プロローグ
ラディアメルクから西に位置するのは──冒険者の街フーゴ―。
この街は魔導師が常駐しておらず、冒険者達だけで街の治安を維持している。
冒険者達の多くは魔導師を毛嫌いしている為、冒険者たちから向けられる随行魔導師への眼は冷めたものではあった。
「ぐわあああああああ!!!!」
大声を上げてひっくり返る大男を見てアロットは片手に持っていた木のコップに口を付けた。
酒ではなく見た目は単なるブドウのジュースのようだが、かなり酸味が効いていて目が覚める味をしていた。
甘さは殆どなくあっさりとした後に引かない味わいで酸味に慣れると飲みやすい。
「まだやるのか?」
冒険者達の集まる酒場。
そこでアロットは冒険者達と腕相撲をしていた。
もちろん、アロットは腕相撲というものを知らなかった。おそらくこの魔術社会で知っている者の方が少ない。
しかし、ルールを理解すると後は一方的な虐殺が始まっていた。
「くそが! なんで魔導師のくせにこんなに強ぇんだ!?」
「どんな魔術を使ってんだ!? こっちは三人で強化魔術を付与してんだぞ!?」
「おい、今なんて言った?」
堂々とズルをしていたこと自ら口にしているが、そんなことはどうでもよさそうに騒ぎ立てる。
フーゴ―はアロットも来るのが初めてだ。
巡礼の旅は各地を回って人助けをするのが目的だが、この街は魔導師の管轄から外れている。
全く繋がりがないわけではない。魔導師団との取り決めでこの街はそういう場所になっている。世間からはずれたアウトローの流れ着く街として。
(ここでやることは正直ないな)
この街にはこの街のルールがある。
騎士と魔導師が下手に介入することはあまりよくはない。
この街の厄介事のほとんどは『依頼』として冒険者の収入源でもある。
特に金に困っているわけでもない奴らが奪って揉め事になるのは御免だ。
「お前! 何か魔術使ってんだろ!」
「使ってないな」
「あ、ありえないだろ!」
「むしろ使ってないからこれなんだよ」
「意味分かんねーよ!!」
常日頃から拘束魔術を掛けて自身を鍛えているアロットの場合、逆に何も魔術を掛けていない状態の方が単純なパワーが出ている。
そんなことは説明するのも面倒なので、アロットは黙って勝負を続けていた。
(それにしても、強化魔術を使えるんだな)
魔導師団では無意味とされる魔術だが、さっきの口ぶりからするに冒険者達の中には使える者がそれなりに居る。
この街はラディアメルクとはまた別の自由の道を歩んでいるように思えた。
「それで、フェリシアは何してるんだ?」
と、ここにいない騎士の行方を探す。
その瞬間、酒場の扉が開かれフェリシアが帰ってくる。
その背後には死屍累々……いや、死んではいないが、痛みに悶えて蹲る男達の姿がざっと十はあった。
「お疲れ様」
「アロット君ももう終わりですか?」
「ああ、もういいだろうな」
フェリシアの方も冒険者達に勝負を挑まれていたが、よりによって剣での勝負ということもあり誰もフェリシアの足元に及ばなかった。
最初は戸惑いながら相手していたフェリシアだが、手を抜くのが失礼に値するとわかると抜刀状態で思考を冷たくしていた。
「まさか剣で私に挑むとは思いませんでした」
「言うようになったな。いや、それはそうなんだがな」
「ち、違いますよ! だってこれまでの旅の中で魔術を使うのが当然だと思っていたので」
「そうなんだがな。どうもここらへんの人間は身体を動かすのが好きなようだ」
「そういう話なんですか?」
魔導師団総師団長のユリウスでさえ本気で怒ると拳が出る。
ならば魔術以外の戦い方を見つけるのは不思議な話でもない。
(肉体で戦うのは魔術よりも効率は悪いが、効率なんかを気にして生きてるような奴らじゃないしな)
その日に出来た傷の話で酒を飲む。
イルミーナから聞いた冒険者像を目の前の荒くれ者ども達から感じる。
アロットに負けて悔しいのか腕立て伏せをしている男もいる。あんなトレーニングは魔導師であればまずやらない。
自分の知らない世界が広がっているようで、アロットは改めて世間の知らなさを体感した。
「よお、お前さんがアロット・クランツだな」
酒場を見渡していると銀髪の男が声を掛けてきた。
大柄でボサボサとした銀の髪に、伸ばしっぱなしの白い髭を生やした獣のような男だが、見かけによらず喋り方は他の冒険者よりも落ち着いている。
「そうだが、あんたは?」
「バルドだ、バルド・ラザロック。そっちが騎士サマだな」
「フェリシア・ブレイクハートです。始めましてバルドさん」
