第1話 ラディアメルク
簡単な検問を行い門を抜けると、そこからはラディアメルクの街並みが覗く。
一つ一つの建物が低いからか見通しがよく、晴天の下に海鳥の声が聞こえてくる。
門前の広場から四方に一本ずつ広い道があり、それぞれ商店街通り、魔術通り、居住区通り、海岸通り呼ばれる道が続いている。
海風に運ばれた砂溜まりが道端に出来ており、街の中を歩くと少しザラザラとした感触を靴の裏に感じた。
「広い。ですね……」
「同じ魔術都市のグランクレイグは窮屈だったからな」
「ローインクレーと比べても広く感じます」
「あそこは人通りが多かったからな。ここはゆったりしているな」
人と物の行き交う賑やかな大通りの脇には、等間隔で並べられた青い旗が海から来る風を可視化していた。
自由を象徴する魔術都市として相応しい解放感がある街並みに、フェリシアは目を輝かせている。
アロットは四つの大通りを左手側から順番に説明する。
「物を買うなら商店街通り、海に行くなら海岸通り、宿屋なんかもここにある居住区通り、魔導師団南方支部と魔術学院に通じる魔術通り。なんて具合に大きな道が四つに分かれている」
「なるほど。まずは魔導師団に挨拶した方がいいですよね?」
「いや、どうするかな。別に海が気になるんならこのまま海岸通りを進むのもありだ」
「え?」
アロットの提案に蒼い目を丸くして抜けた声が出た。
そんなに驚くことなのかとアロットの方も目を丸くしてしまう。
「なんだ?」
「いえ、まずはこの街の管理者に顔を合わせるべきだと思って……。ローインクレーでもそうでしたよね?」
「まあ、クウィン副師団長にはヴェルナトで会ったからなぁ」
「そ、そういうものなんですか……?」
釈然としない様子でフェリシアはあたふたしていた。
正直なところ、アロットはもうフェリシアを戦わせたくないというのが本音だ。
魔導師団に顔を出して厄介事を請け負う必要はこれ以上ないと思っている。
(もうドラゴン以上のモンスターなんていないだろ)
巡礼の騎士はその威厳を示すために、各地で困っている人を助けるのが通例となっている。
それも騎士の強さを証明するために大体モンスター討伐になるのだが、フェリシアの力をこれ以上証明できる相手はいない。
地下迷宮のドラゴンの話を広められるかどうかは別だが。
「何かあった向こうから頼りに来るだろ。それにあんまりこっちから強引に介入してもいい顔はしないはずだ」
「確かにローインクレーの魔導師の方々はそうでしたね」
「だからゆっくりしててもいいだろ」
一つ背伸びをして、街の中を見渡した。
ちょうど少し暖かい時期なせいか、街の中を歩く人々は肌の露出の多い服装をしている。
海が見える魔術都市はここだけと言うこともあり、観光目的で訪れる人々は多い。
商人が多く行き交う交易都市ローインクレーは人の流れが速かったが、プライベートで訪れる人の多いこの街はゆっくりとしている。
砂浜は海岸通りを抜けた階段を下りて低い位置にある為、ここからでも海が見える。
「平和だな」
厄介事などなさそうな街の雰囲気に方の力を抜く。……周囲から視線を感じる気がするのは気のせいだろうか。
「それにしても、杖を持っている方が多いような気がしますね」
「ん? ああ、魔術の補助をする為の触媒だな。魔術を安定して使えるようにする為のものだ」
歩く人々の中には杖を持ち歩く人の姿がちらほらと見える。
そのほかにも、宝石の装飾が施された指輪などを身に着けていたりするが、それらは全て触媒という魔術の補助を行うものだ。
「初めて見た気がします」
「魔導師は基本持たない。触媒による補助が必要な魔術使いは魔導師として認められないからな。基本的には私生活を補助する程度の道具だ」
故に、グランクレイグのようなプライド高い魔術士達は大ぴらに持ち歩かない。
己の実力のみで魔術を精錬することを美徳にしている部分が大きい。
「まあ農業とかではよく使われているな。大規模で色々な魔術が必要になるからな」
「そうなんですね。それを使えばアロットくんも攻撃魔術を使えないんですか?」
「使えないな、そもそも俺の場合は別の問題かもしれないが。触媒を介した魔術は威力の底上げができないから、攻撃魔術には向いてないんだよ」
「底上げが出来ない?」
「感情の昂ぶりが魔術の威力を上げるが、触媒を介すとそれが出来なくなる」
これは触媒に取り付けられた鉱石や宝石により、適性な魔術に変換される為だとアロットは考えている。
それを今フェリシアに説明をしても意味がわからないので話題を変えることにする。
「とりあえず、軽く街の中を歩きながら────」
と、メインストリートを歩き始めた時だった。
「やっぱり! 騎士様よ!」
こちらを見ていた女性の一人が声を上げた。
「巡礼の騎士、フェリシア・ブレイクハート様よ!」
その声に周りの人々の声が続いた。
「マジかよ! やっと来てくれたのか!」
「ずっと待ってたぜ! この時を!」
「生きているうちに騎士様を観れるなんて!」
は? と、声を出す前にアロット達に周囲の人々が駆け寄ってくる。
何が起きたのかわからない。が、アロットはそこでクウィンが言っていたことを思い出した。
【ラディアメルクは巡礼の騎士の文化を大事にしている】
憧れの騎士を目の前にして皆興奮しているようだ。
確かに冷静に辺りを見ると、観光客らしき人々の反応は薄い。
騎士を歓迎しているように見えるのはラディアメルクの人間だけか。
「面倒だな……」
ため息をついたアロットの横でフェリシアは笑みを浮かべた。
「あはは、有名人ですね」
「楽しそうだな」
フェリシアは丁寧に相手をしようとしているが、アロットの方は面倒になっていた。
というよりも、少し焦っていた。
フェリシアの身体が白き異形のように魔術を拒んだ。
もし、それが何かの前兆だとしたらと考えると気が気でなかった。
早くフェリシアの望むものを──海を、見せて上げたい。
もうこの場からフェリシアの手を引っ張って逃げてしまおうか。そんなことを考えて頭を抑えた。
「なんでもローインクレーを襲った未知のモンスターを討伐したって話だ!」
「それ聞いたわ! 現地の魔導師が手も足も出なかったのよね!」
近づいた人々からそんな声が聞こえてきて、アロットは一瞬固まった。
「は?」
ローインクレーを襲った未知のモンスター。白き異形のことだ。
アロットは一般人には秘匿すべき情報だと考えていた。
魔力を無効化するモンスターの存在。それは下手すればパニックを招きかねない。
バルファローネも迂闊に話すことはないはずだ。
(その情報は誰から──)
心当たりがある。
あの時、ローインクレーにはラディアメルクから勝手にやってきた魔導師がいた。
その魔導師は白き異形の討伐に参加してきた。
「ちょっと、これはなんの騒ぎ?」
その本人が現れた。
うなじの後ろで一纏めにされた金髪に金の瞳。
「……フェリシア様!?」
「マルタさん! お久しぶりです」
お互いに顔を見合わせて笑顔を見せる。
マルタはとびっきりの笑みを浮かべ、隣に立つアロットの方へと目を配る。
「アロットも久し──」
と、アロットの表情を見てマルタの呼吸が止まった。
「…………」
あからさまに不機嫌な顔をした背の高い男に睨まれ、マルタは固まってしまった




