
その考えが一応フェリシアにも伝わったようで……。
「それもそうですね」
と、イオナの手を握った。
「ふぇりしあ?」
「外で話しませんか?」
「え、でも……」
「ここは俺一人で充分だ。むしろ、ここは森の中だからな。一応モンスターが押し寄せてこないかも見張っていて欲しい」
適当に言い訳も交えてみるが、そこでアロットは疑問が増える。
外の家はまるでモンスターに襲われた形跡がなかった。
(それもなにかカラクリがありそうだな)
ここまでくると何もない方がおかしいように思えた。
「イオナさん。私と少しお話しませんか? 私、旅をしているんです。いろんな街を見てきたんですよ」
「たび?」
「はい。騎士はいろんなところを回って旅をしているんです」
「……ちょっと、きになるかも」
ほんの少し、イオナの目が煌めいた気がした。
その顔を見てフェリシアも笑みを浮かべる。
慈母のような笑みがイオナの心を癒しているのがわかる。
「じゃあ、ここは任せましたよ」
「ああ」
「行きましょうイオナさん」
「う、うん」
戸惑いながらもフェリシアに手を引っ張られて二人は地下室を出る。
「さて、と」
首を鳴らし、どこから手をつけようかと見渡す。
「ん?」
足元にロロがいることに気づいた。
何故かはわからないが、つぶらな赤い瞳がアロットのことを見上げていた。
「二人のとこに行かなくてもいいのか?」
アロットが問いを投げると無視をするように部屋の中を走り出す。
ロロについても気になることがあるが、それは後回しにしたい。
邪魔なので出て行ってくれると助かる。と、思っていたが……。
中央の机の上に置かれた一冊の本をロロが前脚で叩いていた。
「…………それを読めってか?」
ロロは全力で首を何度も縦に振った。
本当に何なんだと思いながらも、アロットはその本に目を通すことにした。
日付と日々の記録が書き留められた研究日誌だった。




