第7話 監視塔
ラディアメルクの街から外れた岬にある監視塔。
海に異常がないか見守るのが役目であり、ラディアメルクにおける重要施設の一つである
「ここが監視塔ですか」
フェリシアが高い塔を見上げる。
グランクレイグの高壁ほどではないが、ここまで高い建造物を見るのは初めてだろう。ぽかんと口を開けながら見上げていた。
「海に出た船が帰る方向を見失わないようにする為でもあり、海からの脅威を監視する為に建てられたものだ」
「海からの脅威ですか?」
「ラディアメルクには時々海からモンスターがやってくることがあってな。それを早期に発見して通信魔術で魔導師団に伝える役割がある」
「モンスターが海から……よくそんなところで皆さん遊んだりしますね。あんな恰好で」
「俺がなんで海に入らなかったかわかったか」
ラディアメルクの人間は他の街に比べると危機感がない。
これはあくまでアロット目線でそう感じるだけかもしれないが、自由を尊重している魔術都市ということもあり、そこら辺の警戒意識が低いのもあるだろう。
とはいえ、騎士と違って魔導師達は魔術でモンスターを撃退できるので、装備の有無は騎士に比べるとさほど問題ではない。
「やっぱり魔導師団は一枚岩じゃないよなぁ」
グランクレイグやローインクレーに配属されている魔導師は規律を重んじている。
北方魔術都市セヴェーレでは、極寒の過酷な環境と大陸の中でも特に強力なモンスターが多い為、配備されている魔導師も神経質になっている。
ラディアメルクは特に緩い雰囲気がある。
「急に来て中に入れてもらえるんでしょうか」
「どうだろうな。俺だったら入れたくはないが」
「余所者ですもんね」
他の街での魔導師の当たりが強かったからか、フェリシアも半ば諦めているかのように笑った。
二人の予想に反して入り口の魔導師は快く出迎えてくれる。
「まさか巡礼の騎士様と随行魔導師様がこんなところに来てくださるなんて……どうぞ中をご覧ください」
監視塔の入り口で見張りをしていた魔導師に挨拶一つで快く通してくれた。
本当に大丈夫なのかとい心配になるが、余計なことは言わないようにした。
「すんなり通れちゃいましたね」
「まあ……いいだろ」
階段を上り、上へ上へと進んでいく。
監視塔の最上階の扉を開けると、そこには魔導師が数人たむろしていた。
テーブルの上の資料に向き合う者、隅の方で椅子に座り船を漕ぐ者、魔術で水の猫を徘徊させる者。
なんともまとまりがなく、仕事をしているのか不安になる。
「フェリシア・ブレイクハート様、アロット・クランツ様ですね。クウィン副師団長様から話は聞いています」
眠そうに目を細めた魔導師が真っ先に声を掛けてきた。
魔導師団の制服のサイズが合ってないのか、手は袖の中に隠れてしまっている。
こういう自由な服装もラディアメルクならではか。
「この監視塔の管理を任されている一等魔導師のミーア・メイヴです」
夜の海のような深い青色の瞳と髪をしたミーアが軽く頭を下げる。
一等魔導師──中隊長を任せられるほどの指揮能力を有している魔導師。
かなり幼いような気がして、アロットは他の魔導師の方をちらりと見た。
「今、『こんなガキが?』と、思いましたよね?」
「いいや?」
思っていた……。
子供にしか見えない容姿の女性が、一等魔導師などという階級を持っていることに違和感があった。
「安心してくださいアロット様。私は今年で二十七歳になります」
「そう……っすか」
「そうなんです」
意外と年上だったので思わず敬語になってしまう。
人は見た目によらない。とは言うが……。
(思えば、この旅で年齢と見た目が合致している人の方が少ない気がしてきたな……)
その筆頭がフェリシアである。
「ミーアさん。初めましてフェリシアです」
「フェリシア様。お初にお目にかかり光栄にサインをください」
「え、サインですか?」
