第4話 地下室
人が人を殺したのならば、それは法律で裁かれるべきだ。
魔導師としてはその犯罪者を捕える為に動く。
しかし、相手が……モンスターであった場合は『討伐』をしなければならない
「本当に、殺さなければならないんですか?」
イオナに庭を案内されながらフェリシアが後ろから問いを投げてきた。
少なくとも森で見かけた白い女からは敵意を感じなかった。
急に殺すという話が出ても、フェリシアはまだ受け入れられていない。
「それを確かめるんだよ」
「……魔術は何でもアリって言ってましたけど、死者を生き返らせる魔術はそんなにあり得ないんですか?」
「あり得ない。……いや、認めたくないだけかもな」
「どういうことです?」
「人の想像力は無限だが、それはマイナス方向にも働くんだよ。生き物にとって死は絶対で、本能的に避けられないと刻み込まれている。……なんて話もある」
「だから……死を乗り越えることは出来ないということですか?」
死者の蘇生魔術は成功事例が存在しない。
だが、もしも成功してしまっていたら。
「……昔、死霊魔術ってのがあってな。それは死者と言葉を交わすことが出来るという魔術だった」
「そんなことが出来るんですか?」
「いや、確かに声を聞くことは出来たが、それが実際に本人か確かめることは出来ないからな。死んだ人間と言葉を交わしたいと思う人を騙して金を取る。そんなでっちあげた魔術でしかなかった」
「酷い話ですね……」
「それでも死霊魔術師の組織には信徒が山程いた。たとえ嘘の言葉でも救われた人はいるってわけだ」
「そんなこと……」
死霊魔術が本当に死者と会話が出来たという証拠はないが、死者の声ではないという証拠もないのがまた事実だ。
結局、死霊魔術を広めていた組織があまりにもやりすぎた為、魔導師団が摘発せざるを得なかったのが真実だ。
(今ある通信魔術も死霊魔術から着想を得たと言われてるしな)
死霊術は現在は禁術とされているが、そのノウハウは現代魔術に活かされている。
複雑な表情をするフェリシアを見て、アロットはそのことまでは説明しないことにした。
「人は死にたくないから生きるんだよ。当たり前のことだがな」
その絶対の理が覆った時、この世界はどんな風に変わるだろうか。
それはアロットには想像もつかないことだった。
「それにしてもイオナ。ここは父さんが建てたのか?」
「ううん。さいしょから」
「最初から?」
「おとうさんの、おともだち」
イオナの家は周囲は森に囲まれながらも、家の回りは綺麗に開拓されている。
所謂人里離れた隠れ家だが、ここ数年で出来たばかりのものとは思えなかった。
「……ここに来る前はどこに住んでいたんだ」
「""らでぃあめるく""」
「そうか」
アロットの見解では家の建築はグランクレイグの魔術使いのものだと思われる。
その友達とやらがグランクレイグの人間である可能性は高いが、いずれにしてもこんなところに家を建てた理由は何なのか。
その魔術使いも蘇生術を研究していた可能性が高い。
「ここにきてから……ううん、そのまえから。おとうさん、けんきゅうしてた」
「その友達がここに来るように言ったのか」
「たぶん。……でるとき、いそいでた。……わるいこと、してるんだって。おもった……」
禁術に手を出したのなら魔導師団に目をつけられてもおかしくはない。
こうした人の目の届かない場所で研究を続けるたのだ。
だとすれば、その友人も共犯者か……あるいは、蘇生術の知識がある人物か。
そんな話をしているとイオナは庭の隅で足を止めた。
「ここ」
「ここですか? 何もないように見えますが」
「ちょっとまって」
イオナが手をかざすと背の低い雑草に覆われた地面が長方形状に消えていく。
その下には階段と、隠された地下室の扉が見える。
「え? えっ?」
「認識阻害──幻覚魔術か。周囲の景色と同化させて隠す為の魔術だな」
「そ、そういうのもあるんですね?」
いきなり隠し道が現れたことにフェリシアは目を擦り、アロットは腕を組んで思案する。
ただでさえ誰もよりつかないような場所であるというのに、更に幻術でその入口を隠している。
余程見られたくないものがここの先にはあると言っているようなものだ。
「もう引き返すことは出来ないな」
中にあるのは禁術の研究資料だ。
覗いてしまえば引き返すことはできない。
緊張が走る中、白い兎ロロがイオナの胸に飛び込んできた。
ロロを強く抱きしめながら、イオナは小さく呟いた。
「…………いおな、もうどうすればいいかわからない」
「わかった。……あとは何とかする」
この先に禁術に関する書物が眠っているとしたら、それはアロットのような低級魔導師では対処出来ない案件になる。
ここで見たものは少なくとも特等魔導師クラスの魔導師に報告しなければならない。
「もし、ここに本当に人を生き返らせる魔術に関する資料があったら……どうするんですか?」
「出来ればアルヴェイン総師団長に報告したい。……ここで見たものを報告すれば俺は捕まってもおかしくはないだろうな」
「えぇ!?」
「まあ今の俺は特等相当官ではあるから、どういう風に処理されるかはわからないけどな」
随行魔導師は特等相当官ではあるが、それはこの巡礼の旅の間だけの一時的な階級になる。
ヴェルナトでも勝手に遺跡の中に立ち入ることは出来なかったし、恐らくこの地下室への立ち入りも避けるべきだ。
「あろっと。つかまっちゃう?」
「いや、大丈夫だろう。どうせ俺はどれだけ魔導書を読んでも魔術が使えなかった人間だからな」
「その言い訳は通用するんですか?」
「知らん。アルヴェイン総師団長殿に任せる」
「た、旅はどうするんですか!?」
「他の魔導師が引き継ぐんじゃないか? エリオットとか」
「エリオットさんは魔導師じゃないですよね……?」
「そういえばそうだったな。ま、大丈夫だろ」
「何が大丈夫なんですか!?」
うろたえるフェリシアを見て、逆にアロットは少し肩の力が抜けるのを感じた。
目を細めて蒼い瞳が睨みつけてくる。……が、フェリシアは息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
深く息を吸って、吐く。
「なら、私も共犯ですよ」
「フェリシアは魔術を使えないだろ」
「だとしても、調べることは罪になるのでしょう?」
蒼い瞳が真っすぐにアロットを見つめてくる。
「私もイオナを助けたいですから」
「ふぇりしあ……」
泣きそうな顔をした少女の目を見て、騎士は決意を固めた。
「わかったよ。扉を開けてくれるかイオナ」
「うん」
ゆっくりと、禁忌の封じられた扉が開いた。




