第2話 重要なこと
集まってきた民衆はマルタに宥められ落ち着きを取り戻していった。
なおも少し離れた位置からアロット達のことを眺めながらザワついてはいるが、もう大袈裟に騒ぐこともないように見える。
マルタはラディアメルクの人々から好かれているようで、彼女の言うことに素直に従っていた。
「改めてラディアメルクへようこそフェリシア様」
「はい。久しぶりですねマルタさん。腕の方はもう大丈夫ですか?」
「はい! もう大丈夫です!」
ぐるりとぐるりと左腕を回しながらとびっきりの笑顔を見せてくる。
白き異形に切り落とされた左腕はバルファローネのおかげで傷跡も残さず完治している。
「それはそれとして……」
と、マルタが恐る恐るアロットの顔を見上げた。
「アロットはなんでそんなに怒ってるの……よ?」
「別に怒ってはいない」
「いや、怒ってるでしょ。ね? フェリシア様?」
「そうですね。アロットくんは元々目つきが悪いので勘違いされやすいですが、今はちゃんと機嫌が悪いように見えます」
「さらっと俺の悪口言ったな?」
付き合いの長いフェリシアにまでこう言われては隠しきれない。
一つ溜め息を吐くと、それだけでマルタがびくりと肩を震わせた。
そんなに顔が怖いのかと少し悲しくなる。
「別に怒ってはいない。ただ、白き異形について話したんだな?」
「フェリシア様の勇姿を知らせるんだもの、当たり前のことじゃない?」
「巡礼の騎士のことを考えると確かにそうだが、白き異形の危険性を考えた場合、無闇に情報を公開するべきじゃないと思うんだが」
「な、なんでよ。危険なモンスターの存在は知らせた方がいいでしょう?」
「それで下手に手を出す輩がでるかもしれないだろ。魔導師も冒険者も、並みの人間の手に負えないモンスターを倒して名を上げようとする輩が出てくる」
「か、考えすぎでしょ……。少なくともラディアメルクにはそんなに過激な冒険者はいないわよ?」
考えすぎ。そう言われればそうかもしれないが、魔術を無効化するモンスターの存在を広めるのを躊躇ってしまう。
この世界のイレギュラー──何か……本能的に恐れている部分がアロットにはあった。
「確かに、下手に手を出すのは危険なモンスターだと思います」
マルタとアロットの会話にフェリシアが割って入る。
その冷たい蒼い瞳を見てアロットはドキリとした。
(剣は抜いていないのに、抜刀状態になっているだと?)
雰囲気は剣を抜いた時のように見える。
感情を殺したような落ち着いた声と静かに光る蒼眸。
しかし、剣を抜いてなければ身の毛がよだつ殺気も放っていない。
「ただ、だからこそ早期に発見して対処すべきだとも思います」
思案しながらアロットのことを見上げる。
「公開すべき情報は公開し、多くの人の""眼""をもって捜索するべきです。魔導師だけ……それも白き異形と戦える魔導師だけで捜索するのは骨が折れます」
もっともらしい意見を述べ、フェリシアはまっすぐに見つめてくる。
アロットは一度頭を乱暴に掻くと、腕を組んで空を見上げた。
「………………そう、だな」
アロットもなんだかんだ生粋のグランクレイグ生まれだ。
規律を重んじ、魔導師という役職に誇りを持っている。
故に冒険者には手柄を渡したくない。騎士などと言う魔力すら持たぬ者の力など借りたくない。
自分たちが偉大なる魔術士の末裔であり、弱き者達を守る使命を持っている。
アロットにもそのような気持ちがどこかにあったのかもしれない。
「見たところ、ラディアメルクでは魔導師と冒険者がいがみ合っているようには見えないしな」
「全くないわけではないけどね。それでもローインクレー程喧嘩になるようなことはないわ」
「そうか」
この街の自由な風習のおかげか。
ローインクレーは魔導師にも冒険者にもグランクレイグ生まれが多いのでぶつかり合うことが多い。
「ふぅ……」
と、フェリシアが肩を落として息を吐いた。
既に蒼い瞳はいつも通りになっている。
