第11話 振り返り
翌朝、アロットとフェリシアは砂浜に来ていた。
空は厚い雲に覆われ、今にも雨が降りそうだ。そのせいか殆ど人はいない。
その砂浜の比較的人気のないところでアロットとフェリシアは向かい合っていた──が。
「なんか、機嫌が悪いな……」
「そんなことないですよ?」
「そ、そうか?」
嘘である。
笑みを浮かべてはいるが、流石にアロットでもわかるくらいには機嫌が悪い。
別に機嫌が悪くなるようなことは……したかもしれない。
(昨日は酒を飲んでから少し記憶が飛んでいるんだよな)
時間にして二時間くらいは眠っていたような感覚だが、すぐに目を覚まして宿には自分の足で歩いて向かった。
バルファローネの魔術を模倣していたおかげだろう。
効き目はオリジナルには敵わないが、それでも酔いを押さえることには成功したようだ。……と、アロット自身は思っている。
「何故か街の人間はニコニコした顔で会釈してくるし」
「本当ですよ。こっちは不満しかないのに」
「やっぱり機嫌悪いだろ?」
「そんなことないですよ?」
「いや、今のは絶対──」
「それで、こんなところで話とは何ですか?」
「お、おう……」
静かに睨まれアロットは後ずさりする。
コホン。と、喉を鳴らして落ち着かせると、細長い石の棒を生成。砂浜に大雑把な大陸の全体図を描き始めた。
一先ずは一度旅を振り返ることにした。
「なんだかんだ、巡礼の旅を始めて半年近くは経過している」
「えっ?」
「どうした」
「全然まだ十日ぐらいだと思いました」
「そんなわけないだろ」
とはいえ、フェリシアの気持ちもわからないでもない。
各地の魔導師は勤勉で、小さな村に訪れることはあっても騎士が力を貸すほどの状況は殆どなかった。
旅は順調で殆ど獣車に乗っているだけの日は多い。
アロットは大陸図の西側を差してそのまま東に動かす。
「グランクレイグを出発して大陸中央のローインクレーへ行き、いくつかの村を経由してヴェルナトに着いた。今はヴェルナトが大陸最東端の街になるか。
「そこから山岳地帯を南に進んでラディアメルクにやってきたわけだ。ここからは西の冒険者の街に向かい、北に進んでまたローインクレーに戻る。
「大陸を時計回りに進む、今までの巡礼の騎士と同じルートだ。ここから更に北のセヴェーレに向かい、最後に最北端の霊峰の頂上を目指すのが騎士の使命とされている」
ぐるり。と一周する形で線を引くとアロットは「しかし」と付け加えた。
「ローインクレーに戻った後、一度グランクレイグに戻ろうと思う」
「え、どうしてですか?」
「一度確認したいことが出来た」
そう言うとアロットは大陸最西端の都市であるグランクレイグの更に西側に陸地を書き足した。
立ち入り禁止区域である西風荒野──塔の墓場。
その最西端にあるのは魔王の工房である。
「一度、魔王に会いに行こうと思っている」
「会いに? どうしてですか?」
「……この旅の目的を再確認したい」
正確に言えば騎士という文化を残す理由が知りたい。
騎士の真実を知る必要がある。
イルミーナの言うことが本当なのかどうか、それを確かめるには魔王に聞いてしまうのが一番手っ取り早いだろう。
とはいえ、これはアロットの個人的な都合に過ぎない。
フェリシアとしては一刻も早く旅を終わらせたいはずだ。
「いや、やっぱりそのまま──」
「行きましょう」
躊躇うアロットの瞳を真っすぐに見つめていた。
「いいのか?」
これはきっとアロットの我儘に過ぎない。
フェリシアがわざわざ着いてくる必要などないのだ。
それでも、フェリシアは凛々しい微笑みで真っすぐに蒼い瞳を向けてくる。
「私が行きたいと言っているんです。随行魔導師である貴方は巡礼の騎士である私の意志に従うべき。ですよね?」
「…………それはそうだな」
まるで心の中を読まれたかのようだった。
アロットから選択肢を奪い退路を失くした。
その強引にも見えるフェリシアの堂々たる姿に、アロットは少し胸が軽くなった。
「なんだかんだ、俺は騎士についてよく知らない」
「それはきっと皆さんそうですよ。私もただの使命としてしか認識してませんから」
騎士の文化が根付いてるにも拘わらず、誰一人として騎士について詳しい者はいない。
結局、ラディアメルクも騎士への信仰心が強いが、誰もその歴史を遡ろうとしていない様子だった。
(古書がなくなって騒いでたのはヴェーラだけだって言うくらいだしな)
魔術世界で魔術を使えない者について調べようとする人間は少ない。
騎士として、ただ一時の偶像としてもてはやされる、
剣を模倣する者はいても剣を握ろうと思う人間はいないのが現実。
「俺もそうだな。結局、随行魔導師としての役職が欲しかっただけだ」
「それは本当ですか?」
「なんで疑ってるんだよ。そうでもしないと魔導師になれなかったんだから」
フェリシアが目を細めて睨みつけてくるが、何故そこまで怪訝な顔をされてしまうのかわからなかった。
「そもそも何故、魔導師になろうと思ったんですか?」
「人の役に立ちたいからだよ。俺は超いい人だから」
「……………」
「フェリシア?」
そこは『どの面が?』と、ツッコミを入れて欲しいと思ったのだが、フェリシアは思い詰めたような顔で目を逸らした。
「それはただの自己満足です」
「なんだって?」
「自分の命を粗末にしないでください」
真っ直ぐな蒼い瞳に睨まれる。
自己満足──それは、まるでアロットの本心を見抜いたような言葉だった。
言葉を失ったアロットの隣をフェリシアが歩いていく。
「行きましょう。次の目的地に行く前に、クウィン副師団長様に挨拶をしなくては」
「あ、ああ……」
何か様子がおかしいフェリシアにアロットは頭を掻いた。
「……酒は控えるべきか」
やはり昨日何かまずいことがあったのだと思った。




