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神の見捨てたエリュシオン  作者: 雨屋二号
第1章 中央交易都市ローインクレー
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第4話 剣の意義

 騎士でなくても剣は振るう。

 ただし、この世界での剣は『魔力を込めた一撃で叩き潰す』為のものだ。

 あくまで魔術に自信がない者の最終防衛手段でる。

 乱雑に、力の限り、対象に向けて、叩きつける。

 それがこの世界における剣の役割だ。

 

 故に、剣を知っていても""剣術""は知らない。


 斬る為の仰々しい剣など要らないのだ。

 その常識があるからこそ、誰一人としてフェリシアの放った四つの銀の軌跡(・・・・・・・・)を、目で追えた者など誰もいなかった。

 ただ一人、アロットを覗いては。


「何故ですか」

「…………あン?」


 フェリシアが静かに問いを投げる。


「何故、魔導師である貴方が魔術で人を襲うのですか」


 その冷たい蒼い瞳は真っ直ぐにリゲルを見つめる。

 先程までアロットの背後で戸惑っていた少々の姿は消えていた。

 先程の不気味な気配は間違いなくフェリシアから感じたものだ。


(怖いくらいに剣を抜くと人が変わるんだよな……)


 人の感情に魔力は呼応する。

 敵対者の脅威は魔力の振れ(・・)によって感じ取ることが出来る。

 ならば魔力を持たないフェリシアはどうだろうか。

 この場にいる人々の中で、アロットだけがフェリシアのそれ(・・)を感じ取っていた。

 魔力ではない何か、殺気──とも呼べる冷たい脅威を。


「テメェには関係ねェだろ!」

「関係あります」

「あァ!?」

「もし、貴方がこのまま街の人達を襲うというのなら──」


 フェリシアはゆっくりと剣を構える。


「騎士として、私は貴方に刃を向けます」


 銀の刃に冷たい蒼い光を乗せる。

 そこまでされてやっと、リゲルも彼女のただならぬ雰囲気を感じ取る。

 堪らず、半歩後退りしたところで────


「ぅぐっ──!?」


 リゲルの動きが固まり、身体が地に落ちた。

 うまく声も出せない程の圧迫感に身体が落ちると、フェリシアはそれを静かに見下ろした。

 魔導師であるリゲルは、自分が一体何をされたのかを即座に理解し、フェリシアの後ろに立つアロットを睨みつけた。

 魔導師の必修魔術の一つである拘束魔術。


「て、テメェ……!」


 フェリシアは振り返ると冷たい蒼の瞳がアロットを見た。

 アロットは一つため息を吐いて、フェリシアの頬を軽く摘んだ。


「…………」

「落ち着け、剣をしまえ」

「……ふぁい」


 頬を摘まれても眉一つ動かさず、フェリシアは言われたまま剣を鞘に収める。

 すぐにいつものフェリシアに戻り、アロットに摘まれた頬を撫でて複雑な表情をしている。


「この野郎ふざけンな! テメェが戦えよ!」

「ふざけてんのはあんただろ。こんなところで詠唱までして魔術を放ちやがって、どれだけの被害が出ると思ってる? フェリシアも言ってたが魔導師としてどうなんだ?」

「はっ! 何を偉そうにしてンだ? 女に守ってもらってプライドはねェのかよ! ……ぐっ!?」


 アロットが黙って拘束魔術を強くすると、リゲルは苦悶の表情を浮かべた。

 ここまで強力な拘束魔術はリゲルも初めて受ける。

 それも予備動作も殆ど確認できない。魔力の振れすらも発動前に感じられないほどに卓越した技術。


「俺はあんたみたいな派手な魔術は使えない。これで勘弁してくれ」

「テ……テメェ……!」


 地面に頬をつけて這いつくばるリゲルをアロットは見下す。

 同じ魔導師にこんな狂犬みたいな男がいたことに呆れてため息が出る。

 確かにローインクレーは冒険者と魔導師が揉めることはアロットも聞いたことがあった。それでも、このリゲルという魔導師はいささかやりすぎている。

 やりすぎている。……が、アロットも魔術に生きる人間である。

 自分には扱うことのできないであろう炎の大蛇に魅せられていた。


「それにしても、あれだけの魔術を見たのは初めてだ」

「な、なんだよ急に……。言っておくがな、さっきのはまだ全力じゃねえぜ?」

「こんな街中で全力で魔術を放つ魔導師がいるかよ」

「さっきの魔術は詠唱を間違ってたんだよ。正確には""噛みつくして 燃やし尽くせ""だ。燃やした後に噛みつくすなんてできねぇだろ?」

「確かに違和感はあった。だが、詠唱違いでもあそこまで出力があるとはな」

「へっ、なめンじャねーぞ?」


 治安を守る魔導師ではあるが、二人とも魔術に対する意識は強い。だからこそ魔導師になったのだ。

 アロットがリゲルの魔術に関心を示すように、リゲルもまたアロットの拘束魔術の技術の高さを体感している。

 故に二人は互いに自分が本分としていない領域を知り、この短時間で認め合うような関係になりつつあった。


「詠唱間違いってそんな堂々と誇れることなんですか?」


 それは魔力がなければ魔術も使えないフェリシアには理解できなかった。


「それよりもアロット君? お話は魔術を解いてから話をしたらどうですか?」

「駄目だ。こいつは何をするかわからん」


 リゲルが地に伏せたまま会話をする二人に違和感を覚えて指摘するも、アロットは断固として拘束を緩めたりしなかった。


「騒ぎの原因を知らなきゃ解放も出来ないだろ。またあの規模の魔術を放たれたら洒落にならん」

「だ、大丈夫ですよ。私が居ますから。ほら、怪我もしてないですし、させてません。さっきのは全然大したことなかったですし──」

「馬鹿にしてんのか! 女ァ!」

「へぇぁ!? そ、そういう意味じゃないです! さっきの魔術は凄かったです!」


 早く解放してあげて欲しくて言ったつもりだが、その言葉はリゲルの神経を逆撫ですることになる。


「てめぇなんか随行魔導師がいないけりゃ何もできない無能(・・)だろう────がっ!?」


 そこまで言って、リゲルは声も出せない程の圧力に屈する。

 何も言わず、アロットはただ静かに拘束魔術を強めていた。


「誰が無能だって?」


 見下ろして問いを投げるも、喋ることも首を振ることすら出来ず、リゲルはただ汗を流して力の限り歯を食いしばることしか出来なかった。


「ま、待って下さいアロットくん! 私なら気にしてませんから!」


 フェリシアの言葉にため息を吐いて拘束を緩めると、地面に這いつくばったままリゲルは息を切らしていた。

 それでも気力を振り絞った目でアロットを睨みつけている。

 未だ一触即発の空気が漂う中、観衆の中から凛とした声が静寂を破った。


「これは何の騒ぎかしら」


 赤い髪をした魔導師の女性が人混みを掻き分けて歩いてくる。

 堂々たる歩みで現れた赤い髪と水色の瞳をした女性魔導師は、その立ち振舞いだけでそれなりの地位を持つことを察せられる。

 その団服の腕には白い一本線──一等魔導師の階級を持つことを示している。

 アロットはその女性の顔に見覚えがあった。


「アルテさん?」

「あら、アロット。久しぶりね」


 長い赤髪の魔導師──アルテ・バーランはアロット顔を見ると、小さく微笑んだ。

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