第3話 イオナ・メルクェル
家の中に入るとイオナが紅茶を淹れてくれた。
小さなクッキーと一緒にテーブルの上に並べると、二人はありがたくいただくことにする。
フェリシアは躊躇いなくいただこうとするが、アロットはその前に気になることを先に聞いてしまうことにした。
「ここには他の人はいないのか?」
「うん。ろろと、いおなだけ」
「家族はいないのか?」
「かぞく……おとうさん……いた」
「今は一人なのか?」
「ろろ、いるから」
「ああ、悪い。ロロと二人なのか」
「うん」
淡々と質問をしていると脇腹当たりを小突かれる。
隣に座っていたフェリシアが目を細めて睨みつけてきた。
「もう少し気を遣えないんですか?」
「確認しておきたいことはあるだろ。それにこんな小さな子が一人でこんな危ないところに暮らしているなんて信じられない」
「だからってずけずけと聞きすぎじゃないですか?」
「魔導師として危険だと判断したら保護するべきだろ」
小声で言い争いをしながら、フェリシアは不服そうに一度紅茶に口を付ける。
「あ、おいしい」
「くっきーもたべて、おかあさんにおそわったから」
「ありがとうございます。クッキーもとてもおいしいです」
隣でサクサクとクッキーを頬張りながらフェリシアが微笑むと、イオナも少し嬉しそうに笑みを浮かべた。
アロットもゆっくり紅茶に口を付ける。
(街まで降りて買っているのか? 子供が一人で街の外に出ようとすれば流石に魔導師が止めるはずだが)
仮に魔導師が駐在していないヴェルナトの方だとしても、冒険者たちが気に掛けるはず。
クッキーも味に問題はないが、イオナ一人で材料を調達できるとは思えない。
「よかった。それでさいご、おもてなしできた」
「最後ですか?」
「うん。もう、たべものないから」
「え?」
イオナの言葉にフェリシアの手が止まる。
もしかしたら貴重な食料に手を付けてしまった罪悪感からか、一度アロットの方をちらりと見た。
「困ったら俺を見るのやめろ」
「いや、えっとぉ……イオナさんはずっとここにいるんですか?」
「うん。たぶん、ななねんくらい」
「七年程前から? 長いですね、どうしてこちらに」
「それは…………」
急に質問に答えられなくなると、それを見たフェリシアがまたしてもちらりとアロットを見てくる。
先ほども森で見かけた白い女について聞いた時に反応が鈍くなった。
「何か隠しているな?」
「……あろっと。魔導師?」
「そうだ」
「いおな。つかまえにきた?」
「捕まえる? どういうことだ?」
「わるいことしたから。おとうさんも、いおなも……」
人里離れた辺境の地。
隠れて何かしている可能性は十分にあり得たが……。
「それは俺達が見かけた白い髪の女に関係するんだな?」
「うん……」
「ここに来る時、赤いスライムが繁殖している話を聞いたが、それも関係しているのか?」
「それも、うん……」
「なるほどな。どういうことか説明してもらおうか」
「ちょ、ちょっとアロットくん!」
「なんだ?」
フェリシアが急に立ち上がってアロットの話を遮った。
「そんな尋問するような聞き方しなくてもいいじゃないですか!」
「別にそんなつもりはない」
「顔が怖いんですよ!」
「生まれつきだよ」
突然失礼なことを言われてアロットも顔を顰めるが、確かに淡々と質問してしまったのは認めることにした。
なるべく冷静に状況を整理しようと聞いていただけなのだが、感情なく問い詰めているようにしか見えなかった。
軽く頭を掻いて質問の仕方を少し選ぶことにしようとする。
「ここで何をしてた?」
しかし、わかっていても無理だった。
「おかあさん。…………おかあさんを、いきかえらせようとした」
思いもよらぬ答えにアロットとフェリシアは目を見開いた。
今にも泣きそう顔で俯いているのはアロットが怖いからか、それとも罪の重さに耐えかねてなのか。
それがやってはいけないことをイオナは重々承知している。
「生き返らせ……って、それは……」
「死者の蘇らせるのは禁術。もっとも、そんな都合の良い魔術は存在しない。だから、蘇らせようとすること自体が禁忌とされている」
「じゃあ、イオナはその禁術をここで……?」
「うん。おとうさんといっしょに」
禁術に手を伸ばした者の隠れ家。
思っていたよりも重い事案にアロットは肩が重くなる。
重く、声を出してイオナは俯いていた。
「本当か?」
「アロット君?」
「その父親が蘇生させようとしただけなんじゃないか?」
「ほとんど、おとうさんが。でも、いおなも、""きょうはん""だから」
「……そうか」
共犯。父親の犯した罪の重さを理解しているのか、イオナの目には涙が浮かんでいた。
そして、その父親が今はいないということは……。
「母親は生き返ったのか?」
フェリシアの疑問にイオナは首を横に振った。
「あれ、おかあさんだけど……おかあさんじゃない」
「それは、どういう……」
「母親と同じ見た目をしていても、その中身が違うんだろうな」
「っ!? わかるんですか!?」
「俺達が出会った白い髪の女がそうなんだろ?」
アロットの問いに今度は首を縦に振った。
「あれが、おとうさんを……。おかあさんは、あんなことしない……から」
生き返った母親らしき生き物が父親を手に掛けた。
話を聞く限りでは、おそらく蘇生魔術は半分成功したのだろうとアロットは結論付けた。
見た目は完全にイオナの母親として生まれたものの、人格までは再現できなかったということかもしれないと。
(……おかしくないか?)
何故、それで父親は襲われたのか。
別人だろうと人であるなら、人を襲うことなどあるのだろうか。
生まれたばかりの赤子のようなものだとしたら。
【事故があったんです。昔、召喚魔術にてモンスターの召喚を試みた人がいましたが、その召喚したモンスターに襲われて亡くなっているんです】
脳裏に過ったのはマリンダールで聞いた召喚術の話だった。
似ている……ような気がした。
「まさか……」
「アロットくん?」
「イオナ、その蘇生魔術に関する資料は残っているか?」
「う、うん。あるよ」
「そこに案内してくれるか」
「えっ!?」
イオナはこくりと頷くも、フェリシアが隣で驚愕の声を上げた。
「調べることすら禁止されているんですよね?」
「それはそうだが、気になることがある。生き返ったと思われるものはイオナの母親じゃない確証を得たい」
「確証ですか?」
「ああ」
アロットは立ち上がると二人の顔を見た。
「その女を討伐する必要があるかもしれない」




