第1話 白い女
「スライムというモンスターは液状の身体に核を持ち、その核を正確に破壊しなければ倒すことが不可能とされている。ただ核の場所はパッと見じゃわからないから、魔導師は炎系の魔術で丸ごと焼き払うことで対処している。捕食した獣やモンスターの油をため込んでいて燃えやすいのも理由だな」
バルドに教えられた森の中でアロットはスライムについて説明をする。
正確に核を撃ち抜く腕がなければ単純な攻撃魔術では効果が薄い。
同様に、フェリシアの剣ではスライムの討伐は難しいと思われた。
「そうなんですね」
冷たい蒼い瞳が白刃に煌く。
周囲には赤い液体が散らばっており、およそ十体近くの赤いスライムがフェリシアの剣で葬られていた。
アロットは特にすることもなく、ただただその光景に冷や汗を流すことしか出来なかった。
「なんで核を正確に斬れるんだ?」
「直感ですね。そこを斬ればいいという」
「それが出来れば苦労しないんだがな……」
アロットも斬撃を発生させる魔術を習得出来たが、そもそも核の位置を正確に把握しなければならない。
フェリシアはそれを直感で見抜いているという。
(魔力を無効化する力とは違うのか? 相手の弱点を正確に見る目)
アロットの肌をジリジリと焼くようなプレッシャーをフェリシアから感じる。
最初の頃のフェリシアの抜刀状態に似ているが違う感覚。魔力を無効化する力によるものだ。
この力は一体何なのか。アロットは妙な胸騒ぎがしていた。
「それにしても数が多いですね」
「確かに想定していたよりも多いな。こいつらは一体なんなんだ?」
「先生も知らないんですか?」
「スライム自体は見たこともあるが、ここまで赤いのは初めて見る。生息している環境がモンスターに変化をもたらすことはあるが、ここは特におかしい環境でもないからな。こんな特異個体がいるのは少し変だ」
「そういうものですか」
しゃがみ込んで赤いスライムの残骸を確かめる。
まるで血だまりのような粘性の赤い液体は、核を失ったことで今はピクリとも動かない。
(通常のスライムは水の腐った匂いだと言われているが、これはかなり錆──いや、血の匂いに近い気がするな)
モンスターの専門家でもないため憶測に過ぎないが、ここのスライムはそもそもの成り立ちからして違うと予想する。
どれだけ喰いすぎたスライムでもこうはならない。
ましてや一体だけならまだしも、それが確認出来ただけでも十体以上はいる。
「まだいると思うか?」
「いると思いますね。どこまで狩りますか?」
「どうするかな。一体ぐらいはサンプルとして持ち帰った方がいい気もするが……まあ、そこら辺のことは研究者に任せるか」
あくまで自分たちの目的は巡礼の旅である。
バルドに赤いスライムの対処は頼まれたが、それも正式に依頼をされたわけではない。
ローインクレーに戻って報告するだけでいいだろうと結論づける。素人が中途半端に手を出すのもあまりよくない。
「適当なところで切り上げてローインクレーに向かうとするか」
特に何もしてないが背伸びをした。
アロットが手を出す前にフェリシアが倒してしまうので仕方がない。
(それにしても、他にモンスターがいないのはこいつらが全部食べたからか?)
森の奥にまで立ち入るとこの赤いスライムしか現れなくなった。
それもまたおかしな話だ。
「……! アロット君、何か──」
刹那、木の陰に人影が見えた。
先に気づいたのはフェリシアだが、アロットもすぐに気づくとその影を目で追う。
「冒険者か?」
こんなところに来るのは冒険者ぐらいだが、何か様子が……いや、装備がおかしい。
腰まで届く程の長い白髪に、ボロボロになった黒いコートを羽織っている女性と思われる後ろ姿。
その足は裸足で土に汚れているが、首筋や太腿から覗く肌はまるで雪のように白い。
服は黒いコートのみで、その下には何も着ていない。
「あんな格好で何してるんだ?」
「追いますか?」
「……そうだな、追いかけよう。ただ迷い込んだとは考えにくいが、一般人が立ち入るべき場所でもない」
何か違和感を抱きながらアロットとフェリシアは白い女の後を追いかける。
その瞬間、白い女が振り返った。
赤い、血のように真っ赤な瞳がアロットを捉えると……まるで子供のような無邪気な顔で笑った。
思わず二人は呆気に取られ気が抜けてしまう。
「なんだ……?」
「なんでしょう。楽しそうに見えますけど」
違和感はあるが、敵意は感じない。
再び白い女は軽快に森の中をスキップしていく。
大人びた容姿とは裏腹に服装も行動も子供っぽさを感じる。
「……こういうの付いて行くから迷子になるんじゃないか?」
「やめておきますか?」
「いや、一般人を放っておけないしなぁ……一般人かは疑わしいが」
「人の姿に擬態するモンスターなどはいますか?」
「人に似たモンスターは存在するが、あそこまで人間っぽいのは聞いたことがないな。精々ゴブリンとかハーピィぐらいだ」
「モンスターの可能性は薄いんですね」
説明を受けてなお、フェリシアは剣を抜いたまま握りしめていた。
警戒するのは当たり前だが、蒼い瞳も未だ冷たい光を放ち思考を冷たくさせている。
目の前の白い女を警戒しすぎているように見えるが、アロットは代わりに周囲に気を配ることにする。
「何か、招かれているような気がします」
「確かにな」
まるで道案内をするかのように、白い女はチラチラとこちらを伺いながら森の奥へと進んでいく。
二人は警戒して距離を保ちながらついて行った。