挨拶を言い切る前にミーアは堂々と欲望を吐き出した。
やはりミーアも騎士を尊敬しているようで、深い青の瞳は寝ぼけていると思わせて確かにフェリシアを見上げる目は輝いて見えた。
「こちらに紙とペンとインクがこざいますのでお願いします」
「準備がいいっすね」
「この監視塔は暇ですからね。私はたまに屋上に出て絵を描いていたりするのです」
「へぇ」
確かに部屋の中には海や鳥を描いた絵画が置かれている。
そうして部屋の中を見渡していると、他の魔導師が特に自分たちに反応をしめしていないことに気づいた。
(……いや、そうでもないな。チラチラとこっちを見ている)
気になるけど話しかけられない様子。
そんなことより仕事をしろと思い、まさかと思って中央に置かれたテーブルの上を見てみると、やはり描きかけのミーアの絵が置かれていた。
ちゃんと仕事をしているのか不安になってきた。
「それでミーア一等魔導師に聞きたいことがあるんですが」
「ミーアでいいですよ、アロット様。貴方のような背の高い男にぞんざいに扱われるのは好きなんです」
「そう言われると逆に嫌なんですが?」
淡々ととんでもないことを言うミーアに戸惑ってしまう。
それとも寝ぼけているのだろうか、これもラディアメルクが育んだ自由性なのだと割り切ることにした。
「それで聞きたいのは何ですか?」
「白き異形についてミーアは何か知っているか?」
「ええ、聞いてますよ。ローインクレーに出た異質なモンスターですよね」
「それらしきモノを見たとクウィン副師団長から聞いたんだが」
「ああ、それですね。少々お待ちください」
ミーアは部屋の隅に置かれた机の上から一枚の紙を持ってくる。
「こちらは、ミーアさんが描かれた絵ですか?」
「はい。こんなところではこういうことで暇をつぶすしかないので」
「暇なのか」
「それはもう」
それだけ平和であることを証明しているのだろう。白き異形についてはやはりクウィン同様に危機感がなくてアロットも気が抜けてくる。
あるいはアロットだけが警戒しすぎているのかもしれない。
「その白き異形と思われる翼獣がこちらになります」
見せられた絵には雄大な海が描かれていた。
その海と雲の上を飛んでいると思われる白い翼獣。
白い毛に大きな翼と四本の脚、それらは既存のモンスターには見られない特徴であり、ローインクレーで見た白き異形に酷似している。
だが、気になる点もいくつかあった。
「こいつの尻尾には剣のようなものはついてなかったか?」
「報告に会った尾の大剣ですね。それが、それらしきモノは見当たりませんでした」
「なんだと?」
「私も魔導師の端くれですから、その点は注視していましたが、それらしき得物は見当たりませんでした」
嘘ではないはずだ。
あんなに目立つものがあるならここに描かれていないはずがない。
なにより、あんなあからさまに危険な得物を持っている敵が上空を飛んでいるとしたら、ラディアメルクの魔導師でも流石に危機感を持って対応している。
「これって、海の方から飛んできたんですか?」
率直な疑問をフェリシアが口にする。
確かに海の上を飛んでいるのだから海から来ているように見える。
「私が見かけたのは海の上を飛んでいるところですね。白き異形という未知の存在を考慮した場合、この生物が海の向こうからやってきたという可能性もあり得なくはないと思います」
「海の向こうか……」
誰も辿り着いたことがない水平線の向こう側。
ある人物は海は無限に広がっているという。
ある人物は断崖絶壁のように奈落へ落ちるいう。
ある人物は別の大陸があるという。
未だ未知の存在である海だが、その果てを知ろうと二年前に夢追い人達が船に乗ったという話がある。
「お二人には話しておきましょうか。二年前に海へと出た魔導師達──前副師団長ウィル・ダグラス様の旅を」
ミーアは一つの日誌を取り出した。