「いい顔をしてるなあ。こりゃ馬鹿どもが束になっても敵わないわけだ」
バルドはじっくりとフェリシアの顔を見て笑みを浮かべる。
他の冒険者とは異なる風格に、ここら辺の冒険者の頭領のような立場だとアロットは察する。
「ガレルから話は聞いている。ローインクレーの狩場を解放してくれたんだろ?」
「そうだな」
白き異形が出現した時、ローインクレーの冒険者達の狩場は魔導師によって封されていた。
アロット達が白き異形を倒したことにより制限は解除されたので、解放したということには間違いない。
「それで? 何か俺達に用があるのか?」
「まあな。あんたは随分と気が利くようだから、俺がちょっと話しようと思ってな」
「アロット君が……気が利く……?」
「そこは疑問にもつな」
フェリシアは本気で驚愕した顔をしている。
ラディアメルクでの一件以来だいぶ信用を失っていた。
気が利く。というのは皮肉だ。冒険者たちの仕事を魔導師が奪うわけにはいかない。それをわかっているかのようなアロットの振る舞いに追い打ちを掛けに来たとわかる。
「俺達は明日には発つ。世話になったな」
「まあ待て、そういうことじゃない」
「なに?」
すぐに帰れという話かと思ったが違うらしい。
バルドはアロットの向かいに腰を下ろす。忠告をしに来たわけではないようで、アロットもフェリシアに座るように促した。
「酒でも入れるか?」
「アロット君」
「わかってるよ。俺は飲まない」
睨みつけるような視線に手を上げて降伏の構えをとる。
その姿を見てバルドは豪快に笑った。
「はっはっはっ!! 随行魔導師ってのは騎士の言いなりって聞いちゃいるが、そんなとこまでか?」
「前にちょっとやらかしてな」
「噂通り騎士サマってのは真面目だなぁ」
くつくつと喉を鳴らすと、バルドはにやけ面のまま本題に入る。
「魔導師サマよ、これからローインクレーに向かうんだろ?」
「そうだが?」
「なら大森林の西側を通り抜けてくんねぇかなぁ」
「西側? 森の中を歩けって言うのか?」
「ああ、街道は冒険者達が商団を護送中でな。これがまたすんごい大所帯だ。その分報酬はうまいが、時間も人も掛けた大仕事よ」
「なるほど」
「そこに騎士サマ一行が横切るのはちょっと問題なんだよな」
眉を曲げて申し訳なさそうな顔を……してはいないが、含みのある言い方のバルドの顔を見てアロットは頭の中を整理した。
「所謂、名を売るチャンスなんだろ。そこに俺らが通ったタイミングでモンスターに襲われたら、俺らが助けてしまうもんな」
「わかってくれたらありがたい。悪いが急ぐなら森の中を通って欲しい」
「ああ、それで構わない」
「ありがとよ。礼と言っちゃなんだが、今日の宿はこっちで用意しておいてやるよ。とびっきりいいベッドがある部屋をな」
「……そうか」
それは何か誤解をしていそうだが、アロットはツッコむことなくスルーした。
「ああそうだ、あんまり森の深いところに行くなよ? このところ妙な赤いスライムが出るんだそうだ。
「赤いスライム? ああ、わかった。」
「じゃあ頼んだぜ」
話を済ませたバルドは席を外すとそのまま外の冒険者たちの方へ向かった。
その後ろ姿をフェリシアはぱちくりと瞬きして見送った。
「行っちゃいましたね。護衛の仕事なら人は多い方がいいと思いますが、あの方たちのやり方があるんでしょうね」
「いや、それは多分」
嘘だ。
バルドはその赤いスライムとやらの調査を俺達にして欲しいのだろう。
(まあ、調査と言うよりは処理か)
ここに帰ってきて報告して欲しいわけでもない。
冒険者のメンツを考えてあんな回りくどい言い方をしていた。
「多分? なんですか?」
フェリシアが首を傾げた。
この場で説明するとバルドの気遣いが周りにバレる気がしたので、フェリシアには後で説明することにする。
「なんでもない。それより、今日は一緒に寝るか?」
「へぇ!? 寝ませんよ! 子供扱いしないでください!!」
「ふっ、冗談────」
刹那、アロットの首筋に冷やりとした感覚。
久しく忘れていた冷たい殺気がアロットを見上げていた。
「……アロット君には本気を出してもいいですよね?」
「フェリシア……さん?」
「表に出てください。この巡礼の旅は騎士の力を示すためでもありますから」
「それは──」
「早くしてください」
冷たい蒼い瞳は標的を逃がさない。
この日一番の盛り上がりを見せる試合(というには一方的だが)は、空が赤く染まるまで繰り広げられた。




