第20話 ミーア・メイヴ
空には澄み渡った青が広がり、憎らしいほどに晴天だった。
クウィンとミーアと話を終えた二人は外に出て背伸びをした。
「なんだか、どっと疲れましたね」
「そうだな……」
困ったように笑うフェリシアの隣で、アロットも首の骨を鳴らして肩を回した。
人がモンスターになる可能性。
そんな突拍子もない話を誰も信じられなかった。
勿論、アロットも信じられずにいるが、それはそれとしてリヴァイアサンと自分たちに何か繋がりがあるのではと疑っていた。
「大丈夫かフェリシア」
「え、はい」
「あくまで可能性の話だし、正直俺は流石にないと思ってる。いや、言い出したのは俺だが……」
「私は……大丈夫です」
そうは言ってもその顔には影が差していた。
やはり元々が人間だったモノを斬った可能性が過ったのだろう。
アロット達が否定しても可能性の一つとして浮かび上がってしまったのが効いている。
それでも、フェリシアは深く息を吐いて冷静になる。
「ミーアさんは、大丈夫でしょうか。お姉さんの魔術を……奪われたんですよね?」
「そうだな。けど、ああ見えて俺達よりも長く魔導師にいるんだ。俺達なんかが心配するのは逆に失礼だろ」
「そういうものですか」
とはいえミーアは責任を重く感じていた。
それはアロットも少し心配になってしまう。
「そういうものですよ」
「わあっ!?」
背後からそのミーアの声が聞こえたフェリシアの肩が跳ねた。
ミーアはクウィンとの話の続きがあったので中に残っていたのだが、その話も思いのほか早く終わった。
「覚悟はしていましたから。生きるか死ぬかの話を抜きに、あの調査船は最初からこの街に帰ってくることを考えてませんでしたからね」
「未知を追い求める性か。それがラディアメルクの民の特徴とは言うが、聞いていたよりも聞き分けがいいように思えるがな」
「この街は力の弱い者の集まる場所ですからね。真っ当に真っ直ぐに進むよりも、何とかして近道や回り道を見つけようとするんです」
魔術の補助をするための触媒を使う人間は、ラディアメルク周辺地域では多く見られる。
魔術学院で触媒の使用方法や製造方法に力を入れて教えているのはこの街だけだ。
「普通は危険だとわかれば撤退しますよ。でも、たまにそんな恐れさえも捨て去ったような異才が極稀に生まれる。それがラディアメルクなんですよね」
「ヴェーラやウィル殿のような……か」
「あの二人は特にそうでしたね。あの船はウィル様が居るから何とかなると思ってた人も多かったです。だからこそ、失敗に終わったのが人々を恐れさせたんです」
「だとしたら、今回の一件もトラウマものなんじゃないか?」
街の中まで侵入したのは召喚魔術のものとはいえモンスターの群れだ。
クウィンは街そのものの被害は少なかったと言っていたが、それでも壊れた家屋の修復作業をしている声が聞こえてくる。
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
「どういうことですか?」
フェリシアが聞き返すと、ミーアはその顔を見て微笑んだ。
「騎士の活躍をこの目で見ることが出来ましたから」
「私、ですか?」
「はい。騎士は私達にとって希望でもありますから。例え魔力がなくても……随行魔導師の支えによって強敵に立ち向かうその姿は、きっと街の人に勇気を与えてくれました」
「そう、ですか?」
「もちろん、フェリシア様が少し変わっていることは聞きました。魔術を跳ね除ける力、けれど、それは殆どの人は知りませんから」
「それはなんだか騙しているような気もしますが……」
「いいんだよ別に」
納得しきれないフェリシアの頭をアロットが乱暴に撫でた。
「な、何するんですか!?」
「難しいことは考えなくていい。フェリシア・ブレイクハートという存在が街を救った。それでいいんだよ」
「そ、そういうものですか?」
「フェリシアのおかげで皆は頑張れてるんだろ。変に水を差すのは野暮ってものだ」
「わ、わかりましたよ! だから頭を撫でるのはやめてください!」
フェリシアが普通と違うというのは、言わなくても全員理解している。
そして、街を救うために全力を尽くしたことも理解している。
「そうだミーア、ついでに騎士がモンスターを倒す瞬間に随行魔導師が気を失っていたことも黙っていてくれないか」
「いえ、それは広めましょう。アロットくんの愚かさを反面教師にすべきです」
「そこは容赦ないな……」
一転して目を細めて睨みつけられて思わず肩を落とした。
「わかりました。あの時のアロットさんの素敵なお言葉を後世に伝える為に尽力します」
「それはやめろ」
「いただきました」
「……本当になんなんだ」
これ以上ミーアの性癖に付き合うのはフェリシアの教育によろしくない気がした。
アロットの言葉が強くなる度に目を閉じて浸るような顔をしている。
「ミーアさんは監視塔に戻るんですか?」
「はい。クウィン様に命じられた以上従うしかありません」
「なんか嫌そうだな」
「嫌というわけでないです。ただ、辞めるなら部下を育ててからにしろと言われてしまいました」
「ミーア並みに通信魔術を使える魔導師がいないんだな」
「はい。私も姉さんも自分のことしか考えていませんでしたから」
その口ぶりからしてミーアの姉は自分から調査船に志願したのだろう。
死を覚悟した者とそれを見送った者。
通信魔術は人と人との相性が大事だと言われている。
全てを理解したうえで見送っているのだ。
ならばミーアのことは心配しなくてもよいだろう。
「海の果てですか」
「いえ、姉さんの場合は愛ですね」
「あ、愛!? せ、先生!?」
「教えてモードやめろ。俺にはわからん」
予想外の言葉にフェリシアは声を上げ、チラチラとアロットの顔を伺ってくる。
なんとなくウィルのことなのだろうと想像はついたが、確証はないので黙ることにした。
「それはさておき。この街の魔導師もクウィン様が来てから日々強くなってきています。私も魔導師として足を引っ張らないようにやりたくないことも引き受けなければならないのです」
「やっぱり嫌なんじゃないか」
「人に教えるのは苦手なので……」
「まあ、それはわかる」
アロットもフェリシアの教育係をしていたので、人に何かを教えるのが難しい気持ちがわかる気がした。
今まで感覚でやっていたものを言語化する難しさを共感し合っていた。
「それでも、やらなければならないですね。この街を守るためにも」
静かに、いつも通りの眠そうな顔だが、その目には確かに光が籠っていた。
「フェリシア様。改めて仇を討ってくれてありがとうございます」
微笑みながらフェリシアに改めて礼を言う。
もうフェリシアもミーアのことを心配するようなことはしなかった。
蒼い瞳は力のこもった光を放ち、胸に手を当て敬礼した。




