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神の見捨てたエリュシオン  作者: 雨屋二号
第4章 南方魔術都市ラディアメルク
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第16話 黒の閃撃

──アロットが槍を投げる数分前のこと。 

 先に砂浜に着地していたフェリシアは、影の群れを引きつけながら黒い巨人を目指して走り続けていた。


(理由はわかりませんけど、魔術を無効化出来る状態に入るとモンスターたちの意識が私に向く)


 思考を冷たく、蒼い瞳が暗く輝く。

 エリオットの強化魔術で呼び起こされたフェリシアの力、それを自らの意志だけで解放し砂浜を駆ける。

 肉体は魔を拒絶し、振るう刃は異形を断ち切る。

 この影の群れを突き進むことも可能だと思いながらも、フェリシアはリスクを考え、立ちふさがる影を剣で払い切り開いていく。


「この力がどこまで通用するのか」


 影の群れの物量に負け、身動きが取れなくなる危険もある。

 自分の身体が何時まで、どこまでの魔術を無効化できるかもわからない以上、過信してしまうのはあまりにもリスクが高い。

 フェリシアは一切の慢心なく影の軍勢を切り伏せて進む。


 刹那、影たちの足が止まる。


 同時に背中に氷塊を入れられたような感覚に襲われ、反射的に剣で防御の構えを取った。

 

「何か──!?」


 黒い異形が額に赤の瞳を開き、砂浜とラディアメルクの街を封鎖したクウィンの氷の防壁を切り裂いた。

 遠目からでもその斬撃の跡が視認出来る程、氷の壁は大きく横一線に斬り落とされていた。


(あれを受けるわけには)


 恐らくフェリシアの体質でも完全に防ぐことの出来ない一撃。

 直感的に把握すると、フェリシアは急いで黒い巨人に迫る。

 先ほど振り返った時にアロットがいたのを確認した。細かいことはアロットに任せてフェリシアは直進する。


「私には(これ)しかないですから」


──違和感があった。

 影の群れは明らかに自分を狙ってきているのに、黒い巨人の魔術はラディアメルクの方を狙っていた。

 それは……なぜなのか。

 すると、今度は影の群れの足が止まり、方向転換を開始した。


「? 何を……」


 再びフェリシアの首筋に悪寒が走る。

 今度は黒い巨人のものではない。

 それと近い別の何かが──目覚めたような、ヒリヒリと肌を伝わる感覚。


「…………先生?」


 アロットの方を振り返った。

 遠くの方で、氷の槍を構えたアロットの姿があった。

 フェリシアが目を奪われたのはその得物よりも、その背中に生えたかのように微かに見える黒い影だった。


「黒い……翼……?」


 アロットの背中で何らかの力の奔流が渦巻いていた。

 それが魔術の影響なのかはフェリシアには理解できない。

 それでも、胸の奥がざわついて仕方なかった。


「何が──くっ!?」


 気を取られたところに影の群れの奇襲を受ける。

 ゴブリンのような影が黒い得物を一振り。僅かに額を掠めて赤い血が零れ落ちる。

 完全に油断していたが直撃は回避。額を薄く切っただけに済ませた。

 流れ出る血を片手で拭いながら剣を振るい迎撃する。

 その時だった。


「っ!?」


 黒い巨人に風穴が空いた。

 一瞬の出来事だったが、確かにアロットが持っていたはずの氷の槍が黒い巨人を貫いた。

 

「まさか投げたんですか!? それだけで──」


 黒い巨人がアロットを見ていた。


「……どこを、見ているんですか?」


 赤い瞳が再び開眼する。


「待っ──!!」


 フェリシアの声を無視して黒い巨人が斬撃をアロットに放つ。

 離れたところで鮮血が散っていた。


「嘘…………」


 最悪の事態を想像した。

 止まらなかった。

 アロットの死が見えた。

──その錯覚を、フェリシアは冷たい蒼い光と共に削ぎ落した。


「…………」


 振り返りそうになる気持ちを押し殺す。

 ただ純粋な殺意を銀の刃に乗せる。

──白の閃撃。


「邪魔」


 影の群れを薙ぎ払い一掃する。

 開けた視界の中で、フェリシアは黒い巨人目掛けて全力で走り出す。

 そのフェリシアに黒い巨人が振り向いた。


「……!」


 赤い瞳は開いたまま、黒い血を流しながらこちらを向いていた。

 何か大きな負担を抱えながら黒い巨人はフェリシアへと牙をむく。

 何故これほどの殺意を……執念を持っているのかはわからない。

 目の前の敵の異常な姿に警戒しながら、フェリシアは姿勢を低くし剣を構えながら走る。


 黒い巨人が苦し紛れに右腕を振るう。

 フェリシアは真上に跳躍して回避。更に、砂を攫う巨大な腕を剣突き刺した。

 真下を通り過ぎようとするのを狙った突き降ろし、振り回される腕にしがみつくように突き刺さった剣を強く握る。


 振り払おうとする腕が巨人の真上に振り上げられた瞬間──フェリシアは剣を抜いて跳躍。

 空からの強襲。剣を構え、落下の勢いと共に振り下ろさんとフェリシアが息を止める。


(獲った!)


 勝ちを確信したフェリシアを額の赤い瞳が捉える。

 ここまで来ればどちらが早く斬るかの勝負。

 相打ちの可能性は考えながらもそれでもフェリシアは勝てる算段だった。

 巨人の斬撃の魔術には溜めがいるはずだと、そう思っていたから。


「!?」


 刹那、自分の剣の軌跡に似た黒の閃撃が赤い瞳を切り裂いた。

 勝ちを確信するフェリシアを後押しする黒の閃撃が、巨人の魔術の発動を封じた。

 誰の魔術かは一瞬でわかった。


「なんで貴方は……っ」


 様々な感情が交錯しながらも、フェリシアは歯を食いしばり思考を冷たい海に沈める。

 生きていたことよりも自身の治癒ではなく攻撃を優先した愚かさ、今すぐにでも頬を叩きたくなる怒りを鎮め、最後の力を振り絞った随行魔導師の意志を無駄にはしない。


「はああああああ!!」


 白の閃撃。

 天より落ちる一閃は、海をも切り裂き黒い巨人を二つに分けた。

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