エピローグ
それは今から数年前──アルカテレサ郊外の平地にて二人は向かい合っていた。
炎の海広がっていた。
絶えず燃え盛る業火が周囲を囲み、その中でヴェーラ・ヴァーミリオンは目の前の魔導師を冷たい赤い瞳で見下ろしていた。
「無理よクウィン殿。あなたじゃあたしに勝てない」
片膝をついたクウィンは表情を変えることなくヴェーラを見上げた。
決闘を申し込んだのはクウィンの方からだった。
ラディアメルクの管理者──南方統制官としての役割を得たクウィンはヴェーラを抑えられる実力を示すつもりだった。
それは誰のためでもなく、ヴェーラの孤立を失くすためでもある。
「わかってるわ。クウィン殿の考えていることは」
だからこそ一切の手加減もなく、クウィンの魔術を焼失させた。
理不尽とも思える圧倒的な力の差。
クウィンはそれでも引き下がらない。
「君は魔導師になるべきだ」
「はっ。断ると言ったでしょう」
「君の力は魔導師団に必要だ」
「嫌よ。あたしを恐れて人が居なくなる」
「我々は恐れない」
「どうして?」
「私が貴様に勝つからだ」
瞬間、炎の海が氷の檻に閉じ込められた。
赤の波はとまり、吐く息が白くなる。
周囲の環境は一変して白銀の世界に包まれた。
それでも、ヴェーラは何も感じなかった。
「もう立てないくせに何言ってんの?」
猛り狂う炎が氷を突き破る。
白銀の世界は一時の幻だったかのように、再び炎の海がに包まれる。
「もういいでしょ」
横を通り過ぎるヴェーラをクウィンは止められなかった。
──それから現在に戻る。
ヴェーラとエリオットはアロット達と来たドラゴンの部屋の前に立っていた。
「結局、クウィン殿にはいいように使われるようになったわね」
「何か?」
「なんでもないわ」
あれだけ圧倒的な力の差を見せつけたのに、クウィンは何度もヴェーラを魔導師団に引き入れようとした。
何度も断りつづけていたある日、メルローの地下遺跡の話を持ち出された。
ずるい。と、思った。
幼少期に古書を読むくらいにはこういうのに弱い。
魔導師にはならなかったが、なんだかんだクウィンの管轄下に置かれる立場になっていた。
「諦める流れじゃないの? 普通は?」
本当に何を考えているかわからない。
むかつくので何か苦手なものでも投げつけてやろうと思っているが、それすらもわからない。
「ドラゴンですか?」
「違うわよ。いや、ドラゴンとも戦うつもりはないけど」
「それを聞いてほっとしましたよ……」
部屋の扉は開いたままだ。
人一人分の隙間からはあの時と同じドラゴンの姿が見えた。
「エリオ、この距離からいける?」
「既に……やはり他のモンスターと同じく、限りなく同一個体に近いですね」
「ふーん、そう」
解析魔術を通して見た結果。このドラゴンはあの時の個体と酷似している。
迷宮のモンスターはどこで生まれているのか。
再生を繰り返すという仮説を立てていたヴェーラは、この部屋にドラゴンが居座っていることに対して驚かなかった。
「あとは、こいつね」
ヴェーラは火の蝶を部屋の中に入れる。
火の蝶はまっすぐにドラゴンに向かって飛び、周囲をぐるぐると回る。
鼻の先にも止まって見せるが、ドラゴンはまるで意に介さない。
「あんな姿になっていた時は追いかけまわしていたのにね」
「では別個体ですか」
「もしくは……記憶までは再生しない?」
ふむ。とヴェーラは頷いて踵を返した。
「ヴェーラさん?」
「今日は帰るわ。残念ながら奥の部屋は壊れたままだもの」
もはやドラゴンと戦う理由もない。
ヴェーラはとっとと引き上げることにした。
「……奥の遺跡はもう無理でしょうね。残り二体の石像も調べたかったのですが」
「そうね。一つは台座に『血』と書かれていたことと、あと『イフリート』と書かれていた石像には『炎』と書かれていたことしかわからなかったわ」
「…………え?」
「なによ」
思いがけない言葉にエリオットが立ち止まる。
当の本人はどこ吹く風という表情をしている。
「いつの間に?」
「最初にあの部屋に入った時よ。そしたらアロットが騒いでたから途中で切り上げたの」
「そ、そうだったんですね」
それでも、別にアロットにとやかく言うつもりもなかった。
自身も最後に見た『イフリート』と書かれた石像から目が離せずにいたのだから。
「ちなみにそれはクウィン殿やアロットさんには……」
「言ってないわ」
「そうですか」
ヴェーラが魔導師を信頼していないのは知っている。
古書を失くされたことが余程尾を引いているのだろう。
この情報は雑に扱われたくないという気持ちが表れている。
「しかし、『炎』ですか。だとしたら四賢人の可能性もあるんでしょうか」
「『血』と『影』が異質過ぎるわ。何か別の四柱を祀っていたんでしょ」
「四……柱?」
ヴェーラの石像の数え方に違和感を覚える。
嘘をついていた。
台座には『炎』とは書かれていなかった。
書かれていたかもしれないが、解読出来ない程に文字が潰れていた。
それでも、イフリートという者は炎を司る。確信に近い形でヴェーラは思い込んでいた。
「というか、エリオこそ何か隠しているでしょ」
「僕がですか?」
「あの二人に」
核心を突く言葉にドキリとする。
ドラゴンに怯えていた時もそうだが、ヴェーラはエリオットのことをよく見ている。
「ないですよ。わざわざ言うほどのものでも」
「そう? ま、どうでもいいし地上に帰りましょ」
ヴェーラの背中を付いて行く。
アロット達に隠していること──否、話すべきか迷ったことがあった。
(フェリシアさんに強化魔術を掛けたとき、妙な感覚がありましたがあれは一体……)
もう一度、あの時の感覚を思い出す。
確かに強化の魔術をフェリシアに掛けた。その感覚はあった。
だが、その魔術がまるで無力化されたかのように手応えを失った。
単純に自分自身が未熟だからだとエリオットは結論づける。
だがもしかしたら、自身の強化魔術が彼女の中の何かを呼び起こしたのではないかと────
「エリオ」
数歩先でヴェーラが振り返ってこちらを見ていた。
「あの二人なら大丈夫よ」
まるで心の中を覗かれたかのように、力強い言葉をエリオットに投げかけた。
「……そうですね」
エリオットは信じることにした。
巡礼の騎士と魔導師を。




