第18話 リヴァイアサン
フェリシアに監視されながら傷を治すことに専念しつつも、頭の中では黒い巨人について考えていた。
歩けるぐらいに回復すると、アロットはクウィンのもとへと向かった。
「傷はもう大丈夫なのかアロット」
「ええ。正直、やられた時は死んだと思いましたけど」
「マルタから聞いている。貴様はかなりハイレベルな治癒魔術を使えるようだな」
「そうみたいですね。……俺も正直よくわかってないですが」
もはや自分がどうやって治癒を使っているのかわからなくなってきていた。
元々感覚で運用していたのだから当たり前かもしれない。
「死んだと思いましたけどね。ここまでの治癒魔術は使えなかったはずなんで」
「危機的状況に陥ると一時的に魔力が上昇する現象もなくはない。もしかしたらそれなのかもしれないな」
「普段は使われてない潜在的な力ってやつですか」
あの時はエリオットの強化魔術を使っていた。
潜在能力が解放されて魔術が強化されたというのならそうかもしれない。
(なんだかんだ実用的だな、あの魔術)
巡礼の騎士の為の身体強化魔術という話だが、潜在能力の解放を主としているなら魔術使いにも効果はあるのだろう。
だが、一つ気になることがあるとしたら───あの時のアロットは治癒魔術を使った覚えがないことだ。
「意識が途切れる直前、マルタの光の剣を見ましたけど……俺はどんな状態でした?」
「どんな? マルタが言うには大量の出血をしていたようだったと言っていたが」
「ようだった?」
「砂浜には大量の血痕らしき跡が残っていたが、既に傷は塞がりかけていて血も止まっていたそうだ」
「なんですって? ……血痕らしき跡?」
「雨が降っていたからな。昼間なのにかなり暗いのもあった。マルタの見た限りだとあの出血量で生きているとは思えないので見間違いかもしれないと」
「そう……っすか」
そんな短時間で塞がる傷ではなかったはずだ。
治癒魔術を使ったとしても、アロットではそんなに高度な治癒は行えない。
ヴェーラ並みの治癒でないと治るはずがない。
無意識のうちに治していたとしたら、それは治癒と言うより…………。
ふと、ヴェルナトで出会ったドラゴンが頭を過った。
「アロット君?」
「フェリシア。あの黒いデカい奴は俺の槍で傷を負っていたよな?」
「はい、それは間違いないです。それがどうかしました?」
「その傷はどうなっていた?」
「どうって……腕を落としそうになってましたけど」
「その傷は再生していたか?」
「そう、ですね。確かに少しずつ治っていくようには見えました」
治癒魔術以外の──傷の再生。
ドラゴンもそうだった。黒い巨人も斬撃の魔術を撃った後で余裕がない状態だった。
にも拘わらず、身体は再生を始めていたということだ。
恐らく自分の身体は無意識のうちに同じことをしていたのだろう。
潜在能力を解放したからこその影響か。
確かにアロットはあの時、自分の身体が別の何かに変わってしまうような感覚があった。
「…………無茶をしたんですね?」
思考に耽っていると冷やりとした声が耳に届いた。
思わず肩を震わせてしまい、恐る恐るフェリシアの方を向く。
青い瞳を細めて睨みつけていた。
「もうやらないから安心しろ」
「本当ですか?」
「本当だ。しんどいからな」
「……あの時のアロット君は異常な力を引き出してました。それと同時に恐ろしかったです」
「わかってる。もう使わ──……なるべく控える」
「アロット君?」
「あそこまでの力は引き出さないってことだ。便利と言えば便利な魔術だからコントロールして使う」
「信じてますからね?」
「任せろ」
不服そうな顔でフェリシアは口を尖らせた。
意外とちょろいな。と、アロットは思ってしまった。
「アロット君?」
「し、信じろ。本当に大丈夫だから」
流石にもう無茶はしないと約束したばかりで嘘はつけない。
「本当に次無理したら怒りますからね?」
「わ、わかってる。あのビンタはもう受けたくない」
「今回は私がアロットに任せた非もある。随行魔導師はあくまで騎士の補助だからな」
「別に魔導師としては当然のことでしょう。今更誰の非とか考えるだけ無駄なんですよ」
珍しく申し訳なさそうにしているクウィンを見てアロットは頭を掻いた。
そんなことよりももっと重要な話がある。
