第12話 異変
「そうか、もう旅立つのか」
副師団長の執務室にて二人はクウィンに別れの挨拶に来ていた。
いつもと変わらぬ腕を組んだ仁王立ちで迎えられる。
無表情で威圧的にも感じた顔も既に慣れてしまったのか、アロットは全く緊張もしなくなっていた。
「ええ、俺達は旅を続けますよ」
「そうか。騎士が決めたことなら、これ以上こちらも口出しはしない」
クウィンもこの旅の意味を疑っている一人。
無意味に死ぬようなことは避けてもらいたい気持ちもあるのだろう。
二人の顔を見て珍しくため息を吐いていた。
「あの船もそうだった。死ぬとわかっていても止められなかった」
「あの船?」
窓の外を見て呟いたクウィンの言葉にフェリシアが首を傾げた。
あの船とは二年前に海の彼方を目指した船のことだろう。
「貴方を見ていると、ウィル殿を思い出してな」
「クウィン副師団長は海の調査に反対なんですね」
「優秀な人材を無駄死にさせるわけにはいかないだろう」
「無駄死に……」
クウィンの言葉にフェリシアが引っかかる。
しかし、アロットもクウィンと同じ考えをしていた。
海の果てを目指して、結局は嵐に呑まれて亡くなった者達。
口には出さずとも、彼らの死に意味はあったのかという疑問はある。
「海の危険性がわかったのなら意味はあったと思いますけどね」
自分にも言い聞かせるようにフェリシアの気を静めるようにアロットは呟いた。
「まあ、クウィン副師団長殿はウィル殿にこの街の管理を押し付けられたようなものっすからね」
「全くだ。あの男は無法が過ぎる」
「豪快な人だったというのは聞いてますよ」
「上品な言い方をすればそうだな。……魔術の腕も確かだったというのに」
ウィル・ダグラス。
ラディアメルクの前管理者にして魔導師団の前副師団長。
来るもの拒まず、去るもの追わず。この街の自由な風土は彼が作った言っても過言ではない。
「ウィル様はどういう方だったんですか?」
「とにかく荒事が好きだったという話は聞いてるな。それこそモンスターの討伐は全部引き受けてしまうような」
「それは頼もしい人ですね」
「他の魔導師が育たないからどうなんだとは俺は思ってたけどな」
「正にアロットの言う通りだな。そのせいか、ラディアメルクの魔導師は他の都市に比べると劣っていた」
でしょうね。と、心の中で呟きながらアロットは頭を掻いた。
アロットも魔導師としての実力は最低辺だったので声に出すことは出来なかった。
「豪断のダグラスって言われててな。あの人の魔術の刃で切れない物はないって話だ」
「蒼師位として腕は確かだったからな」
「そうだったんですね。……それ程の人が」
海で亡くなった。
蒼師位の魔術階級を持ち、風の魔術の達人とも言われていた魔導師。
魔導師団には風の刃を飛ばす魔術に風刃というものがあるが、この初期魔術はウィルが使うと、モンスターどころか岩山すらも切り裂くほどの威力と速さを持つと言われていた。
速い──というよりは斬撃そのものをその場に発生させるような、必中必殺の魔術とも言われていた。
それほどの魔導師でも海に飲み込まれてしまった。だが、ミーアの言っていたようにただのモンスター如きに襲われるとは思えない。
「まあ、この話は終わりにしよう。フェリシア様、貴方の旅の無事を祈っている」
「はい。それでは──」
と、フェリシアが頭を下げて立ち去ろうとした時だった。
クウィンが耳に手を当てた。
通信魔術。ローインクレーでアルテが使っているのを見ていたので、アロットはそれが通信魔術の時のものだとわかった。
監視塔にいるミーアは一方的に通信魔術を繋げることが出来ると言っていた。
だが、それは何か海に異変があった時だと──
「なんだと?」
クウィンが緊迫した声で通信を返すと、再びその青の瞳が窓の外を見た。
窓の外にはラディアメルクの海が広がっている。その海を見てクウィンは目を見開いた。
「あれは……なんだ?」
何かあったのだろうか。
アロットの位置からでは窓の外の様子まで見えない。
──が、それは突然訪れた。
地震。
不気味な地鳴りと共に強烈な横揺れが響いて、三人の身体が大きく揺れた。
「なんだ!?」
あまりの揺れにクウィンが膝をつく中で、フェリシアとアロットは多少ぐらついた程度で抑え込むと窓に駆け寄った。
青い海の中に大きな黒く丸い影が浮かび上がっていた。
「嘘……だろ?」
黒い円の中からゆっくりとドラゴンを超える巨体が姿を現す。
ヘドロのような黒い液体を全身に纏い。
人の腕のようなものが二本。
流れる黒い液体に纏った頭部には目と思われる赤い瞳が八つ。
大きさはドラゴンよりも圧倒的に大きいように見えた。
あれを人型と呼ぶのは躊躇いが生まれるが、それでも形容するなら人間の上半身が海面からでた姿だった。
見たこともないモンスターの姿にアロットは一瞬言葉を失った。
「夢でも見てるのか……?」
白昼夢にしては悪夢がすぎる。
冷静にその異形がなんなのかを処理しようとして、アロットは立ち尽くしてしまう。
その隣でフェリシアは部屋の外へと駆け出す。
「……っ! 待てフェリシア!」
フェリシアが外へ出たのを追いかけようとしてアロットも走り出す。
だが、その足は出口の前で立ち止まった。
振り返るとゆっくりと立ち上がるクウィンを見た。
「クウィン副師団長、あれが何なのかわかりますか」
「いや、わからない。だが……ここ数日、何か海の方から声が聞こえることがあった」
「声?」
アロットはそこでハッとした。
ラディアメルクに近付いた時にアロットも歌のような声が聞こえた。
「あれがその声の主だと?」
「それはわからないが、間違いなく善くないものであることは確かだ」
それはそうだ。と、アロットは歯を食いしばる。
細かいことは気にしている場合ではない。
急いでフェリシアと合流しに部屋を出た。




