第10話 祭り騒ぎ
とうとう陽は落ちて夜になったが、街は未だ賑やかな活気に満ちていた。
商店街には買ったものをその場で食べやすいように所々にテーブルが置いてある。
その一つに腰を据えて海老や貝や蛸などが乱雑に乗せられたピザを食べ終えると、透明なグラスに大きな氷と一緒に注がれた琥珀色の酒に口を付ける。
「独特な香りだな」
「セヴェーレの方で採れる木で造った樽で熟成させた蒸留酒だよ」
香木のような香りが鼻を抜けると、ほんのりとバニラのような甘さを感じた。
氷で冷やしているのに喉を焼くような感覚があり、アルコール度数の高さが伺えるが癖になる飲みごたえをしている。
今はこのくらい強い酒を飲まないと、目の前の馬鹿騒ぎについていけない。
そんなことよりも…………
「なんであんたもいるんだ?」
「あっはぁ。私だけ仲間外れにするのもひどくないかな?」
「そもそも仲間でもないだろ」
「ひどくないかな?」
いつの間にか同じテーブルにはイルミーナが座っていた。
昼間と同じ黒いローブだが、とんがり帽子は邪魔だったのかフードを被っている。
別にイルミーナに対して旅の仲間という意識はなければ、彼女はラディアメルクの人間でもない。
「いいのかよ。こんな所にいて」
「何がだい?」
「顔を覚えられたくないんだろ?」
「なあに、皆酔っ払ってて忘れるさ。突然夢のような美女が出てきたら、きっとそれは夢だったんだって」
確かにイルミーナの言う通り、夢のような時間にも思えた。
酒を煽った老若男女が羽目を外して歌ったり踊ったり。騒ぎを止める為に来たと思われた魔導師も一緒に混ざってしまっている。
「もしかして、昼間にアロット君が話していた人ってイルミーナさんだったんですか?」
「そうだよー」
フェリシアもテーブルに着いて果実のジュースを飲んでいた。
もはや騎士をそっちのけで街の人々はお祭り騒ぎをしている。
召喚魔術で鳥や剣が空を跳び、犬や猫が実物と一緒に追いかけっこをしている。
魔導師公認の馬鹿騒ぎだ。
アロットは苦笑しながらグラスに口をつけた。
「イルミーナさんは白き異形について何か知っていますか?」
フェリシアのストレートな問いにアロットの手が止まる。
「何故、私が知っていると思ったのかな?」
「ざっと千年は生きてるんですよね」
「あら、この前の話を信じてくれるんだ。どこかの魔導師様は疑ってたのに」
「当たり前だろ」
「私は信じますよ。何故かはわかりませんけど、そういう人たちもいると確信出来るんです」
フェリシアの真っ直ぐな言葉にイルミーナは「へぇ」と小さく笑みを浮かべた。
「何かあったのかな。ここじゃなくてヴェルナトでさ」
「それは──」
「ヴェルナトの遺跡については俺達が勝手に話していいことじゃない」
「わ、わかりました」
フェリシアは目と口を閉じて自制する。
ヴェルナトの遺跡はまだ表に出ていない情報だ。
魔導師の立場としては、個人の勝手な都合で一般人に話していいものではない。
白き異形については既にラディアメルクの人々には既知のことなので今更だ。
「けど、それはアロッティと既に話してるんだけどね」
「そうだったんですか?」
「そうだな」
「何故、私も混ぜてくれなかったんですか?」
「……忙しそうだったから」
フェリシアに睨まれて目を逸らした。
イルミーナと昼間に話した時は、フェリシアは海で遊んでいた。
その邪魔をしたくないという気持ちはもちろんあるが、何よりフェリシアの前で『騎士が白き異形になる可能性』など言いたくはない。
そして、イルミーナの言う限りでは実際に騎士が白き異形になったという。
「白き異形が再び現れたという話は聞いていますか?」
「聞いているよ。ここの人なら皆知ってるはずだ」
「何か知っていますか?」
「あの子は放っておいても大丈夫って感じかな、害はないから」
「そう言い切れる理由はありますか?」
「ン、本質が違うから。かな?」
「本質……ですか?」
「そ」
二人の会話に耳を傾けながらグラスに口をつけた。
本質──魔力を持たない人間は他に存在しないという答えにも、イルミーナはその言葉を使っていた。
(生き物として根本的に何か違いがあるとでも言うのか?)
