第21話 旅立ち
ミーアと別れた後、ラディアメルクの旅立ちの前に街の人々に軽く挨拶をして回っていた。
殆どフェリシア一人で対応してしまい、アロットは後ろから眺めているだけだった。
「フェリシア様! 巡礼の旅を終えたらまた来てください!」
「応援しています! 無事に旅を終えられることを願っています!」
「騎士様ー! 街を救ってくれてありがとー!」
様々な声が投げかけられる中、フェリシアは笑顔で手を振って返していた。
歩いていると若い魔導師がいたので声を掛けて呼び止める。
「本当は私も復旧作業を手伝いたいんですけど、魔術が使えないのでお邪魔になるのではないかと……」
「気持ちだけでうれしいですよ! 大したことはないし、あとは私達でなんとかしますから!」
「はい。でも、無理はしないでくださいね」
「っ……! はいっ!」
フェリシアの微笑みに魔導師の顔が赤くなる。
そういえばグランクレイグでもこんな光景を見た気がするな。と、アロットは思い返すように空を見た。
「無理をしてはいけませんからね。……誰かさんみたいに」
「は、はい……?」
ちくり。と、不意にアロットに釘が刺さった。
若い魔導師は誰のことかと首を傾げている。
その反応からどうやってモンスターを討伐したのかという詳細は知られていないようだ。
「ところで、もう出発なされるんですか?」
「そうですね。もう少しゆっくりしたいとは思うのですが……それは旅が終わったらにしようと思います」
「フェリシア様……」
何故か若い魔導師は泣きそうになっていた。
巡礼の旅から生還した騎士はいない。その呪いを終わらせるという決意のこもった蒼い瞳が、魔導師の胸の奥に突き刺さった。
──と、アロットにはそんなことはどうでもよかった。
「悪いがマルタを見てないか?」
「え、あっ、マルタさんなら海の警備に当たっています。またあのモンスターが出たときに対応できるのはマルタさんくらいなので」
「大丈夫なのか……?」
マルタも実力は確かなのだがどうしてもやられた場面しか見てないので不安になる。
「大丈夫ですよ! あの人の光の剣はすごいんですから! それにヴェルナトからも高位の魔導師を呼び戻している所ですから」
「そうか。ならもう安全だな」
今度はアロットがフェリシアの方を横目で見て釘を刺した。
フェリシアはまだこの街を心配している。そう思って強調するようにわざとらしく言い切ってみせた。
だが、フェリシアは笑って見せた。
「はいっ! 私も自分のやるべきことをしなくてはなりませんね!」
「そう、だな」
「アロットくん?」
しまった。と、アロットは頭を押さえた。
またしてもフェリシアを子供扱いしていた。成長していないのは自分だと自覚したばかりなのに。
思わず、一つため息を吐いた。
「……いや、暑いなって」
「そうですか?」
「なんか、来た時よりも日差しが強くなってないか?」
別に話を逸らそうとしているわけではない。
実際にアロットは太陽の光が少し強く感じていた。
(そういえば、リヴァイアサンが現れたときは曇っていたな)
なにか天候に影響を与えていたのか。
その大元がいなくなったから、余計に日が差しているのか。
「気のせいだと思いますよ?」
「そうかもな」
その時だった。
「ちょっと待ったーー!!」
遠くの方から呼び止める大声が聞こえて二人は振り返った。
うなじの後ろで結った尻尾のような金の髪を揺らしながら、短く改造したスカートを靡かせ走ってくるマルタの姿がそこにあった。
「マルタさん。お疲れ様です」
「フェリシア様! 何も言わずに行くなんてひどいですよ!」
「それは──」
「裸を見せ合った仲じゃないですか!」
「マルタさん!?」
とんでもないことを大声で言われたフェリシアが顔を真っ赤にした。
アロットは静かに一歩後ずさりし、そのさらに遠くへ若い魔導師は逃げていた。
「水着は裸じゃないだろ」
「いえ、その……き、着替える時に……」
「あっ」
余計なことを言ってしまったとアロットは真顔で後悔した。
恥ずかしそうに身を捩らせるフェリシアを見て罪悪感が芽生えた。
とにかく話題を逸らすことにする。
「そんなことより、マルタ」
「え、なに?」
隣から「そんなこと……?」という声が聞こえたが、今は気にしないことにした。
「俺が死にかけた時、あんたが真っ先に来てくれたのが見えた。ありがとう、助かったよ」
「へぇ!? な、なによ急に……、アンタそんなこと言うキャラだっけ?」
「俺を何だと思ってるんだ?」
「「唐変木」」
「なんで同時に同じこと言った?」
そもそもフェリシアが何故そんな言葉を知っているのか疑問だった。
マルタに教えられたのだろうか、その二人が同じことを言うことに何か裏を感じてしまう。
「まあ、でも助けたって言っても私は何もしてないわよ。辺りの雑魚を一掃しただけ」
「それでも助かった」
「……やめてよ。治癒魔術が使えないから泣くことしかできなかったんだから」
「また泣いたのか」
「っ──!!! だ、か、ら! そういうところなのよ!!」
「え、ああ、悪い……」
顔を真っ赤にして怒るマルタに思わずたじろいだ。
何かフォローをしようと言葉を探す。
「まあ……けど、白き異形であれだけの傷を負ったのにモンスターに立ち向かえるのは凄いと思うぞ」
「何? 本当に何なの?」
「いや、モンスターと対峙して怖くなって魔導師を辞める奴も少なくないからな」
「アロット君が言うんですかそれ?」
冷めた声でフェリシアにツッコミを入れられるが、目を逸らしてスルーした。
どれだけ訓練を積んでも、実際に命のやり取りに遭遇すると躊躇いが生まれる。
取り返しのつかない事態を招く可能性が可視化されると、足が竦んで動けなくなる者もいる。
マルタは白き異形との戦いで自身の死を錯覚したにも関わらず、今もこうして立派に魔導師を続けられているのはそれだけでも讃えるべきことだ。
「怖くないわけじゃないわよ。それでも、アタシはその恐怖に負けたくないから」
拳を握るしめマルタは静かに言う。
負けず嫌い。その性格がマルタを紅赫伯の階級まで成長させた。
「それにアタシは騎士に憧れてるんだもの。困難に立ち向かう姿にね」
マルタの金の瞳がフェリシアの蒼い瞳を見つめた。
「フェリシア様。絶対に巡礼の旅を成功させてください。アタシに出来ることなら何でもしますから」
「はい!」
「アロットもフェリシア様をちゃんと支えなさいよ!」
「わかってる」
「本当にわかってるんですか?」
「本人からそう言われると自信がなくなるんだが?」
「そんなんじゃダメでしょ! しっかりしなさいよ!」
「わかってたよ。わかってるよ」
「ならいいのよ」
本当に口裏を合わせていたのではないかと、そう疑ってしまうほど息ぴったりなフェリシアとマルタに責められて頭を抱える。
マルタは言いたいことを言うと手を振って立ち去って行く。
休憩中なのか、街中の大時計をみると時間は正午過ぎを指していた。
「最後に何か食べてから行くか」
「あ、いいですね」
フェリシアは楽しそうに笑って、誂うように指を立てた。
「でも、『最後』ではないですからね?」
「わかってるよ」
必ず生きて二人で旅を終える。
その約束を果たす為に……。
「フェリシア」
「はい?」
「……旅が終わったら、二人でまた海を見に来よう」
少し照れくさそうにアロットは呟いた。
潮風にかき消されそうな程小さな声だったが、フェリシアは聞き逃さなかった。
「約束ですよっ」
雲一つない空の下、とびっきりの笑顔が咲いた。




