第3話 魔導師と冒険者の関係
バリーと名乗ったスキンヘッドの男はアロットとフェリシアに簡単に状況を説明すると、二人を連れて足早に歩みを進めた。
人混みをかき分けて歩いていくと、一箇所だけ周囲に人集りを作っているところに出る。
「あんたら! あの二人を止めてくれ!」
指差した先で二人の男が向かい合って立っていた。
間合いを空けて立つ二人。
それぞれの陣営の取り巻き達が、二人の後方で待機しているのが見える。
向かい合った二人の間から覗く小さな店のカウンターが、おそらくバリーの店なのだろう。
「ただの喧嘩だな」
「けど、アロット君。あっちの人は魔導師……ですよね?」
「そうだな。もう片方は冒険者だな」
「冒険者?」
「勝手にモンスターを狩って生計を立てる命知らずな奴らだ」
片方の男は魔導師団の制服を着ているので魔導師なのはフェリシアにもわかる。
ギラギラとした金色の髪に赤の瞳、鋭い犬歯を見せて相手を睨みつけている。
対面する男の方は腰に剣を差しているところを見て、アロットは彼が冒険者と見極めた。
「戦闘時の防御手段として魔導師は魔力の壁を展開し身を守る。魔導師であれば必須技術として身に着けさせられるが、一応あれも高等技術だからな。習得できない冒険者はモンスターに急接近された時用に剣に魔力を込めて叩く。という手っ取り早い防御手段を基本としている」
「どうして魔導師と冒険者の方が争っているんですか?」
「知らん」
困惑の中に悲しみの混じったような目で二人の男をフェリシアは見つめる。
周りの人々は心なしか楽しんでいるように見えるので、そんなに重く考えなくていいことだろう。
実際、多くの人々が行き交うローインクレーではこういう騒ぎは日常的に起こることだ。
それでもフェリシアには人同士の争いは刺激が強いようで、どうするべきかを真剣に考えている。
(そもそも騎士の役目はモンスター討伐だしな)
少し茶化すようなことを言ってフェリシアの肩の力を抜いてあげようとも思ったが、アロットは代わりに小さな頭に軽く手を置いた。
「アロット君?」
「同じ魔導師の問題となれば、ここは俺の仕事だからな」
面倒くさいが。と、小さく愚痴をこぼしながらアロットは揉めている男たちのほうに向かう。
「おい、何やってんだあんたら」
臆することなくアロットは男たちの間に入ると、気怠げにしつつも睨みつけるように二人の男を順番に見た。
「あァ!? お前誰だよ?」
「な、なんだよ! 応援を呼んだのか!? やっぱり魔導師連中は腰抜けしかいねぇな!」
「ンだとォ!」
何も考えずに割って入ったせいで余計に拗らせてしまった気がしたが、アロットはとりあえず二人の様子を伺い状況を確認しようと思考を巡らせた。
魔導師の方は今にも手を上げそうなくらいに気が立っているように見える。
冒険者の方は声を張ってはいるが、少し怯えているようにも見える。
「おい、テメェ魔導師か?」
「見れば分かると思うが」
「見ねェ顔だな? 余所もンだろ、すっこんでろ」
恐らくそれほど歳は離れていないように見える魔導師と、その後ろにも彼を支持しているような魔導師達が数名控えている。
団服の二の腕部分に入った白い二本線を見つける。二等魔導師──魔導師団の階級を証明するものだ。
二等ともなれば小隊長を任せられる程のポジションであり、彼を慕う部下も少なからずいる。
つまりはそこそこの実力だと判断出来る。
「待てリゲル!」
「なんだよ?」
と、取り巻きの一人がリゲルと呼ばれた二等魔導師を引き留める。
「お前、騎士の随行魔導師だな?」
「そうだ」
「随行魔導師……なるほどなァ、特等相当か」
リゲルは後ろに立つフェリシアを見ると、もう一度アロットの顔を見た。
フェリシアはそれを見てアロットの背中に近づいて耳打ちをする。
「アロット君、そんな偉いんですか?」
