第5話 ローインクレーの魔導師
アルテに軽く挨拶すると、フェリシアが興味ありげにアロットの背中から声を掛けてきた。
「お知り合いですか?」
「アルテ・バーラン。学生時代……魔導師見習いの時に実地演習で何回か会ったことがある」
背中が隠れるほどの長さの赤い髪に、スラリと伸びた整ったプロポーションをした女性魔導師。
彼女の登場でピリピリとした空気が少し和らいだのを感じる。
観衆はアロットとリゲルを切り捨てて好き放題に会話をしながら、巻き込まれてお縄に掛かるわけにはいかないので関係ないフリをし始めた。
「また、なのね? リゲル・クオンザイト二等魔導師」
「っ……アルテ一等魔導士……」
アルテは地に伏せるリゲルに歩み寄ると、水晶のような淡い水色の瞳で見下ろす。
リゲルは未だアロットの拘束魔術を受けながら、尖った歯を食いしばりアルテを見上げていた。
そのまま二人の睨めっこは続くと思われたが、すぐにアルテの顔は力なく緩み、深くため息をついた。
その様子を見てフェリシアがアロットに顔を近づけて小声で話しかけてくる。
「先生」
「どうした?」
先生。と、言われたのには引っ掛かるが小声なので気にしないことにした。
何よりフェリシアが聞きたいことがあったから、その呼び方をしたのだと理解した。
「一等と二等ってそんなに違うんですか?」
「二等魔導師なら小隊、一等魔導師なら中隊を率いる程度の権力がある。各地で魔導師に指示を出しているのは大体は一等魔導師になる」
「じゃあアルテさんはこの街の魔導師で一番偉いんですか?」
「いや、ローインクレーを含む四大都市では副師団長が街を管理している。だからこの街で一番ではないが、すごーく偉い人には変わりはない」
「すごーく偉い人っ」
途中から面倒になって子供っぽく表現したが、むしろその方が分かりやすかったのか、フェリシア尊敬の眼差しでアルテのことを見ていた。
一等魔導師もそうだが、アロットはリゲルの名前を聞いて彼の階級の高さに、ははぁと得心を得る。
(クオンザイト。グランクレイグでも優秀な魔術名家の一つか……、どうりで派手な魔術を使うわけだ)
血筋だけが魔術の全てではないが、それでも受け継がれた才能というものはある。
それにしても、アルテが『また』と言ったあたり、こういう騒動を彼はよく起こすことが伺い知れる。
「こんにちは。貴方が巡礼の騎士ね?」
「はい、フェリシア・ブレイクハートです。」
「アルテ・バーラン一等魔導師よ。よろしくねフェリシア」
「よろしくお願いします」
アルテはフェリシアと握手すると、今度はアロットの顔を見る。
「それで、アロットなの? リゲルを押さえつけてるのは」
「ええ、まあ」
「これは……縛塞とは違うわね。地面に押さえつけるようなむしろ、ユリウスのものに近い」
「参考にしてますけど、あそこまでの重力は再現出来てません。俺の拘束魔術はあくまで負荷になるくらいのイメージです」
「リゲルを抑え込むのは中々のものよ。それに魔力は感じるけど外見に特に変化は感じられないし」
「詠唱破棄だと不完全なんで、結果的に不可視になる感じっすね」
アルテは顎に指を当てて興味深くリゲルの状態を 観察する。
リゲルはあからさまに不機嫌だが、流石に上官相手だと先程のような威勢はなくなっている。
「先生」
「縛塞ってのは魔導師団で最初に教わる共通の拘束魔術だ。俺のはそれとは違うって話」
「そうなんですね。ちなみにユリウス様とアルテさんはお知り合いなんですか?」
「魔術学院の頃からの友人だよ」
「え、じゃあアルテさんはあの見た目でユリウス様と年齢が──んぅっ!?」
「やめろフェリシア」
それ以上口にするとアロットが気まずくなるので、フェリシアの口を人差し指で閉じた。
アルテはリゲルの取り巻きに対してこの騒ぎについて聞き込みをしているようで、幸いなことに彼女の耳には届いてない。
「それ以上は言わない方がいい」
アロットがそう言うとフェリシアは頷いた。
わかってくれたようで、アロットは安心して指を離す。
「…………どうした?」
顔を離すとフェリシアの顔が赤みを帯びている。不服そうな顔で蒼い瞳が睨みつけてきた。
「なんでもないです!」
「そ、そうか?」
あからさまに不機嫌な態度をされてアロットは少したじろぐ。
アロットが頭に疑問符を浮かべていると、取り巻きから話を聞き終わったアルテが近づいてくる。
「アロット、彼を解放してあげて」
「いいんですか?」
「……よくはないけれど」
アルテがはぁと大きくため息を吐いて頭を押さえると、アロットも拘束魔術を解くことにした。
リゲルはすぐに立ち上がると舌打ちをして、あからさまに不機嫌な顔を逸らした。
「大体話は聞いたわ。あなたまた冒険者に喧嘩を売ったようね」
「違う、オレは買ったンだよ。あいつらが──」
「魔導師を馬鹿にした。……ってあなた毎回言ってるんだけど」
「ムカつくンだよ! テメェらよりも優れた奴がしくじった時に声を上げる馬鹿どもが!」
「はいはい。わかったから」
上官の前だからか声を荒げないようにしていたリゲルだが、結局途中からヒートアップしていた。
