第13話 暗雲
外へ出ると、空は分厚い雲に覆われ夜の如く暗い。
ぽつりぽつりと雨が降り始めていた。
「くそっ」
急いで辺りを見渡す。
海へと向かうには魔導師団の拠点がある魔術通りから海岸通りにでなければならない。その為には一度門前の大広間に出る必要がある。
既に多くの人々が逃げ惑い、安全な魔導師団の拠点に向かって走ってくる中をアロットは逆走して駆け抜ける。
その時、頭の中に声が響いた。
《アロットさん。聞こえますか?》
ミーアの声。
初めての通信魔術の感覚にアロットは思わず立ち止まった。
《聞こえている前提で話します。現在、ラディアメルクの海岸に正体不明のモンスターが出現しました》
「それは上から見た。状況はどうなってる」
《……通信魔術が使えるのですか?》
「今使えるようになった」
《それはどういう──いえ、今はそんなことはどうでもいいですね》
アロットは再び走り出しながら耳に手を添えた。
通信魔術が使えるようになった。とは言っても、あくまで届いた通信に返すことが出来るようになっただけでしかない。
アロット側から誰かに意図的に繋げることは出来ないが、今はそれで充分だ。
《モンスターはまだ海岸にいます。しかし、厄介なことにアレはどうやら魔術を使うようです》
「魔術?」
魔術を使えるモンスターもいる。それ自体は驚くべきことではない。
門前広間に出て海岸通りを走り抜ける。
逃げ惑う人々を追いかけるように、無数の黒い影が迫っていた。
あれは────
《召喚魔術です》
気づけば黒い鳥が空を飛んでいた。
海岸から広間に向かってくるのは、無数の影の軍隊だった。
レイザーファングやゴブリン……様々なモンスターの黒い影が群れを成して街の中へと侵略してきていた。
「俺は夢でも見ているのか……?」
モンスターによる都市の襲撃。
あまりにも突然の出来事に脳が理解を拒んでいた。
次々に浮かび上がる疑問に思考が彷徨う中、頭の中に届く声が現実に引き戻した。
《既に魔導師とフェリシア様が対処していますが、いつまでもつかはわかりません》
「本体を止めなきゃって話だろ。フェリシアとは通信が繋がるのか?」
《残念ながら》
「そうだろうなとは思ったよ」
魔力を持たないからか、それとも魔術を拒む力があるからか。
どちらにせよフェリシアと通信魔術が繋がらないことは想像できたことだ。
だが、今はフェリシアと合流しておきたい。
「チィ! なんなんだこいつら!」
「怯むな! 街の中に絶対に入れるな!」
「くそ! キリがねえ!」
応戦する魔導師達の声が聞こえる。
風刃、炎槍、水弾、岩剣……各々が得意とする攻撃魔術を次々に放つが、少しずつ押されている。
キリがない。一度に多くの敵を倒せる魔術が必要だ。
アロットは走りながら道の脇に刺さっている旗を引き抜いた。
「そこをどけ!」
魔導師達の後ろから全力で駆け抜ける。
影の群れに向けて旗を振り抜く。
アロットの剛力がなせるシンプルな一閃は、それだけで戦線を押し上げた。
(脆い? 数は多いが一頭一頭は大したことがないのか)
ならば──と、アロットが考えたその時だった。
「""深零……風薙""」
強烈な寒気に襲われたのも一瞬。
アロットを含め、影の軍勢の足が氷の中に閉じ込められた。
背後からやってきたクウィンが広範囲の冷気の風により影の群れを凍らせる。
「こいつらは一体一体は脆い。なるべく広範囲に魔術を放て、炎槍の炎を嵐風刃 で拡散させろ」
「クウィン副師団長! アロット殿がまだ!」
「気にするな。むしろ都合がいい」
「な、なにを言って──」
「いいから早くやれ。奴なら死なん」
とはいえ、味方ごと魔術を放つのを魔導師達は躊躇う。
その一瞬の間にアロットは持っていた旗の石突部分で氷を砕き、力づくで強引に抜け出すことに成功する。
「早くやれ!」
「了解!」
アロットが離れたことを確認すると魔術が放たれる。
炎の魔術が風の魔術により拡散し、脆い影の軍勢を一掃する。
「まだ敵の襲撃は終わっていない。ここは私一人で事足りる、貴様らは街中に流れたモンスターを追え、状況は逐一ミーアに報告しろ」
「りょ、了解しました!」
「数で押されたら不利だ。必ず複数人で行動しろ」
「了解!」
魔導師が散開する。
アロットは目を細めてクウィンを睨んだ。
クウィンなら初撃で影の軍勢を仕留めることが可能なはずだ。
わざわざトドメを他の魔導師にやらせる理由は、恐らく魔術を習得させるためにアロットも凍らせたのだろうと疑っていた。
「わざと巻き込みましたよね」
「現在、ラディアメルクの魔導師の多くはヴェルナトにいる。先日の貴様らの探索の一件を受けて私が向かわせた」
クウィンの言う通り、アロットもこの街にいる魔導師が若い人たちばかりなのは気になっていたところだった。
ヴェルナトの地下迷宮からモンスターが地上に上がってこない保証もない。
それがドラゴン級のモンスターでも現れたとしたら、戦力を増やしておくという考えは理解できる。
それが裏目に出た形になってしまった。
「私も平和ボケしていたようだ。まさかラディアメルクの方にこんなものが現れるとはな」
表情は冷静を装っているが、クウィンの首筋に一筋の汗が流れた。
それでも淡々と、押し寄せてくる影の集団を殲滅する。
手を翳すと無数の氷の槍が空から振り注ぎ、影の軍勢をいとも簡単に一掃した。
「今、この街の最高戦力はフェリシア様と貴様だ。言いたいことはわかるな?」
「……最悪のことは考えておいてくださいよ」
この街の命運が自分たちに掛かっている。
この影の軍勢を止めるには本体を叩くしかない。
アロットは舌打ちをし、氷の上を駆け抜けていった。