「それは置いといて、クウィン副師団長もあの黒い巨人がなんなのかは知らないんですよね」
「ああ、あんなサイズのモンスターは初めて見た。しかも魔術を使えるとはな。それとアロット、貴様が眠っている間にアレの名称は『リヴァイアサン』に決定した」
「リヴァイアサン……ラディアメルクに伝わる、海の底に眠るとされるモンスターですか」
「奴の強大さを考えるとその名も妥当だろう」
「それで改めて思うことがあるんですけど、奴の使っていた魔術は召喚魔術に近いものですよね」
「あの影の群れはそうだろうな。街自体の被害は少なく、アレは人間だけを狙って直進してきていた」
召喚魔術で顕現したものは、あくまで使用者の指示をこなすだけだ。
そこに意思もなければ、複雑な指令をこなすことも出来ない。
「先生、召喚魔術って、動物を模倣するっていってましたよね」
「久しぶりに先生って呼ばれたな」
「教えて欲しいモードです」
「なるほどな。何かわからないところが──いや、違和感があるんだな?」
「はい。あのモンスターは海から来たんですよね? でも、あの召喚魔術で現れたのって全部陸上のモンスターでしたよね」
「そうだな。そこは俺も気になっていた」
フェリシアと同じ違和感をアロットも気づいていた。
召喚魔術は模倣する対象がいて初めて成立する。
リヴァイアサンは海で生きていたのなら、召喚したゴブリンやレイザーファングの影はどうやって模倣したものだというのか。
クウィンも言わんとしていることが伝わったのか考え込んでいた。
「そもそも、何故召喚魔術が必要なのかって話にもなるんだよな」
「どういうことですか?」
「あれだけの規模の召喚魔術を使う必要性はなんだって話だ。ヴェーラの蝶みたいに明かりを確保したり、ラディアメルクの漁に使うような目的があるとして、あれだけの量を召喚する必要があるのか?」
「……この街への上陸か? 力を溜めてラディアメルクを襲撃する計画を立てていたのか? モンスターが」
「なくはないと思いますよ。モンスターは本能的に人を襲うとは言いますし、それほどまでの憎悪が────」
そこでアロットはあの時に聞こえた声を思い出した。
「クウィン副師団長。あなたはあのリヴァイアサンの声を聞きましたか?」
「…………聞こえたな。アレが通信魔術を使うなどいよいよもって意味が分からなくなるが、確かにあの時声が聞こえた」
「わ、私には聞こえませんでした。何か言っていたんですか?」
「私が聞こえたのは『裏切り』だ。そんなニュアンスの言葉だった」
「俺もはっきりと何を言っているかはわかりませんでしたけど、そんな感じでしたね」
アロットが聞いたのは『復讐』だったが、そもそも聞いたことがない言葉だ。
それでもなんとなく意味は分かったが、それは個人個人の解釈になるのかもしれない。
あの声は間違いなく自分たちの言語とは異なるものだったというのに、何故か二人はその言葉の意味を理解できた。
通信魔術は高度な魔術であるとともに、使用者同士の相性が重要だ。
(あのモンスターと俺達で何か共通するものがあるとでも?)
モンスターと自分たちに何か繋がりのようなものがあるとしたら……。
そんな気色の悪いことを考えて頭を捻っていると、扉をコンコンと叩く音が聞こえ魔導師が一人入ってくる。
「ミーアさん?」
「失礼します、クウィン様。お疲れ様ですフェリシア様、アロット様」
深々と頭を下げるミーアを、クウィンは苦虫を嚙み潰したような顔で見た。
「……話なら済んだはずだミーア」
「話?」
「リヴァイアサンの接近に気づけなかった責任の話です。アロットさん」
「えっ?」
フェリシアが目を丸くして驚いた。
あれだけの巨体の接近を気づけなかったのは監視塔としての役目を果たせなかった。
アロットにはミーアの言うこともわかるが、クウィンは納得していない様子だ。
「ミーア以外に適任者がいない」
「これだけの被害を出した者が適任とは思えませんよ」
「…………そういう話をするなら俺達は出ていきますよ」
アロットはため息を吐いた。
そういう話は現地の魔導師だけでやっていて欲しい。
「待ってくださいアロット様。私はあなたとフェリシア様を含めて話がしたかったんです」
「俺達も?」
「はい。リヴァイアサンの件について」
アロットとフェリシアは顔を見合わせた。
緊急に開かれた会議はまだ続きそうだ。