アロットはよくあることなのだろうと、軽く受け流していたが、フェリシアの方が気になってアルテに質問する。
「な、何かあったんですか?」
「冒険者との揉め事はよくあるんだけど、特にリゲルは本当によくあることなんだけど。最近、厄介なモンスターが出てそのことで更に……ね」
「厄介なモンスター?」
「ええ、発見したのは冒険者達なのだけど、手に負えなくて魔導師団が対応することになったのよ。けど、二等魔導師でも歯が立たなくてね。その危険性から一部の狩場に立ち入り制限を掛けたんだけど……」
「冒険者たちからの不満が爆発ってわけか……。冒険者はモンスターを狩って生計を立ててるからな」
ただ事ではないようでアロットも耳を傾けて状況が読めてきた。
冒険者たちは魔導師団に泣きついたが、結果は魔導師団でも手に負えず。
荒くれものたちの集まりである冒険者からすれば、恵まれた環境で育ってきた魔導師連中がいざというときに役に立たない。
これほどまでに酒の肴になる話はないだろう。
(それで冒険者達に怒ってるんだろうな)
魔導師として……あるいは、クオンザイト家の人間としてのプライドというものをアロットはなんとなくだが理解した。
冒険者連中は真面目に努力することもせずに、自分に魔術の才能ないこと環境のせいにするような奴ら。……という認識をしている魔導師も少なくはない。
「アルテさん、そのモンスターの話を詳しく聞きたいです」
そう言ったのはフェリシアだった。
騎士の役目と言わんばかりにその蒼い瞳はやる気に満ちていたが、その発言をリゲルは黙っていない。
「ざけンな! 無能はすっこんでろ!」
「さっきまで地面で寝転んでた奴は無能とは言わないのか?」
「あァ!? てめェこそ騎士に守って貰ってるだけじゃねェか!」
「俺の魔術に耐えられない時点で、あんたにフェリシアを無能と言う資格はねぇよ」
一触即発の二人を目の前にしてフェリシアは閃いた。
二人は互いにフェリシアのことで怒っている。
その状況に、昔呼んだことのある数少ない小説のうちの一つにあった台詞を思い出した。
『私の為に争わないで!』
言うべきか、否か。
言ってみたい気持ちはあるものの、真剣に怒る二人の前でふざけるのは良くないと思い自重する。
「そこまでにしなさい。リゲル、バルファローネ様が治してくださった傷が開くわよ」
リゲルもその一言で観念したのか力を緩める。
力を緩めたのを感じて、アロットも構えを解いた。
「くそっ」
「ちょっと、どこ行くのよ」
「…………負傷者の様子を見てく来ますンですよ」
そう言うと、リゲルは取り巻きの魔導師を連れて人混みの中に歩いて行った。
魔導師達もリゲルの身体を心配してるようだが、リゲルは問題ないと肩を回して見せている。
アロットには粗暴な一面しか見れてないが、彼を慕う魔導師も確かにいるようだった。
一先ず嵐が過ぎたような感覚にアルテとアロットは肩の力を抜いた。
「ごめんなさいね。二人とも」
「いえ、私は気にしてませんから。リゲルさんは、ケガをしているんですか?」
「治癒魔術で治して貰ったから大丈夫そうだけどね。かなり重症を負っていたのよ」
「そうだったんですか」
「それで一応様子を見に来たんだけど、あの子は本当に……」
アルテは疲れ切っている様子で、もう何度目かわからないため息を吐いた。
「リゲル以外の魔導師も、そのモンスターにやられたわけですか」
「ええ、正直これは二等魔導師程度では厳しい気がするわ。リゲルよりも強力な魔術が使える魔導師が──」
と、そこまで言ったところでアルテが慌ててポケットから懐中時計を取り出した。
「ちょっと待っててね。定期連絡の時間だわ」
そう言うとアルテ右手の人差し指と中指を立てて耳に当て、その場から少し離れながら何かを話始めた。
誰もいないところに向かって話しかける様子はフェリシアにとって不思議な光景で、『先生』の服の袖を軽く引っ張った。
「通信魔術だな。遠く離れた人同士で会話できるものだ」
「そんな便利な魔術もあるんですね」
「便利……ではあるんだけどなぁ。そもそも高等魔術で使える人が限られるというのと、その限られた使い手同士が同じタイミングでお互いに魔術を飛ばす必要がある。通話可能距離も使い手に左右される」
「…………なるほど」
「とにかく難しくて使い手がいないって魔術だ」
「なるほど!」
端的に説明するとようやくフェリシアは理解した(?)ようで、アロットはそこまで難しい説明をしたかと頭を捻る。
それとも、やはり自分は先生と呼ばれるほどの人間ではないのでないか。と、人に教えることの難しさを改めて感じた。
そんなことに腕を組んでいると、アルテの通信も終わったようで二人の元に帰ってくる。
「アロット、フェリシア。ちょうどあなたたちの話が出たんだけど、これからあなたたちには副師団長にあって貰うわ」
「ふ、副師団長様ですか?」
突然の知らせにフェリシアは目を丸くするが、アロットはいたって冷静だった。
「まあ、一応挨拶ぐらいはしておこうとは思ってたしな」
「アロットは会ったことがあったかしら」
「いや、ただ名前は聞いたことがありますよ。確か……」
「ポルトラック・バルファローネ副師団長兼中央統括官殿よ」




