第19話 声
「まずはアロット様。ありがとうございました」
ミーアが改まって頭を下げてくる。
「街が守られたのは俺だけの力じゃないだろ」
「いえ、そこではなく。アロット様に『黙れ』と言われてドキドキしました」
「ああ、そう……」
そういえばこういう人だった。と、アロットは頭を押さえた。
あの時はアロットも死にかけていた状況で、なりふり構っていられなかった。
こちらとしては上官に対してあんな言葉を言ってしまったので、謝るべきなのではないかと思っているが。
ミーア本人が気にしていないのならそれでいいのだろう。
「お話と言うのはまさにその時のことなんです。私もリヴァイアサンの声を聞きました」
「その時ミーアは監視塔にいたんだろ?」
「はい。監視塔から浜辺までは距離がありますが、それでもはっきりと聞こえました」
「ミーアだけではない。住民に聞き込みをしたところ、全ての人間が同じように声を聴いているという話だ」
「全員が?」
召喚魔術と同様、魔術の規模が異常だ。
なんの為の通信魔術なのか。
水の中で生きていたからこそ言葉以外の交信手段を手に入れたとして、それは誰と交信するためか。
「え、聞こえなかったのは私だけですか?」
「フェリシアはまあ」
「え、なんで納得してるんですか? 理由がわかるなら教えてくださいよ」
「魔術の無効化だろ」
「あ……」
目を丸くするフェリシアに呆れてしまう。
「魔術の無効化か。私もフェリシア様から聞いたが、何とも不便な身体だな」
「問題ありません。力をコントロールすれば無効に出来るものをなんとなく選ぶ……ようなことは出来るみたいですから」
「その場合の飲み水ってどうなってるんでしょうね。フェリシア様の身体の中で消えてたりするんでしょうか」
「そんなことより、だ」
わざとらしく話題を逸らした。
そんな気はないだろうが、まるで実験動物のような目でフェリシアを見ているような気がしていい気分ではなかった。
「フェリシア以外の全員があの声を聞いていると考えて間違いないんだな? そもそも魔力がないフェリシアは通信魔術を受け取ることが出来ないと思うが」
「え、そんなことないですよ? ミーアさんの通信は聞こえてましたし」
「なんだって?」
「流石に私側からそれに応えることは出来ませんけど」
意外な事実にアロットは目を丸くした。
魔力がなくても通信魔術は繋がる。
フェリシアからそれに応えることは出来なくても、聞くだけなら何とかなるということだ。
恐らくこれはミーア並の手練れの通信術士だからこそなのだろう。
アロットも通信魔術の心得がなくともミーアとの通信は可能だった。
「けれど、確かに皆様がリヴァイアサンの声を聞いた時は、私は魔術を無効化出来る状態にあったと思います」
「…………そうか」
アロットはそこでもう一人の魔力を持たぬ者イルミーナも気になった。
リヴァイアサンの声はイルミーナにも聞こえていたのだろうか。聞こえてないとしたらフェリシアの体質が原因ではないと言える。
気になりはするが、そもそもイルミーナが魔力を持たないという証拠もない。
そこまで急いで確認する必要はないだろう。また会った時にでも聞いてみようとアロットは思うだけに留めた。
「おそらく、ここから先はアロット様はまだ聞いていない話だと思いますが、あの通信魔術は私の姉のものだと思われます」
「なん……どういうことだ?」
「通信魔術だけではない。あの斬撃はウィル殿の魔術でもある」
「そんな馬鹿なことが──」
反論をしようとした言葉が止まる。
そもそも召喚魔術もラディアメルクの魔導師が得意とするものだ。
高度な三種類の魔術を同時に使うことが出来るモンスターは、一体どうやってそれらを習得したのか。
「どうやって……?」
想像はつくはずだ。
その答えからわざとらしく目を逸らしている。
ミーアとクウィンがアロットのことを見ていた。
「…………まさか」
「私達も同じ答えだ。恐らくリヴァイアサンは二年前の調査船を襲った」
「その船に乗っていた魔導師の魔術を模倣したと? 悪い冗談ですね」
「だが、他人の魔術を模倣する前例がある」
「俺、ですか……」
認めたくはないがアロットも他人の魔術を模倣できる。
リヴァイアサンにも似たような特性があると考えられる。
「模倣……か?」
違和感がある。
アロットはある程度魔術を理解した上で、自分なりに使いこなす『模倣』だ。
だが、リヴァイアサンはまるでそっくりそのまま自分の魔術として使っているように思えた。
「取り込んだ。と、言うべきだろうな」
「二年前、姉さんの最後の通信で『なにかいる』と言っていたその『なにか』である可能性が高いです」
「だとしたら、やっぱり……」
