第9話 休息
監視塔から再びラディアメルクの街に帰ってくると既に陽が沈みかけていた。
街灯に明かりが灯り、昼間とは違う活気を感じながら街中を歩いていた。
「あの白き異形と思われる翼獣は大丈夫なんでしょうか?」
「さあな。追いかけようにも何処に行ったかわからないしな」
イルミーナの話では白き異形となった騎士は一体だけだという。
ならばラディアメルクの海を飛んでいたのは別の個体なのかもしれない。
もしかしたらローインクレーで出会った個体だけが特殊な成り立ちで、アロット達が白き異形と呼んでいるモンスターは元々この世界にいるのかもしれない。
その仮説を立てた場合、他の白き異形も人間から変態した可能性も出てくる。
「いや……だとしたら目撃情報がこんなにもないものか?」
前列があるとしたら誰かしらが見つけているはずだ。
そもそも繁殖もしていないのだろうか。
無数の疑問が浮かび上がり、アロットの頭が混沌に塗りたくられていく。
「考えごとしながら歩くのは危ないですよ」
「……そうだな」
フェリシアに言われて頭を掻いた。
謎が多すぎて考えてもキリがない。
立ち止まって一つ背伸びをして首を鳴らす。
「飯にでもするか。昼は軽くしか食べなかったからな」
「そうしましょう。是非」
提案するとフェリシアが食い気味に肯定する。
その顔を見て思わず笑みがこぼれたのを自分でもわかった。
(何を一丁前に考えてるんだろうな俺は)
巡礼の旅と騎士の意義に囚われ過ぎていた。
せっかく各地を回るのだから、もっと観光でもすればよかったと今になって少し後悔している。
フェリシアが普通の女の子のように生活できることを望むなら、今も普通の旅人のように肩の力を抜くべきではないだろうか。
「さて──」
と、周囲に手ごろな店はないかと見渡した時だった。
「なあ、アレって……」
デジャヴを感じた。
周囲の人間の一部が、何やらこちらを伺いながら周りの人々と話しているのが見えた。
今のフェリシアは騎士の正装に剣を装備している為、傍から見ても騎士というのが分かりやすい。
ラディアメルクに来た時と同じく騒ぎが起きるかもしれない。そう思うとアロットは少し面倒に感じた。
──が、フェリシアは逆だった。
「あ、あの……もしかして巡礼の騎士様ですか?」
「はい。私は巡礼の騎士フェリシア・ブレイクハートです」
訪ねてきた若い男に対して、堂々と胸を張って答えて見せた。
その瞬間、一段と周囲の騒めきが大きくなり始める。
「おいおい、本当にいらっしゃってたのか!」
「だから言ったでしょ! 騎士様がこの街に来てくれたのよ」
「こうしちゃいられねぇ! すぐに宴の準備だ!」
急に忙しく騒ぎ出した人々を見てアロットは呆れるが、その隣でフェリシアは笑っていた。
「……楽しそうだな」
「こそこそするのも良くないと思うんですよね」
「そうか?」
「ふふ、アロット君はこういうの苦手ですもんね」
グランクレイグの時もアロットは遠目から見守っているだけだった。
あの時のフェリシアは派手な見送りに戸惑いつつも楽しんでいた。
案外こういうのは好きなのかもしれないと思っていると、そこへ恰幅のいい男が腰を低くして近づいてきた。
小奇麗な服装に胸元に小さな宝石のバッジがついている。おそらくはここら一体をまとめている商会関係者の類か。
「フェリシア様、ラディアメルクにはどれくらい滞在なされるのでしょうか?」
「そんなに畏まらなくてもいいですよ。アロット君、どうします?」
「ん? ああ、まあ何日かゆっくりするのもいいな」
「聞いたか野郎ども! 今すぐ宴の準備だ!」
「話聞いてんのか?」
「酒を持ってこい! ああ? まだ早いだと!? 酒は早い時間に飲むほどうめぇんだよ!」
「自分が飲みたいだけだろ」
いまいち話がかみ合っている気がしない。
それでもフェリシアは楽しそうに微笑んでいる。
(逆に、こうして人々の中心になるのも騎士の間だけか)
今のフェリシアは騎士という役職に気負いしていない。
ならば好きなように立ち振る舞わせてしまうのがいいかもしれない。
一先ずアロットは少し離れた位置で、この馬鹿騒ぎがどうなるのか見守ることにした。
「……魔導師の立場的には、あんまり騒ぎが大きくなったら止めなきゃいけないか?」
その判断は現地の魔導師に任せるとして、アロットは壁に背を預ける。
ゆっくりと今後の旅について考えることにしていた──が。
「お前さんが随行魔導師か?」
矛先がアロットの方にも向いてきた。
「………………そうだが」
「おお! じゃあお前さんもこっちに来てくれ」
「は?」
「騎士様を支える随行魔導師様だって、選ばれた存在なんだ。お前さんにももてなしをしたい」
「いや、待て。俺はいらない。何か適当に食えるものでもあれば──」
「おぉい! 随行魔導師様がここにいらっしゃるぞ!」
「話聞けよ!」
アロットの都合などお構いなしに腕を引っ張られる。
気づけば街の人間の殆どの目が向けられている。
もう逃げ場などなかった。
「……アロット・クランツだ。今回の巡礼の旅の随行魔導師に任命された」
渋々名乗ると歓声が沸いた。
今すぐにでも宿で眠ってしまいたいくらい頭痛がしてきた。




