第6話 巡礼の意義
ラディアメルクの魔導師団の拠点は、内部に魔術学院を有しているため三つある魔導師団の拠点の中でも一番大きくなっている。
その建物の最上階が南方統括官の執務室である。
「ここからの眺めもなかなかのものだろう?」
大きなガラス窓の前に立ってクウィンが表情一つ変えずに言う。
ラディアメルクの海を一望できる特等席だが、今はそんなことはどうでもいい。
「それで、話ってなんですか?」
アロットは少し不満げにクウィンに問う。
フェリシアは水着から騎士の正装に着替えており、蒼い瞳も抜刀状態でなくいつものフェリシアの状態である。
「確認をするべきだと思ってな」
「確認?」
「フェリシア様。貴方はいつまで旅を続けるつもりだ?」
「え? 私ですか?」
思いもよらない問いにフェリシアは大きく瞬きをした。
それはアロットも同じだった。
いつまで旅を続けるのか──無論、この巡礼の旅の最終目標は北の霊峰に向かうことだが……。
クウィンが何故そんな質問をしてきたのか。アロットにはなんとなくわかる気がした。
「アロット。貴様はどう思う」
「何がですか?」
「フェリシア様は既に示していると思わないか?」
「まあ、ドラゴンを倒せる者なんて早々いないですからね。」
「貴様も同じ意見か」
「え? アロットくん?」
フェリシアは困惑した様子で通じ合う二人の顔を見比べている。
巡礼の旅の表向きの目的は『この大陸に騎士が居たことを忘れないようにするため』だ。
それは騎士の威厳を示す為にも各地で人助けをするというもの。
だとすれば、災厄の象徴と呼ばれるドラゴンを倒したのならば、騎士の威厳は充分に示されただろう。
「どういうことですか?」
「騎士としての強さは充分に証明できてるってことだ。これ以上各地で人助けをする必要はないだろ」
「ちょっと待ってください。ドラゴンを倒せたのは私だけの力じゃありません」
「それでも倒せたのはフェリシアの力が大きいだろ」
「いえ、私は殆どヴェーラの手柄だと思います」
「確かにヴェーラの力も大きかったがな。それでもドラゴンにトドメを刺せたのはフェリシアの剣のおかげだろ」
ヴェーラの功績は大きいが、そのヴェーラと並ぶくらいにはフェリシアの功績も大きい。
ヴェーラが正式に与えられている魔術称号は紅赫伯だが、ドラゴンの炎に対抗できることを考えれば、推定銀聖将クラスの実力はある。
魔力を持たず魔術も使えない人間が、その超常とも呼べる魔術使いと肩を並べる実力があるのならば、このくだらない英雄計画はもう意味がないのかもしれない。
無理に旅を続ける必要はない。
「貴方はドラゴンを倒した。これは歴史的にも偉大なことであり、貴方の存在価値は充分に証明出来ると言える」
追い打ちを掛けるようにクウィンがフェリシアの功績を称える。
ただ、それでもフェリシアは納得いかない様子だった。
何故か、蒼い瞳はアロットを睨みつけた。
「なんだ?」
睨まれた理由を聞いてみるも、フェリシアはすぐにクウィンの方を向いた。
「お二人の仰ることは理解しました。しかし、私はそれでも、私は霊峰へ向かいます」
「何故だ。貴方がこれ以上旅を続ける意味などない」
「意味はあります。私が騎士の使命を与えられたからです。私がここで旅を中断させるわけにはいきません」
「騎士として死ぬのが使命だと?」
フェリシアは首を横に振った。
胸に手を当て魔導師団式の敬礼を持って、彼女は自身の正直な気持ちを伝える。
「いいえ。私は必ず生きてこの巡礼を成し遂げます。それはこれまでの騎士の無念を晴らすことでもあり、これからの騎士の歴史を変えるためでもあります」
「それが騎士となった貴方の役目だと?」
「はい。それはきっと私にしか──フェリシア・ブレイクハートにしか出来ないことですから」
巡礼の旅は逃れられぬ死の運命。
その暗黙の了解を破らない限り、この先も騎士として旅立たされる者が後を絶たないだろう。
そして、その暗黙の了解がある限り誰も騎士に手を差し伸べない。
「私が、この先の未来の騎士の存在価値を証明してみせます」
決意を胸にフェリシアが宣言する。
アロットは少し自分が情けなくなった。
騎士の旅を支えるのが随行魔導師の役割だというのに、騎士に旅をやめさせようとしたのだ。
「アロットくんもいいですか?」
「騎士がそうするなら俺は従うまでだ」
「ありがとうございます」
笑みを浮かべるフェリシアの顔を見て、気まずそうに頭を掻いた。
「これからの騎士の為か。アロットもそれでいいんだな」
「ええ、俺は随行魔導師ですから」
「そうか」
クウィンも引き止めるようなことはしない。
「私はこの巡礼の旅は騎士の立場を理解させるためだと思っていた」
「騎士の立場?」
「魔術の世界を見せることで、魔術を使えない者に居場所がないことをわからせる為の旅だと思っていた」
おそらくはそのような目的もあったかもしれない。
魔術が使えないことはどれだけ異質なのかを理解させ、騎士が何故死ななければならないかを教え込む旅。
口にはしなくとも、そういう目的はあったのかもしれない。
「だが、フェリシア様を見ていると案外そうでもないのかもしれない」
「私、ですか?」
「旅を終えたら、貴方にはラディアメルクの魔導師団に加わっていただきたい」
「ま、魔導師ですか!? 私が!?」
「正式に騎士という役職を用意しようと思っている」
顔を見るにふざけて言っているわけではなさそうだ。
ドラゴンを倒せるほどの戦力は放っておけないのだ。
「それは、うれしいですが……。今は旅を終わらせることだけを考えようと思います」
「そうか。気が向いたらいつでも声を掛けてくれ」
クウィンの顔には笑みが見える。
「話は以上だ。二人とも下がっていいぞ」
「はい。失礼します」
二人は敬礼をして部屋を立ち去ろうとする。
「ああ、そうだ。アロット」
と、何かを思い出したかのように呼び止められる。
「ラディアメルクの離れの岬に監視塔があるのは知っているか?」
「はい。海に異常がないか確認するための施設ですよね」
「そこで白き異形を目撃したという話が先日の報告で上がってきた」
「なっ!?」
予想外の言葉にアロットは目を見開いた。
白き異形がこの近くにいる。それなのにクウィンはあまり警戒をしていないように見える。
魔術を無効化する異質なモンスターの目撃を、何故そこまで落ち着いていられるのか疑問だった。
「なにかあったんですか」
「ああ、貴様の報告と少し異なる部分があった」
「異なる部分?」
「気になるなら監視塔に向かうといい。その方がわかりやすい」
「……わかりました」
最後に気になることを言われてアロットは退出する。
どうしたものか。と、なんだかんだ落ち着けない日々が続いていることに、深いため息をつくしかなかった。