フェリシアが気まずそうに声を漏らした。
それが事実だとしたら、やはり二年前の船の生き残りはいないと言える。
わかっていたことだが、フェリシアは改めて現実を思い知らされた。
「もしそうだとしたら、フェリシア様は仇を討ってくれたことになりますね。ありがとうございます」
「い、いえ、私は……」
「しかし、もしリヴァイアサンがそうして力を蓄えていたのなら、やはり責任は私にあるはずです」
「え?」
「私はあの日からずっと、海に向けて通信魔術を試みていましたから」
ミーアがクウィンを見上げた。
気だるそうにしている眼なのは変わらないが、ミーアの深い青の瞳はまっすぐに彼女を見つめていた。
「奴を呼び寄せたと言いたいのか?」
「はい。あくまで可能性ですが」
「組織の長に、確証もないのに罪を擦り付けて罰を与えろというのか? できるわけがないだろう」
「ですが──」
「くどい。これ以上の話はなしだ」
「……わかりました」
クウィンははっきりと拒否して見せると、ミーアもそれ以上は何も言わなかった。
今回の事態をどう判断するかはラディアメルクの魔導師に任せるとして、アロットはリヴァイアサンの召喚魔術が気になっていた。
「一つ確認したいんですけど、その船にモンスターを召喚できる魔導師はいましたか?」
「いいや、モンスターを召喚できる魔導師はいない。なぜなら──」
「事故があったんです。昔、召喚魔術にてモンスターの召喚を試みた人がいましたが、その召喚したモンスターに襲われて亡くなっているんです」
「そんなバカな」
召喚魔術と言われているが、その実態は水や炎で生き物の姿を模っているだけの魔術でしかない。
いくらモンスターが本能的に人を襲うとしても、召喚されたモンスターのような別物に意志も生命も宿らない。
「あくまで古い本にそういう記録が残っていたという話です。実際に見たものはいませんけれど」
「私もラディアメルクに来てから初めて聞いた話だ。その古い本とやらも私が来たときにはなくなっていた」
「ヴェーラが言っていたやつか……」
ヴェーラが小さい頃に読んでいた古い本が図書館からなくなっていた。という話はヴェルナトで聞いている。
(もしかして本当にヤバい本なんじゃないだろうな?)
仮にそれが同一のものだとしたら召喚魔術の危険性が書かれている本が、子供の手の届くところに置いてあったことになる。
そして更に、それを紛失しているという杜撰な管理体制に冷や汗が流れた。
「ラディアメルクの魔術学院では召喚魔術は教えられるが、誰一人としてモンスターの召喚を行う者はいない」
「だといいんすけどね」
好奇心に唆されて試す者はいそうなものだが、そこはクウィンの管轄なのでとやかく言わないことにした。
実際、二年前の海の探索を真似た話は出てこないところを考えると、意外とそのあたりの良識は持ち得ていると見える。
「それでもモンスターの召喚魔術をリヴァイアサンが使いこなしていたのは、同じモンスターだからということになるんでしょうか?」
「その可能性が高いと思われます」
確かにフェリシアの言う通りかもしれないが、アロットの頭の中には『声』が引っかかっていた。
復讐──あの時聞こえたのは言葉は強い憎悪が込められているようだった。
魔術は感情によって強くなる。それは攻撃魔術を覚える時に教えられる常識であり、魔術を使う者ならば必然的にわかるようになる常識だった。
影の群れの規模を考えると、その憎悪は人間そのものに対するものかもしれない。
「それにしても影か……」
ヴェルナトの地下遺跡で見つけた石像にも『影』という名前のものがあった。
強大な未知のモンスターと何か関係があるのかもしれない。
(だが、あの石像は人の姿を──)
アロットはハッとした。
突拍子もない話だが、とある可能性が浮かび上がる。
中央の棺に刻まれていた『転生』という言葉が、アロットに一つの可能性を浮かび上がらせた。
「……何か思いついたようだな。アロット」
「え、いや……」
クウィンに呼ばれて心臓が深く沈んだ。
だが、それをこの場で言うのは気が引ける。
もし仮にそうだとしたらリヴァイアサンは海に旅出た者の成れの果てかもしれないし、それを斬ったフェリシアのことを考えても言葉には出せなかった。
だが、クウィン・リースがそれを許さなかった。
「言いたいことがあるなら言え」
「っ……こんなの、ただの俺の妄想に過ぎませんよ。あり得ないことだ」
「言え。既にあり得ないことは起きている。あり得ないほどにな」
それはそうだとアロットも頭を掻いた。
「……わかりましたよ」
ため息を吐いて、アロットは観念したように話し始める。
転生──人が、モンスターになる可能性の話を。