アロットは酒を喉に通して思考を巡らせていると、二人の視線が自分に向いているのに気づいた。
「なんだ?」
「あとはアロッティが教えてくれるよーって話」
「は?」
「アロット君。私には難しい話がよくわかりません」
「散々質問しておいてか?」
「う……すみません。イルミーナさん」
「えぇ? 私は別にいいよー」
ひらひらと手を振りながらイルミーナもグラスに口をつける。
彼女が飲んでいるのはただの水だが、まるで酒のようにじっくりと味わうように飲み込んでいる。
「ごめんね。これ以上は私の口から言っても信じてくれないだろうから」
申し訳なさそうにするイルミーナの顔を見て、アロットはグラスに残った酒を一気に飲み干した。
「やめだ」
「え?」
「今はそんな面倒くさいこと考えてられるか」
「そ、それでいいんですか? 魔導師ですよね」
「あそこにいるのも魔導師だ」
アロットが指を差した先。
広場のほうで巨大な光の剣を空に掲げているマルタの姿があった。
白き異形の翼を落とす程の威力の光の剣を飛ばして盛り上げている。……流石に危険だと判断されたのか、近くにいたクウィンにマルタもろとも彼女の魔術で氷漬けにされてしまった。
「こんな時に暗い事考えるのも阿呆らしい」
「あっはぁ、確かに。お酒持ってこようか?」
「頼んだ」
「え、大丈夫なんですか? アロットくん?」
追加の酒を煽る。
次第に気分が良くなったようで……否、アロットの顔は暗くなっていた。
「アロットくん? 本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。ローインクレーでも大丈夫だったろ」
「そ、それはバルファローネ様の魔術のおかげでしたよね……?」
「そうだったか?」
「え? ちょ、ちょっと! もう飲むのはその辺にしてください!」
酒を飲む手が止まらない。
その様子にイルミーナが面白おかしく笑っていた。
「どうしたのさアロッティ。何か嫌なことでもあったのかな」
「ねぇよ。……むしろ良いことしかない」
「というと?」
「こんなにフェリシアのことを認めてくれる人たちがいるんだ」
「わ、私ですか?」
ラディアメルクの人々は騎士を歓迎している。
死への旅だと諦めずに応援してくれている。
(この街なら、旅が終わったフェリシアにもよくしてくれるはずだ)
フェリシアには普通の女の子のように生きていて欲しい。
それはアロットが思っていたことだった。
「なんでだよ」
「え?」
「なんで、こんなに女の子が剣を握らなきゃならないんだ」
「え? え?」
「フェリシア。お前は、旅が終わったら剣を握らなくていい。普通の女の子として、普通の生活を……」
「普通って……」
アロットの言いたいことはフェリシアにも伝わったのか、空いたアロットの手をフェリシアが握る。
この魔術の世界で普通に生きられるのかは保証できないことだ。
アロットが酔った勢いで口にしているのはフェリシアにもわかった。
呆れてフェリシアも笑ってしまう。
「私は今のままでも幸せですよ?」
「……けど、やっぱり間違ってるだろ。こんな旅は」
「もう、今更ですよ」
フェリシアは笑っていた。
決して無理をしているわけではない。
旅をしてきた中で役目意外の自分を既に見つけていたから、フェリシア本人は全く気にしていなかった。
囚われているのはアロットの方だった。
「絶対にこの旅を生きて終わらせる」
頭を抱えながら呟いた。
「俺の命に──代えてでも」
その言葉を最後にアロットの意識は途切れた。




