第8話 海の果て
「これは二年前に海に出た魔導師達とのやり取りを記録した日誌になります」
机の上に広げられたページには日付と、船員とのやり取りが書かれていた。
「ウィル様と魔導師数名を乗せた船は海の調査を目的とし旅立ったのですが、私はこの監視塔から通信魔術で船員の魔導師とやり取りをしていました」
「その、船ってどういうものなんでしょう」
「その時の船はグランクレイグの魔導師も協力して造らった特注品になります。寝室と食糧庫が一体になった小屋をつけた、六人程で乗れる薄い鉄製の船です」
そう言って別の絵が描かれた紙を机の上に置く。
ラディアメルクでは船で漁を行っているが、その船よりも一回り大きいくらいか。
大きな違いは船体の真ん中に立てられた大きな旗のようなもの。
「通常の船同様に魔術の風により進むんですが、この船は大きい為、この帆で風を受けることで魔術効率が上がるとのことです」
「これは誰が考えたんだ?」
「ウィル様ですね。ただ、この船に関してはクウィン様の命令で今は造ることを禁止されています」
「え、何故ですか?」
「模倣犯が出ないようにする為です」
「それは……」
察した言葉をフェリシアは飲み込んだ。
二年前の航海から帰ってきた者はいない。
海の上で亡くなったと考えるのが妥当だろう。
「禁止したところで似たようなのを造る奴は出てくるだろうけどな」
「そうですね。ただ、卓越した魔術使いでなければ、あれほど軽量で丈夫な鉄の船は造れるとは思えませんが」
「だからグランクレイグの魔導師か」
「現在ラディアメルクで使われている漁船は木造になりますが、ウィル様は耐久性に難ありと見て鉄製の船を造ることになりました」
「ちなみに……その漁船というのはどういう物になるんですか?」
フェリシアの言葉にミーアは更に紙を取り出した。
船というものを見たことがないので、一つ一つの疑問がアロットよりも多いのは仕方がない。
ミーアはこれも絵を持ってきて説明する。
「こちらが普段使われている船になります。魔術で木を繋ぎ合わせて造られた小型の木造船です」
「確かに、先ほどの鉄の船と比べると頼りない感じがありますね」
「こっちは一人二人用だな。魔術で強化させた使い魔や魔術で翼獣や水獣を具現化させた召喚魔術で魚を取る。特に召喚魔術はラディアメルク特有の魔術だな」
部屋を徘徊している誰の物かもわからぬ水の猫を指さすと、フェリシアは「なるほど」と納得した。
「すみません。話を遮ってしまって」
「いや、いい。船なんて見ることがないからな」
「それでは、調査船がどうなったかを話させていただきます」
改めて、ミーアは目を伏せて深く息を吐いた。
「航海は順調でした。通信魔術も問題なく繋がり、この監視塔から見えなくなっても定期的に連絡を取ることが出来ました」
「それはそれで凄いな」
「通信魔術は使い手同士の相性の部分が大きいですからね。お互いに通信魔術が優れていたことと、あとは血の繋がりがあることもあるのも大きいと思います」
血の繋がり──その言葉にフェリシアとアロットは息を飲んだ。
まさか肉親が二年前に帰らなくなった魔導師の一人とは思わなかった。
それでも、魔導師として気遣いは無用と言わんばかりに、ミーアは淡々と話を続ける。
「それは突然のことだったと。天候が急に変わり、暗雲が空を覆って夜のように暗くなりました。絶えず吹き荒れる暴風と鳴りやまぬ雷鳴の中を船は進み続けました。
「姉さんはその中で状況を細かく教えてくれました。船体には修復が間に合わないほどの亀裂が走り、ウィル様の障壁で高波は防げても船の底から浸水し……そこまで説明されたところで通信が途切れました
「最後に『なにかいる』と言っていました。それがいったい何なのかはわかりません。嵐の中で何を見たのかは想像もつきません。ただのモンスターであればその程度の報告を最後にするのかという疑問があります。それとも人影や船影でも見えたのか……。
「今も約束した時間に通信を試みていますが、残念ながら繋がることはありません」
船の最後を説明し終えるとミーアは一つ息を吐いてアロットをじっと見た。
「どうし──」
「罵ってください」
「は?」
「なんでもいいので罵ってください。ご褒美が欲しいです」
「嘘だろあんた……」
急に無茶ぶりをされてアロットも思わず後ずさった。
何故、罵る必要があるのか。
何故、ご褒美になるのか。
何故、このタイミングで要求されたのか。
全てが理解できずに困惑していた。
「実姉が関わっているからでしょうね。私がこの話をすると本当に空気が重くなるから嫌なんです」
「だからってなあ」
「アロット様のような背の高い男の人の低い声による鞭と、フェリシア様のような清廉潔白な凛とした声による飴で整いたい気分なんです」
「……だってよフェリシア」
「え!?」
フェリシアの方は完全に言葉を失っていた。
船の話を聞いて恐らくは気を遣おうとはしているんだろうが、それは覚悟を決めた魔導師に対して逆に失礼だと思っているんだろう。
様々な感情が交錯しているのが顔に出ている。
「わ、私は……」
フェリシアは何か言葉を振り絞ろうとするが何も言えなくなる。
その表情を見てミーアはわざとらしく胸を押さえた。
「騎士様にそんな顔をさせてしまった罪悪感が……」
「え、いえ。ミーアさん、その──」
「その背徳感に新たな扉を開きそうになっている罪悪感が……」
「あんた人生楽しそうだな」
気を遣うだけ無駄と言うことだろう。
アロットも一つ息を吐いてフェリシアの頭に手を置いた。
「ウィル様と姉さん達の話は既にラディアメルクの皆さんには知られています。フェリシア様が気に病む必要はありません」
「……わかっています」
それでも重い顔をしているフェリシアをじっと見たミーアは人差し指を立てた。
「ちなみに、習得者が少ない通信魔術ですが。私と姉さんはこれにとても長けていまして、一度会ったことがある人になら一方的にでも通信を飛ばすことが可能です」
「それはすごいな。いろいろ条件が必要な魔術だと思っていたが」
「監視塔で見つけた異常は素早く伝えなければなりませんからね。フェリシア様も凄いと思いますよね」
「え、は、はい。私は魔術のことがわかりませんけど、通信魔術が難しいことは教えてもらいました」
「そうなんですよ。すごいんですよ」
フェリシアが気負っているのを感じてミーアが話題を逸らしたのを、フェリシア自身も察し固く息を飲みこんだ。
既に手遅れな事、フェリシアにはどうしようもないこと。
それらを全て飲み込んで、蒼い瞳にまた力が籠る。
「とても綺麗な瞳をしていますね」
ミーアは小さく笑みを浮かべた。
「フェリシア様。あなたの旅の無事を祈っています」
「っ……はいっ」
ミーアは相変わらず淡々というが、その言葉には確かに思いが込められている気がした。




