第14話 赤い瞳
まず優先すべきはフェリシアとの合流だと判断したアロットは、家屋の屋根の上に飛び乗って辺りを見渡した。
「街中にもあの影が侵攻している」
それでも魔導師達で対処できると判断し、海の方に目を向ける。
黒い異形は未だ波打ち際でじっとこちらを見ている。
幸いなことに人的被害はまだないように思える。
今日は天気が悪かったのもあってビーチには人影は見えない。変わりに黒い巨体の足元からは生成された影のモンスターの群れが街へと侵攻している。
本体に攻撃を仕掛けようにも、飛び道具を持たないアロットとフェリシアではまず接近しなければならない。
「俺達よりもクウィン殿の方が適任な気もするが……」
しかし同時に、影の軍勢の物量から街を守れるのもクウィンだけだろう。
そう思っている一瞬の間に巨大な氷壁が海側の外壁になぞるように展開された。
魔術規模に流石は蒼師位だと見惚れる暇もなく、アロットはフェリシアを見つけることにした。
通信魔術は繋がらない。だとしたら…………
「フェリシアーーーー!!!」
屋根の上で旗を立て、全力でフェリシアの名を呼んだ。
空を飛んでいた影の飛行性モンスターが反応し、アロット目掛けて特攻を仕掛けてくる。
「お前らじゃねぇよ!」
旗を一振り。
それだけで影の翼獣は霧散して消える。
(消滅の仕方が魔術のそれだ。やはり召喚魔術なのか? だが、ここまでの範囲と規模の魔術を使えるモンスターなんて聞いたこと──)
と、そこへフェリシアが屋根の上に飛び乗ってきた。
汗を掻いているところ見るに相当な数を斬っていたのだろう。
それでも息を切らしておらず、まだ余裕を感じる。
青い瞳は力を制御しているのか、いつものように光を帯びていた。
「アロット君」
「簡潔に言う。あのデカいのを倒さないとこいつらは無限に出てくる可能性が高い」
「なるほど。私も一つ気づいたことがあります」
「なんだ?」
「この影は……特に私を狙ってきます」
「なんだって?」
その言葉の通り、屋根の上へと影の軍勢が上ってくる。
二人は素早く薙ぎ払いながら話を続ける。
「それは本当か?」
「間違いないと思います。そこで一つ作戦があります」
「作戦?」
「敵の視線を集める為にアレをやりましょう」
「アレ?」
「ちょうどアロットくんも使えそうな得物を持っているので」
アロットが武器として握っている旗を見て言う。
その視線から何のことなのか察した。
「待て、やる意味はあるのか?」
「空を飛んだ方が視線を集めやすいです。それにビーチまでなら飛べるはずです」
「待て待て、街から砂浜までの高低差を考えろ。今は氷壁も展開されているんだぞ? その上を呼び込こえたら五階建ての屋根から落ちるような高さだぞ」
「下は砂なので大丈夫なはずです」
「大丈夫なわけ──」
「時間がありません」
こうして言い合っている間にも影の軍勢が押し寄せてくる。
魔導師達にも体力の限界がある。一刻も早く本体を叩く必要がある。
「ちっ! わかったよ!」
「お願いします」
フェリシアの瞳が冷たい蒼い光を放つ。
アロットは旗を持って構えをとる。
剣を振る構えではない。言うならばそれは──バッティングフォームだ。
「ふっ──!!」
左足を踏み込み、右足を蹴る。
下半身から伝わる力で腰を回転させ、振り上げるようなアッパースイングで旗を振り抜く。
その旗の上に────フェリシアは乗った。
「死ぬなよ!」
渾身のフルスイングによって、豪快にホームランと打ち飛ばされたフェリシアが空を舞う。
銀の剣を掲げる。
雲の切れ間から差した光が反射し、人も影も釘付けにされる。
冷たい蒼い光をその光に乗せる。
「おいで」
力を解放したフェリシアに吸い寄せられるように影の軍勢が砂浜へと引き返していく。
それを見てアロットも駆け出した。
《アロットさん? あなた方は今何を?》
「ミーア、クウィン殿に伝えてくれ。俺が砂浜に出たら氷で道を封鎖してくれと」
《あなた方であれを討伐するというのですか?》
「ああ、魔導師の援護はいらない。街の方を対処してくれ」
フェリシアの方に釣られた影も多いが、それでもまだ街の中へと侵攻する影の軍勢は多い。
「邪魔だ!」
薙ぎ払いながら進み続ける。
海岸通りの砂浜への入り口階段に差し掛かったところでアロットは跳躍。
落下しながら拳を振り上げた。
「本来はこういう使い方だった──な!」
着地の瞬間、魔力を纏った一撃を全力で地面に叩き込む。
竜人拳──ガーゴイルから模倣した一撃。
地面を穿ち、衝撃が周囲に拡散。それだけで影の軍勢を一掃する。
それを確認したクウィンが入り口階段に氷の壁を張る。
「これなら──」
氷の壁を視認しながら、立ち上がったアロットは再び駆け出そうとした。
だが、黒い巨人から魔力の高まりを感じとる。
(なにか来る!?)
咄嗟に旗を立てて防御姿勢を取る。
更に魔力障壁を纏わせる。
「!?」
黒の巨人の額が裂け、巨大な赤い瞳が出現した。
その赤い瞳に輝く虹彩と丸い瞳孔は、まるで人間の瞳のように見えて反射的に身構えた。
刹那、アロットの背後で氷の砕ける音が鳴った。
思わず振り返る。
長い階段の上にはクウィンが展開した氷の防壁があった──はずだ。
およそ二階建ての建物に相当する氷の壁は、まるでフェリシアの斬撃を受けたかの如く横一線に斬り落とされいた。
崩れ落ちた氷塊が音を立てて割れる落ちる光景がやけにゆっくりに見えた。
「なんだ……今のは?」
階段の上で魔導師達が騒ぎ立てる声が聞こえる。
防壁が破壊された。
間違いなくあの黒い巨人の力だが、額に現れた赤い瞳は既に閉じていた。
(風刃のような斬撃──連続して撃つことが出来ないのか──クウィン殿がもう一度防壁を造るまで道を塞ぐか──)
状況を見て足が止まる。
依然変わらず影の軍勢が侵攻してくる。
その多くは側面から攻めるフェリシアに釣られているようだが、アロットの正面からも少なからず流れてきている。
アロット一人でも処理できる量かもしれない。
そのせいで増えた選択肢が邪魔だった。
「いや、ここは後ろに任せる!」
アロットは駆け出した。
打ち漏らした影は後ろの魔導師だけで充分対処できるという判断。
街への被害もそこまでひどくならないと決めつける。
「本当になんなんだこいつはッ」
歯を食いしばりながら影の軍勢に突撃した。




