第5話 秘められた力
アリア。
ヴェルナトのあの遺跡に置いてあった棺にもその名前があった。
「やっぱり何か知っているのか?」
いや、アリアなどと言う名前はありふれたものだ。
追いかけて問い詰める気にもならないし、そもそもどこに行ったのかもわからない。
イルミーナの話を聞いて、真に問いただすべきは他にいるとアロットは感じた。
騎士と随行魔導師を任命した魔王だ。
もう一度、彼に騎士についいて聞く必要がある気がした。
「誰かいたんですか?」
「ああ、ちょっとな」
考え事をしていると海から帰ってきたフェリシアが声を掛けてきた。
白の水着を着た大胆な姿だが、恥じらう素振りもなく堂々としている。
やはり剣を振るうからか、かなり引き締まった身体をしていて、それでいて決して細すぎることはない身体つき。
そう考えると胸の脂肪は剣の邪魔にならないのかと思ったが、そんなことを言えるわけもない。
今のフェリシアの瞳は抜刀状態にある。
「さっきまで恥ずかしがっていたのに。その格好にはもう慣れたのか?」
「慣れた。わけではないですね」
「そうなのか」
「ただ、コツは掴んだんですよね」
「コツ?」
泳ぎのことだろうか。
胸に手を当てているところを見るとそういうことではないようだが。
と、フェリシアの肩越しに後ろの日陰で休んでいる赤い水着姿のマルタが見えた。
魔導師では騎士の体力について行くことはできなかったようだ。
「アロット君やヴェーラが私に言っていたことがわかったんです」
「俺やヴェーラが? 何か言ってたか?」
「はい。私は以前から自分でも剣を握った時に何か……研ぎ澄まされるような感覚はあったんです」
へぇ。と、アロットは顎に手を当てた。
抜刀状態で雰囲気が変わるのに一応自覚はあったらしい。
「ヴェルナトでエリオットさんの魔術を受けた時、その感覚がはっきりとわかる感じがしました。それでこの感覚をコントロール出来るように練習してたんです」
「なるほどな。…………で、何で今その状態になってるんだ?」
「簡潔に言うとすごく冷静になります。こんな
痴態もどうでもよくなるほどに」
「痴態って言うな。俺が気まずくなるから」
とはいえ、こんなくだらないことにもその状態になれるということは、本当に自覚してコントロール出来ているのだろう。
アロットでも恐れる殺気を放っていないところも、戦う意思とは別で制御出来ているように見える。
(けど、正確に言えば剣を握った時ではないはずだ。そのことには気づいてはいないのか)
白き異形の時のフェリシアはいつものフェリシアだった。
それ以外では確かに今のような冷たい蒼の瞳をしていたが、白き異形の時だけは違っていた。
何か関係があるのか、あるいはその時から意図的に……。
もしかしたら、白き異形が騎士だと気づいているのか。
「フェリシア」
「どうしました?」
「もう一度、拘束魔術を掛けていいか?」
「構いませんよ」
フェリシアに向けて手を翳す。
今までと同様に拘束魔術を掛ける。
「……っ!」
一瞬、フェリシアの膝が折れかかったが耐えてみせた。
ここまでは大丈夫だ。普通に魔術が掛かっている。
──が。
「あ」
と、フェリシアが声を漏らした瞬間。
魔術の手応えがなくなるのを感じた。
「もう一度お願いします」
「待てフェリシア。今『あ』って言ったな? 自分で何かしたって感覚があるのか?」
「はい。拘束魔術に抗おうとすると魔術を無効化してしまいます」
「待て待て待て。今なんて言った?」
「魔術の無効化と」
「自覚してんのか!?」
「え、あ。言ってませんでしたか?」
「聞いてねぇよ!!」
思わず声を上げる。
抜刀状態のフェリシアは驚きはしないが、まずいことをしてしまった感覚はあるようで、ゆっくりと目を逸らした。
「すみません。自分でコントロールできるようになったのは最近なので」
「いや、いい……。それで、身体自体には何か変化はないか?」
「ないですね」
「はっきり言うんだな」
「魔術を斬る感覚自体は以前からあったので」
「……確かに、リゲルの魔術も斬ってたな」
今になって思えば、あれも魔力の無効化の力が現れてたのだろう。
炎を斬るなんて芸当、普通なら剣で出来るわけがなかった。
「それを自分のモノにしたって感じか」
「それとも、何かおかしいところはありますか?」
「いや、外見上はないと思うが」
確かに水着姿を見られたのはいい機会だった。
フェリシアの身体に異常がないことがわかりやすい。
やはり、イルミーナの言う通りフェリシアは白き異形にはならないのだろうか。
(他の騎士の話は……言わなくていいな)
フェリシアを不安にさせるようなことは言わなくていいだろう。
イルミーナとの話は今は黙っておくことにした。
「フェ、フェリシア様〜……」
ふらふらと。砂場に引き摺った足跡をつけながらマルタが近づいてきた。
「大丈夫か?」
「も、問題ないわ。アタシは騎士に憧れてるのよ。フェリシア様と一緒に波打ち際を走ってキャッキャッしたって、皆に自慢するんだから」
「気力の振り絞り方が邪すぎないか?」
それにしても……。と、アロットは思わず唸った。
フェリシアの方が歳は下だが、マルタと比べると身体つきがいい。
騎士と魔導師の差かもしれないが、やはりフェリシアは十二歳とは思えない成長速度をしている。
「異常はない……か?」
「何か言いました?」
「いや、やっぱり白が似合ってるなって」
「驚きました。アロットくんは女の子の服装を褒めることが出来たんですね」
「……なんか口が悪くなってないか?」
そもそもこれは『服』という括りでいいのだろうか。
「ま、天気がいいな」
わざとらしく話題を逸らすように、額に手を翳しながら空を見上げた。
時間は真昼時、真上から見下ろす陽の光が少し鬱陶しく感じる。
違和感があった。
自分はここまで日の光が苦手だっただろうか。
「アロットくんも海に入ればいいじゃないですか」
「俺はいい。眺めているだけで充分だ」
「そうですか」
「フェリシアこそ今のうちに羽目を外しておけ、騎士の正装を脱ぐだけで意外と気づかれてないんだから」
ラディアメルクの門前広場での騒ぎが嘘だったのではないかと、そう思えるほどに近付いて来る者がいない。
騎士の名前は知っていても顔は知らないのだから当然と言えば当然なのかもしれない。
「まあ、剣を担いだ長身の男が睨みを利かせていたら近づかないでしょ」
「別に睨んではいない。水面が眩しいだけだ」
確かに目を細めているが、別に睨んでいるわけではなかった。太陽の光が鬱陶しい。
「ここにいたかアロット・クランツ」
凛とした声が背後から聞こえた。
振り返ると、クウィンが周囲の人々の視線を集めながら歩いてくる。
「クウィン副師団長?」
「君達に話がある。私の部屋まで来てもらえるか」
「俺と、フェリシアもですか?」
「ああ。だが、マルタ・フラークは来なくて結構だ」
「言われなくてもわかってる。ってかフルネームで呼ぶのやめてよクウィン様」
そう言いながらも拗ねるマルタを置いて、クウィンが背中を見せた。
こちらの都合などどうでもいいかのような態度だが、別に何かあったわけではないだろう。
何もないことをアロットは祈っていた。