「なんて、魔導師様の話に部外者の私が口を出すのはおこがましいですよね」
「そんなことはない」
「そうですよフェリシア様! あのモンスターはフェリシア様が倒したんですから、フェリシア様にだって危険性を訴える権利はあります!」
「逆にずっと気絶してたあんたはどうなんだろうな?」
「うぐっ……」
嫌味を投げつけるとマルタの背が一段階縮んだ。
とはいえ、マルタのおかげで白き異形の魔力耐性に気づけたのも事実と言える。
「冗談だよ。悪かったな問い詰めるような真似して」
「へぇ!? べ、別にいいわよ……」
「なんでそんな驚くんだ」
「いや、なんか……急に優しくされるとびっくりするのよ。アンタの方こそ人格どうなってんの?」
「そんなおかしくないだろ」
一番最悪なのは白き異形の報告が上がってこないこと。
事前に危険性を知っていなければ、その場の全員で挑んで全滅という可能性もある。
そうなれば目撃者がいても白き異形の情報は上がってこない。
「ちなみにバルファローネ副師団長は何か言ってたか?」
「白き異形については『ラディアメルクはクウィンの判断に任せる』って」
「そうか」
「あと二度と勝手な真似はするなって……」
「そりゃそうだ」
どうやらバルファローネの方は柔軟性を持って白き異形の情報を扱っているようだ。
それにマルタは白き異形戦では殆ど気絶していた。魔力への対抗性というのも把握しきれていないだろう。
(その辺はクウィン副師団長が知ってるだろうし大丈夫か)
魔導師団も一枚岩ではない。
プライド高いグランクレイグだと魔力を持たない騎士が倒したと聞いて躍起になる魔導師もいるだろうが、ラディアメルクではそうではないものだと割り切ることにした。
「そういえば、バルファローネ様がもう一つ言ってたことがあるんだけど」
「なんだ?」
「アロットの治癒魔術について。今まで見たことがないタイプの魔術だって」
「どういうことだ?」
今まで見たことがない治癒魔術。
ふと、ヴェルナトでヴェーラに言われたことを思い出した。
【逆にあなたは人体構造も把握していないのに治癒魔術が使えるの?】
妙な胸騒ぎがしていた。
「なんでも、時間を止めたように傷口が少しも劣化していなくて、そのおかげで傷跡が残らないほど完璧に治癒できたんだって」
「時間停止だと?」
「あくまで例えるならって言ってたわよ。……その、ありがとね」
マルタが照れくさそうに改めて礼を言う。
そんなことはどうでもよく。アロットは自身の治癒術について考えた。
使えるようになったのは随行魔導師になってからだ。
だとすれば、十中八九魔王から教わった魔術になる。
(時間……?)
厳密には違うはずだ。
きっとそれは外界との干渉を拒絶した──結界魔術に近いもの。
否、結界魔術はあくまで空間に作用させる。つまりは範囲内の物体を閉じ込める必要がある。
「…………」
何か違和感を覚えてアロットは腕を組んだ。
「え? なによ?」
「ああ、いや。なんでもない」
「なんか、また怖い顔してるわよ?」
「気の所為だ。そんなことより、いい機会だ」
と、アロットは一つ背伸びをして肩の力を抜いた。
「マルタ。フェリシアにラディアメルクを案内してくれるか?」
「アロット君?」
「なに? あんたじゃ駄目なの?」
「ラディアメルクは俺もよくわかってない。俺よりもマルタの方が適任だろ」
アロットの言葉にマルタは首を傾げる。
が、すぐに何かを閃いたのか、金の瞳が大きく見開いた。
「え、騎士様に水着を着せていいの?」
「その辺もマルタに任せる」
「よっしゃー!!!」
両拳を天へと突き上げマルタが雄叫びを上げる。
周囲の人間もなんだなんだとこちらを向いてくるが、一番気になっているのはフェリシアだ。
「え? え? 何ですか?」
「行きましょうフェリシア様!」
「え? ですから何を──ちょっと!? マルタさん!?」
手を引かれてフェリシアが連れ去られる。
戸惑う蒼い瞳が心細そうにアロットの方を見つめてくるが、ひらひらと手を振って見送った。