「魔導師団の階級の中でも『特等魔導師』は単独で特別な任務を請け負うエリートだ。だから相当な実力者じゃないと特等にはなれない」
「特等相当って、つまりアロット君の魔導師の階級はその特等魔導師なんですか?」
「俺の場合は逆だ。特別な任務……巡礼の騎士の護衛──随行魔導師という立場になったからこそ、『特等相当官』という仮の階級を与えられている」
特等魔導師という階級自体は魔導師団でも上から三つ目の階級になるが。
アロットは魔術学院を卒業後そのまま随行魔導師になった為、魔導師団内での正確な階級は一番下の『四等魔導師』になるのが正しい。
「確かめてやろうじゃねェか。特等がどれほどのもンかよォ!」
語気を強めるリゲルの魔力が高まるのを感じる。
それはアロットだけではなく周囲の人間もわかったようで、「来るぞ……」という期待の声が小さく聞こえてきた。
住民はすっかり慣れている。
魔術と魔術のぶつかり合い。それが魔導師同士であるなら余興としては充分。
アロットは舌打ちをして頭を掻いた。
(悪いが、その期待には応えられないな)
渾身の魔術をぶつけてくる気のリゲルに対して、アロットも魔術で応える気はなかった。
魔術は使うにしても、それは魔導師であれば誰でも使える拘束魔術。
相手の動きを止め、強く締めればその苦しみで魔術の使用も制限出来る。治安を守る魔導師団の必修魔術。
つまり、リゲルが強力な魔術を魅せる前に止めるという、この場を白けさせる選択である。
「やめてくれー! 俺の店の前で!」
胸を膨らませる外野の中からバリーの嘆く声が聞こえる。
「そう言われたら仕方ない。よな」
あくまで人助けということで、アロットはリゲルの方に手を上げ、拘束しようとした──その時だった。
「──っ!」
ぞくり。と、脊髄を白い指で撫でられるような感覚。
首筋に冷たい汗が伝うのを感じ、思わずアロットの動きが止まる。
アロットはこの感覚を知っている。目の前のリゲルによるものではない。
それは背後の騎士によるもの。
「フェリシ────!」
振り返ろうとした瞬間。
「""我がしもべの炎よ""」
アロットは再びリゲルの方へと意識を引っ張らる。
(詠唱!? 馬鹿かこいつ!)
魔術の詠唱。
人は魔術を用いて生活するのが常識であるこの世界で、魔術は当たり前のように行使するものだ。
人々は手や足を動かす時に『動け』などと命令しないように、無意識で魔術を使うことが出来る。
魔術の詠唱とは、その魔術に明確な意思を与える為のものである。
言霊を術式として、名を与えて役割とする。
この状況においての詠唱は明確に敵を──アロットを仕留める意思の込められたものであることに間違いない。
「""燃やし尽くして 噛み尽くせ""!」
叫ぶと同時。
リゲルの周りをとぐろを巻いて伸びる巨大な炎の蛇が顕現する。
人一人など余裕で飲み込める程の大蛇が立ち上ると、それはアロット目掛けて襲い掛かる。
「喰らえ! ""ブレイズサーペント""!」
アロットが危惧していた通りだった。
この魔術の規模では周囲の人間にも被害が及ぶ。バリーの店も間違いなく壊れる。
一人の人間に対して行使する魔術にしては度が過ぎている。
「このっ、馬鹿が!」
アロットは手をかざして魔力による障壁を展開することを試みた。
その程度では防げるはずもないとわかっていても、既に展開された魔術を止める術はない。
そう、思っていた。
「!?」
銀の閃撃。
目の前の炎の大蛇は刹那のうちに大きく四つに切り裂かれ、あっけなく霧散して消滅した。
「…………は?」
一瞬の出来事にその場にいた人々が口を開けたまま声を失う中、最初に声を出したのはリゲルだった。
だが、それ以上の言葉が出ない。
ここにいる誰もが何が起きたのか理解が出来てず、辺りが次第にざわつき始める。
ただ、アロットだけが理解していた。
いつの間にかアロットの前には銀の剣を抜いた騎士が立っていた。
その蒼い瞳は────冷たい光を帯びていた。




